アメリカン・ドリーマー


インディアナ映画ジャーナリスト賞助演女優賞受賞 
ネバダ映画批評家協会賞助演女優賞受賞 
ユタ映画批評家協会賞助演女優賞受賞最優秀助演女優賞受賞ジェシカ・チャステイン

『アメリカン・ドリーマー 理想の代償』(原題 A MOST VIOLENT YEAR)
製作2014年 アメリカ   言語:英語 上映時間:125分  配給:ギャガ
スタッフ:
監督&脚本 J・C・チャンダー  製作総指揮 グレン・バスナー  
製作 J・C・チャンダー 、 ニール・ドッドソン 、 アナ・ゲルブ  撮影 ブラッドフォード・ヤング
キャスト:
アベル・モラレス: オスカー・アイザック/  
アナ・モラレス: ジェシカ・チャステイン/
ローレンス検事:デイヴィッド・オイェロウォ /
公式HP: http://american-dreamer.gaga.ne.jp/

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『アメリカン・ドリーマー』―1981年クリーン・ビジネスを支えるもの
                    
清水 純子

1981年、犯罪と暴力の町アメリカのニューヨークで、ヒスパニック系移民のアベルは、ギャングの娘アナと結婚して、義父が立ち上げたオイル・ビジネスを成功させたやり手ビジネス・マンである。
アベルは、成り上がり者がよく使う汚い手とは無縁で、義父と違って誠実でまじめ一点ばりである。
アベルは、努力と誠実さに裏付けられたクリーンなビジネスこそが唯一の成功の秘訣だと固く信じている。
アベルは、さらなる事業拡大のために、全財産を賭けてユダヤ系が支配する工場地帯買収計画に乗り出す。
成功をねたむ同業者によって、アベルの会社のトラック運転手はたびたび襲われ、重症を負い、オイルは車ごと盗まれて闇で売りさばかれる。黒人のローレンス検事は、この2年間、アベルの会社に企業犯罪の疑惑を抱き、しつこく調査させる。
他にもっと調べるべき相手がいるはずなのに、なぜかアベルのみが追求を受ける。
運転手組合は、運転手の安全のために許可をとって銃を携帯することを アベルに提案する。
暴力が暴力を生むことを懸念するアベルは、断固拒否して、その代りに同業者に悪質な妨害に対する抗議を行うが、攻撃はやまない。
そんななかで、トラック運転手のジュリアンは、退院して復職した直後に再び暴漢に襲われ、隠し持っていた銃を発砲する。
許可なしで銃を携帯して使用したうえに逃走したジュリアンのために、雇い主のアベルは信用を失う。
残金の支払い2日前に、信頼していた銀行に融資を断られ、全財産と事業を手放す危機に面したアベルは、資金繰りに飛び回る。
切羽詰まったアベルは、ヤクザから金を借りようとするが、助けたのは、経理担当のしっかり者の妻アナである。
アナは、万一に備えて会社の金を流用して蓄えていた。
アナの裏切りを責め、弁護士ウォルシュも承知していたことを知ったアベルは激怒するが、結局アナの気転に救われる。
妨害した仲間を追い出し、工場一体を支配することになるアベルに、ローレンス検事も態度を軟化させて和解をほのめかす。

アメリカ映画の主たる三大素材は、銃、ドラッグ、ビジネスだが、『アメリカン・ドリーマー』が扱わないのは、ドラッグだけである。
非暴力を唱えるアベルは、銃の使用を認めず、従業員にも携帯を許さない。
アベルの高潔な姿勢は立派だが、その優等生的態度がさらなる悲劇と惨劇を生んだともいえる。
従業員に許可済みの銃を持たせれば、敵も襲撃を控えたかもしれないし、万が一発砲しても正当防衛で処理されたかもしれない。
アベルの現状を無視した優等生的理想主義の自己満足の態度は、鹿の銃殺場面において批判される。

車との衝突事故で苦しみもがく鹿を立ち尽くして見守るだけのアベルに、業をにやしたアナが鹿を銃殺する。
アナが銃を不法に所持していたことに激怒するアベルの姿には、銃社会アメリカへの批判と悲惨がこめられている。銃を所持しないことは、アメリカでは時として不適切な生き方ですらある。
理想を掲げて現実的でない対応によってつまずくアベルに対してアナは、「誰のおかげでやって来れたと思うの? 汚い役はいつも私に押しつけて つけてばかり、私はあなたの後始末をしてきた!」と怒りを爆発させるが、もっともである。
アベルの理想主義は、裏で泥を被る者たちがいたからこそ、形を保ってこれた。

この映画の巧みな点は、アメリカの理想をアベルに、現実をアナに代表させていることである。
彼らエリートの下に、犠牲となるジュリアンのような無産階級の若者がいる。
ジュリアン自身は、理想と希望に燃えていたが、上層部の人々の理想の実現のために気の毒な運命を甘受する。
アベルと同じヒスパニックで、同様に能力も志も持ちながら、ジュリアンに幸運の女神は微笑まない。
アベルの勝利を支えたのは、一足先にビジネス界に入って足場を固めた義父と汚い現実を処理してくれた妻アナの働きである。

能力とやる気、自由とチャンスの国であるはずのアメリカも、1980年代において、はやくもレガシー(遺産、死後に残した財産、前の世代が残した業績)の国になっていた。

力ある者には、権力もなびく。
「富める者はますます富み栄え、貧しき者はますます貧しくなる」のが、アメリカの現実である。
アメリカン・ドリーム』は、辛口のすぐれた社会派ドラマである。
アベルとアナの成功、アメリカン・ドリームの実現に着々と進んで行く姿に観客は喜び、正義の勝利に胸をなでおろす。
しかし、若者ジュリアンの最後は、彼らの成功の影となって、 見る者の胸をかきむしる。
世界中どこへ行ってもそうであるように、アメリカも、力あるものにやさしい国である。
とりわけアメリカのビジネス業界は、きわめつきの弱肉強食の未開な ジャングルであることをこの映画は示している。

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2015. Oct. 3

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