アムステルダム



『アムステルダム』
2022年製作/134分/G/アメリカ/原題:Amsterdam/ 配給:ディズニー/
スタッフ:監督・脚本 デヴィッド・O・ラッセル/ 製作アーノン・ミルチャン、 クリスチャン・ベール/ 撮影監督
エマニュエル・ルベツキ/ 編集ジェイ・キャシディ/

キャスト: ヴァ―ト -クリスチャン・ベール/ ヴァレリー -マーゴット・ロビー/ハロルド -ジョン・デヴィッド・ワシントン/ ジョイ -アニャ・テイラー/トム- ラミ・マレック/ リズ・ミーキンズ -テイラー・スウィフト/ギル -ロバート・デ・ニーロ/
公式サイト https://www.youtube.com/watch?v=LXqN0SHZb-I


『アムステルダム』とは何だったのか?

                   清水 純子
 
 『アムステルダム』は、興味深く、魅力的な映画である。 しかしプロットが複雑なうえに、時間軸が幾度も前後して登場するため、一度で物語の全容を把握して理解するのは容易ではない。『アムステルダム』は、配給元ディズニーの方針で映画パンフレットが作られていないというから、ますます厄介である。劇場で鑑賞する映画は、疑問点を確認するために映像を巻き戻せないため再度鑑賞するしかない。筆者も2度鑑賞したが、その結果この映画のメッセージはより複雑な迷路にとらわれたと感じる。その原因は、この映画の大きすぎる野心にあるのではないか? 目を見張る大勢の豪華キャストに見合う数々の壮大なテーマを次々と一本の映画にてんこ盛りにしたため、観客は豪華すぎるご馳走を前にどこから手をつけたらいいかわからなくなってしまう。
『アムステルダム』が示唆していると思われる盛りだくさんのテーマについてリストアップしてみる。

1.ファシズム台頭への不安---メリカ民主主義を守る!
 男女3人(兵士ヴァ―トとハロルド、看護師ヴァレリー)が第一次大戦の野戦病院で固い友情で結ばれ、アムステルダムで同棲したのは1918年である。15年後の1933年に再会した時、ヴァ―トは片目を失って復員兵の治療にあたる医師に、ハロルドは黒人弁護士に、そして女性のヴァレリーは、名門の実家ヴォ―ズ家であやしげな薬を投与されて兄トムの監視下で囚われの身になっていた。1933年といえばアメリカではフランクリン・ルーズベルト大統領の元で「ニューディール政策」(世界恐慌を克服するためにアメリカが行った一連の経済政策)が実施され、ドイツではヒットラー政権が誕生し、イタリアではムッソリーニによるファシスト党の一党独裁政治が行われていた。1929年アメリカの大恐慌の煽りを受けて、第一次大戦後の痛手から抜け出せない一部の欧州の国々が選択したのは独裁者によるファシズムであった。
 映画『アムステルダム』では、アメリカでもヒットラーやムッソリーニに傾倒する大富豪トム・ヴォーズが加担する秘密結社「五人委員会」は、戦争の英雄ディレンベック将軍にファシストに有利な演説をしてもらい、退役軍人を味方に引き込んでルーズベルトを退陣させ、ディレンベック将軍を新政権の独裁指導者にする計画を練っていた。この「五人委員会」の陰謀を事前に阻止したのが、映画ではヴァ―ト、ハロルド、ヴァレリーの3人組だが、こういった人々が現実にいたのか、そういうたくらみがあったのかは定かではない。映画はまことしやかに「実際にあったこと」だと告げているが、それに近い話はあったとしても、この物語が史実であるという証拠はどこにもない。ともかく1933年は、アメリカでもファシストが潜伏して不穏な動きをしていたこと、それを阻止しえたのは、勇敢な人々の叡知によるものであったことは事実であろう。

2.差別――人種差別、階級間差別、富の不平等
 1918年から1933年にかけて継続して存在していたのは、差別問題である。
 まず一番顕著なのが黒人差別である。ハロルドは黒人であるため、参戦した大戦でアメリカの軍服着用が許されず、フランス軍の制服を着せられた。白人のアメリカ兵が黒人に同じ軍服着用を許さなかったためである。ハロルドは、名門出身を隠していた看護師のヴァレリーと恋愛関係になるが、アメリカでの結婚生活は難しいため、新天地に連れだって旅立つよう仕向けられる。弁護士になったことによって社会的に上昇したハロルドも肌の色の違いは当時のアメリカでは乗り越えられなかった。異人種間恋愛においても、白人女性と黒人男性の場合は、特に世間の非難が厳しかったと言われる。
 白人であれば平等であったのかというとそれも違っている。階級の上下、富の不平等の影響によって下位区分に置かれた医学生ヴァ―トは、名門出身の妻ベアトリスの両親に嫌われて、戦場へと送られる。片目を失って腰を痛め身障者となって復員したヴァ―トは、医師開業においても妻の実家の権力にしばられて顔色をうかがわざるを得ない。ヴァ―トは最後に決心して、名門の妻と別れて黒人イルマを選ぶ。ヴァ―トは、ユダヤ系なので、嫌われて差別されたのは、富の問題だけではなく、人種によるものもあったのかもしれない。当時ユダヤ系は、白人に見えても、「黒い東洋人」や「白い黒人」と呼ばれて差別を受けていたからである。

.戦争の悲惨さ――国家忠誠への疑問と個人の幸福
 『アムステルダム』が提示するもののなかで際立つのは、戦争の悲惨さである。生々しい戦場の場面はないが、野戦病院で顔を切られて担架のうえでうめく半殺しになった兵士が次々と画面に映し出される。主人公人公ヴァ―トは片目になった義眼の眼球の選択に留意して、暴力を受けると必ず義眼が飛び出してあわてる場面に戦争のむごさがコミカルに辛辣に批判される。腰も痛めて苦しむヴァ―トは、戦争で片腕を失った患者や、苦しむ刑事の苦痛を軽減する違法の新薬や独創的治療法を編み出すが、これらは戦争がもたらした災いの後始末である。
 戦争の英雄として讃えられるディレンベック将軍の演説では、「国家はなによりも個人の生命を守ることが優先されるべきである」とされ、「個人の愛と幸福の大切さ」が称揚される。戦争を始めようとしている、あるいは参戦中の国家にとって、これほどやっかいで邪魔な考え方はない。国家への忠誠よりも国民一人一人の生命の安全と愛による幸福の追求が、映画『アムステルダム』の最大のメッセージなのではないだろうか? そうだとしたら『アムステルダム』は、アメリカの一部の人々にとって危険なメッセージを伝える映画になりうる。アメリカでのこの映画の不人気と反発には、このメッセージとの関連性がないだろうかと勘繰ることもできる。

『アムステルダム』とはなにか   
 「アムステルダム」はオランダの美しい首都だが、映画では大戦の負傷と疲れを癒す3人の若者が、人種と性別を超えて友情を育み、誓い合った約束の地である。15年後に愛を確かなものにしたハロルドとヴァレリーがアメリカを離れてアムステルダムに向かおうとするが、そこはすでにゲシュタポが居座っていた。新居を築く旅に乗船する恋人たちの行く先は明かされないが、アムステルダムではない。ハロルドはアメリカに残るので、3人組はもはや再編成されない。15年前の3人にとってのアムステルダムは、世界中どこを探してももはや再発見がかなわないユートピアだったことになる。アムステルダムには、ナチスによってアウシュビッツに送られたアンネ・フランクの家も存在するので1933年時点でアムステルダムは、楽園でもユートピアでもなくなっていた。ユダヤ系であるヴァ―トは行ってはならない場所に変貌していた。
 争いから逃れて、人種も階級も性別も越えた純粋な信頼関係を築ける場所アムステルダムへのあこがれとノスタルジア、つまり国家等の外部の権力を超えた個人の愛と幸福の追求への願いこそがこの映画の最大のテーマである。

見の価値ある『アムステルダム』
 内容や脚本のまとめ方への好き好きはあるだろうが、『アムステルダム』はわくわくさせるストーリーの展開と有名俳優たちの怪演も見ものである。クリスチャン・ベールの病み衰え傷ついた復員後の姿も驚きである。これがバットマン役を演じた同一人物なのかとその変身ぶりには圧倒される。将軍を演じるロバート・デ・ニーロも相変わらずの貫禄でうれしい。怪しげなヴォーズ一族のラミ・マレックとその妻役アニャ・テイラーも華麗な不気味さがよい。歌手のテイラー・スイフトはすぐに殺されてしまうが、死体で登場するミーキンズ将軍の娘リズを演じていて楽しい。からりとしたテンポの速いブラックユーモアにからめて、おぞましく、深刻なテーマを扱った『アムステルダム』は快作にして怪作である。

  ©2022 J. Shimizu. All Rights Reserved. 26 November 2022


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