ビューティフル・デイ(横田)

 

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『ビューティフル・デイ』――“トラウマ(心の傷)の映像化”に挑んだハードボイルド劇

                           横田 安正

 イギリスが誇る気鋭の女性監督リン・ラムジー監督によるこの映画は昨年のカンヌ国際映画際で脚本賞&主演男優賞を獲得した。しかし「ビューティフル・デイ」という 日本題名は極めてアイロニックなタイトルである。なぜなら、この映画はトラウマに縛られ、身動きができなくなった男の“悲惨な心の闇”を描いた“重く悲しく沈鬱な物語”だからである。なぜ「ビューティフル・デイ」なのか?これは原題の直訳よりは味があり、ここにこの作品の真髄が隠されているとも云えるのである。

ストーリー
 元海兵隊員のジョー(ホアキン・フェニックス)は行方不明者の捜索を請け負うプロ。アメリカ全土で性犯罪の罠に落ちた少女たちを何人も救って来た。その収入で年老いた母親(ジュディス・ロバーツ)を養っている。中年に差しかかった今も頑健な肉体とハンマーを握ったら無敵というマッチョぶりを発揮、もじゃもじゃの頭髪と髭面は廻りの者を威嚇するに充分である。しかし、そんな彼の内面はずたずたに傷つき、疲弊している。彼は2つのトラウマを抱えていた。1つは幼少時に蒙った父親からの激しい折檻であった。「背筋を伸ばせ。お前はまるで女じゃないか」といって父は彼をぶった。最初はモップの柄を使っていたが、それが折れてしまったためハンマーを使うようになった。(ジョーが敵と闘う武器にハンマーを使うのもそのメモリーの故であろう)。少年は衣装部屋にこもり、ビニール袋をかぶり自殺を試みたが死にきれなかった。もう1つのトラウマはイラク戦争で経験した血に染まった死体の数々に間近に接したことである。さらに除隊後、FBIの職員となったが、誘拐された多くの子供達を死なせてしまっていた。それらのメモリーが間断なくフラッシュバックされて彼を襲う。自殺願望は歳を重ねるに従い強さを増していた。睡眠薬を常用し「俺は弱い男だ」が口癖となった。
 そんなある日、州上院議員アルバート・ヴォット(アレックス・マネット)から、誘拐されたローティーンの娘ニーナ(エカテリーナ・サムソノフ)を犯罪組織から取り戻して欲しいという依頼が飛び込んだ。ジョーは依頼を承諾、危険な捜査をはじめたが、大物政治家を巻き込んだ難事件に巻き込まれる事になる。

映像に賭けた監督の姿勢
 リン・ラムジー監督は、この映画を撮るにあたり1つの大きな実験を試みた。普通の犯罪映画のように事件の経過を詳しく描写するのではなく、トラウマに満ちた主人公の内面を全ての映像で表現しようとしたのである。他の監督も要所、要所ではそういう努力をするのだが、ラムジー監督は全ショットをトラウマに結びつけた。ビニール袋をかぶって自殺を試みる汗と唾液と埃にまみれた髭面、ナイフを口の中に突っ込む瞬間の狂気に満ちた眼差し、敵を殺したあと、ゆっくりと武器を片付けるひび割れた指の表面、といったものだけではない。単に街を歩くシーンでも、カメラの前を車の大群が耳をつんざくような“きしり音”をあげて激しく左右に交錯し、その向こうに男の小さなシルエットが動く、といった具合である。またニューヨークの夜の裏街を歩くジョーの後ろ姿のショットには禍々しさが張りつき、彼を付け狙う殺し屋たちの視線が観客にも感じるとれるほどである。イギリス人の撮影監督トーマス・トウネンドもこれに応え、極めて鮮烈で心に突き刺さる映像を提供してくれた。
 主人公を襲う悪夢のようなフラッシュバック―裸で折檻される幼少時代の姿、ビニール袋をかぶって悶える醜悪な顔、砂漠に横たわる血だらけ死体群、子どもたちの死体の山などの映像―中には0.2秒ほどの殆どサブリミナルといって良いカットも含まれる。監督は主人公の内面を幻想と現実、虚と実が入り交じった鮮烈・怪奇なイメージの連続として提示した。編集マン(ジョー・ビニ)の確かな技術(わざ)が見てとれる。
 またこの監督はカウントダウンという手法を取り入れた。重要なシーンが始まると画面に数字が現れる。20,19、18とカウントダウンが続き、0になったとき、決定的なことが起こる。その間、観客は息を呑んで画面を見つめることになる。

監督と役者の相性
 プエルトリコ出身でアメリカきっての性格俳優ホアキン・フェニックス(フィーニックスが正しい発音)がラムジー監督と仕事をするのは初めてのことであった。電話で出演依頼を受けた時、彼女のスッコットランド訛りが聞き取れず、殆ど何をいっているのか理解できなかったが、会ってしまうと意気投合し、楽しい仕事となったという。フェニックスは役作りのため体重を増やした。分厚い胸板、筋肉が盛り上がった背中、しかし腹は出ている。歩く姿はやや “がに股” で少し足を引きずる。若いときの筋骨隆々の肉体が、40代の半ばを迎え衰えかけていることを生身で表現している。
 フェニックスの体当たり演技は時には重く、時には悲しく内面の葛藤が激流のように迸る。そうかと思えば、母親には子供のように甘えじゃれつく。幼少時に父親に虐待された少年は多くの場合精神の発達が阻害され、成人となっても退行現象が起こるといわれているが、それは特に母親に対して現れる現象らしい。
 また、フェニックスのスケージュールがタイトだったこともあり、ラムジー監督は得意の “早撮り” でぐいぐいと撮影を進めたという。
 監督には大きく分けて“早撮り監督”と“同じショットを何度も繰り返す監督”が存在する。特に我が国では同じショットを繰り返す監督を“さすが巨匠だ”などと賛美する向きがあり、監督の中にはテイク20を敢行する病的な者までいる。しかし筆者の経験では“テイクを重ねる度に演技の質は確実に劣化して行く”のである。演技に関する限り、テイク1(ワン)が基本的にベストである。経験を積んだ俳優なら何回か同じ演技を繰り返してもそれほど違わない演技が出来よう。しかし、その鮮度は微妙に低下して行くのだ。また、場合によっては“2度と出来ない演技”というものがある。物凄いエネルギーが必要とされる演技内容を課された時である。全身全霊をささげて演技した後、“魂が抜けた”ようになった役者を筆者は何度か目にしている。この意味でラムジー監督はフェニックスのベストの演技を“早撮り”で掬い取ったのである。

ビューティフル・デイ
 ジョーは犯罪組織と死闘を交わしてニーナを助けだし、父親のヴォット上院議員と落ち合う約束になっていた場末のホテルに宿をとる。そこでTVをつけると肝心の上院議員が飛び降り自殺したことを伝えていた。しかしニーナは顔色ひとつ変えなかった。彼女も父親から虐待を受けていたのである。やがて警官の制服を着た2人の男が、ホテルの従業員を連れて現れ部屋をノック、ドアを開けるといきなりホテルマンを射殺すると1瞬の隙をついてジョーを制圧し少女を連れ去る。その時、能面のように感情を表さなかった少女は命からがら床に這いつくばった主人公に「ジョー」と絶叫する。
 家に戻ると母親は枕越しに無残に射殺されていた。階下に潜んでいた2人の殺し屋と銃撃戦となり2人を射殺するが瀕死の男からニーナが州知事ウイリアムズの家にいることを突き止める。ウイリアムズは少女姦淫の常習者だったのだ。ジョーは、ニーナの救出に向かった。
 ウイリアムズの大邸宅に忍び寄ったジョーはやっとベッドルームに潜入するが、そこで目にしたのは見事に喉を掻き切られたウイリアムズの死体である。階下ではニーナが静かに食事をしていた。手には血がにじんでいた。ウイリアムズ殺しさえも少女にしてやられたジョーは“自分の弱さ”を改めて噛みしめる。しかし、年齢、性別は違っているものの、2人は虐げられた体験を共有していた。似た者同士、ジョーとニーナは分かり合える間柄なのである。

 ラストシーンは田舎町のレストラン。「これから何処に行きたいんだ?」という問いにニーナは「分からない。あなたは?」と答える。「俺もわからない」とジョー。そのうちニーナはトイレに立つ。1人になったジョーは銃を取り出すと喉元に向けて引き金を引く。轟音とともにテーブルは血の海になる。しかし何故か周りの人たちは騒がない。ウエイトレスが勘定書きを血の上に置いてゆく。少女が席に戻るとジョーは失神したようにテーブルに額(ひたい)を埋めていた。少女は優しくジョーを起こす。見つめあう2人。「散歩に出ましょう。今日はビューティフル・デイだから」とニーナ。「そうか、今日はビューティフル・デイか」とジョー。カットは2人がいなくなったテーブルに変わり、クレジットロールが流れる。

 ジョーは幻想のなかで何度も自殺を図るが果たせなかった。しかしラストシーンで彼は引き金を引いた。この成功ショットによってジョーの自殺願望に終止符がうたれたと感ずる観客も多いに違いない。おそらく2人の将来はそれほど明るいものにはならないだろう。しかし、かすかな希望の燐光がそこにはあった。これが「ビューティフル・デイ」という日本語タイトルの所以である。原題の「あなたは実はここにはいなかった」(“You Were Never Really Here”)という虚の世界から二人はひょっとしたら実の世界に戻れるかもしれないというかすかな希望である。

©2018 A. Yokota. All Rights Reserved. 11 April 2018

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