ビリーブ 未来への大逆転(清水)

『ビリーブ 未来への大逆転』
公開表記:3月22日 TOHOシネマズ 日比谷他 全国ロードショー
監督:ミミ・レダー『ディープ・インパクト』 出演:フェリシティ・ジョーンズ『博士と彼女のセオリー』、アーミー・ハマー『君の名前で僕を呼んで』、キャシー・ベイツ『ミザリー』   主題歌:KESHA「Here Comes The Change」(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル)   原題:ON THE BASIS OFSEX    配給:ギャガ
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ビリーブ 未来への大逆転』―女性弁護士RGBが勝ち取ったジェンダー・フリー

             清水 純子

* RGBとは?   
  RGBって何だろうか? RGBはルース・ベイダー・ギンズバーグ (Ruth Bader Ginsberg) のイニシャルによる略称である。RGBは本国アメリカでは、JFK(ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ)、MLK(マーティン・ルーサー・キング)、FDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)と並ぶ英雄と考えられている。でもRGBは他の3人とは違って女性である。
映画『ビリーブ 未来への大逆転』は、ケネディ暗殺後の公民権運動たけなわのアメリカで、男女平等を法律において実現した女性弁護士ルース・ギンズバーグの苦悩と栄光に満ちた波乱万丈の足跡をたどる。

*RGBの苦悩 
 ルース・ギンズバーグ(RGB)は、ブルックリンの貧しいユダヤ系家庭に生まれたが、聡明で粘り強く、小柄だが健康な身体を備えていた。1956年、ハーバート大学法科大学院にわずか9名の女子学生の一人として入学したルースは、様々な差別と偏見に直面することになる。男性の学部長は、「男性の席を奪ってまで入学してきた女子学生たち」と平然と性差別を表明し、大学には女子学生用トイレは設置されていない。同大学院に在学中の夫マーティンは精巣癌にかかり、生存率5%を宣告される。幼い娘の養育と学業の両立に忙しいルースは、さらに闘病中の夫のために講義のノートをとり、そのかいあってマーティンは無事卒業し、ニューヨークの弁護士になる。クラス1番の成績のルースは、学部長の反対を押し切って夫の仕事場に近いコロンビア大学に転校、首席で卒業する。しかし、ルースを雇ってくれる弁護士事務所はどこにもなかった。女性で既婚、子持ち、ユダヤ系という条件が災いして、ルースは13の事務所から断られ、やむなくラトガーズ大学の教授職につく。

*弁護士RGBの活躍
 多くの教え子を育て尊敬される教授ルースだが、法廷で弁護士として活躍したい思いは捨てていなかった。弁護士ルースの誕生のきっかけをつくったのは夫マーティンだった。老母の介護費用控除が認められなかった男性の事例をマーティンから知らされたルースは、夫マーティンと共に憲法違反として法廷で訴えることにする。米国自由人権協会のメル・ウルフも、女性の権利拡張を訴えてきた女性弁護士ドロシー・ケニオンも時期尚早だと反対する。
 1970年代アメリカでは、男は外で稼ぎ、女は家で家事と育児にいそしむというジェンダー・ロール(性役割)が、神が授けた自然の摂理とされていた。女性の残業は禁止、女性は夫名義でなければクレジット・カードを作れないなど、憲法の元の平等を謳うアメリカでも男女不平等はまかり通っていた。政府は、ルースの主張を受け入れれば、自分たちが正しいと信じてきた男女差別の法律総てが覆されることに気づき、必死の攻防戦に出た。しかし、大方の予想を裏切ってルースは勝った。
 
*RGBの予想外の勝利
 100%負けると予想された訴訟が勝利した理由は、映画で観る限り、まずルースの巧みな弁論術と実体験に裏付けられたスピーチ(映画内5分32秒)が、裁判長を始めとする陪審員の心を動かしたことにある。
 ルースが賢かった点は、女性差別にとどまらずに男性のジェンダーの見直しが次世代に必要なことを強調した点である。ルースは、ジェンダー・フリー (社会的・文化的に固定的な性別による役割分担の撤廃) によって男女が性別に縛られずに個人の個性や資質にふさわしい生き方を自分で自由に選べることが未来を開く、法律が現実の社会に大きく遅れをとることがあってはならないと主張し、支持された結果の勝訴である。
 フェミニズムがアメリカのみならず全世界に伝播して女性の地位が向上したのは、RGBのこの時のがんばりによる、またLGBTの権利の確立と差別撤廃が各国で法制化されつつあるのもRGBのおかげであろう。RGBのジェンダー・フリー法制化の努力は、アメリカのみならず、全世界の法律、社会、文化に多大な貢献をしたから、RGBは我々日本人にとっても英雄である。

*RGB成功の秘訣
ルースの成功の秘訣を解き明かしてみよう。
頭脳+身体
第一にルースは、頭脳明晰で健康な身体に恵まれていたことが挙げられる。これはDNAによることも多いので、真似できることではないが、参考にはなる。
良い教育環境
ルースは豊かな家に生まれなかったが、教育への関心が高い家庭に育った。ルースは少女時代に母を失っていたが、母は「すべてを疑いなさい」と警句を残すような啓蒙的な知的水準の高い女性であった。ルースは母の遺志を継いで、超名門大学のコーネル大学、ハーバード大学法科大学院、コロンビア大学方か大学院で教育を受けた。
良い伴侶に恵まれた
ルースの成功の鍵を握ったのは、弁護士である夫マーティン・ギンズバーグである。当時の男性には珍しく、家事も子育ても見事にこなす公私共に有能な夫を獲得できたので、ルースも公人として私人として成功できた。夫の家庭内協力がなければ妻は外に出にくい。また先輩弁護士としてアドヴァイスを与え、進むべき道しるべを示したばかりでなく、弁護士生命をかけて共同で法廷訴訟に打って出たマーティンの叡智と勇気抜きにはルースの活躍はありえなかった。ルースも若くして癌にかかった夫を全身全霊で支えたので、お互いさまなのだが、二人の信頼関係と協力関係がなければ、歴史を変えた世紀の裁判に勝利することはなかった。夫マーティンもアメリカの法曹界に強いとされるユダヤ系家庭の出身であったことも、より結束を固くしたのであろう。
4時代の波に乗った
上の3つの条件がすべてそろったとしても、時代の波に乗れなければRGBの成功はなかった。1950年代ルースを弁護士として受け入れる事務所はなかったのである。ルースは、力を温存して70年代まで法学者として生き延びたからこそ、チャンスをつかめたといえる。先輩のケニオン弁護士を始めとして有能な人々はいたが、体制が受け入れなかったので成功しなかった。ルースの成功は時代の波に乗ったからこそであるのは明らかである。
5進取の気性+状況分析
 ルースは、負けるという周囲の予想をものともせず、勝負に打って出た。敗北すれば夫マーティンの弁護士生命が立たれることを覚悟の上で裁判に臨んだ。ルース は、無謀と勇気の間のバランスをうまくとって勝った。ケニオン弁護士やメル・ウルフの協力に加えて、ルースは時代を読み、何が必要とされるか察知する能力をもっていた。
 ルースの訴訟時期の正当性の判断を下すのに、次世代を担う自分の娘の自分にはない行動力と革新性を見たことも大きかった。ルースは理想を実現するための勇気だけではなく、状況を正確に分析し、判断する能力にも秀でていたのである。

 ルースのようにすべてを持つことが許された人は少ない。英雄と呼ばれる女性と自分を比べることは難しいかもしれない。しかし、RGBの成功に学ぶところは多い。夫を始めとする周りの人々の協力を得て、自分の持ち前の力に加えて思慮深く行動する点などは、ビジネスにおいても、日常生活においても、ジェンダー・フリーに(性別に関係なく)参考になる実話である。
 RGBは85歳の現在も現役のアメリカ最高裁判事である。

©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved.  30 Jan 2019 

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