ブリッジ・オブ・スパイ

『ブリッジ・オブ・スパイ』(原題Bridge of Spies)
製作年2015年、製作国アメリカ、
配給:20世紀フォックス映画、
上映時間:142分、映倫区分G
スタッフ:
監督スティーブン・スピルバーグ 
製作スティーブン・スピルバーグ、マーク・プラット、クリスティ・マコスコ・クリーガー
製作総指揮アダム・ソムナー
脚本 イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
キャスト:
トム・ハンクス:ジェームズ・ドノバン/マーク・ライアンス:ルドルフ・アベル/
アラン・アルダ:トーマス・ワッターズ/ エイミー・ライアン:妻メアリー・ドノヴァン/
オースティン・ストウェル:フランシス・ゲイリー・パワーズ/ ウィル・ロジャース:フレデリック・ブライヤー
2016年1月16日(金)全国ロードショー                          公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/bridgeofspy/       

(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co.,
LLC. Not for sale or duplication.



『ブリッジ・オブ・スパイ』--冷たい戦争を熱いハートで溶かした男  

           清水 純子

1957年、アメリカとソ連が冷たい戦争を行っていた時に、自らの熱いハートをぶつけて、この氷のかたまりを溶かした一人のアメリカ人がいた。その男の名は、ジェームズ・ドノヴァン。
ドノヴァンは、保険法が専門の弁護士で、子供と妻を愛する平凡な男に見えた。
しかし、ドノヴァンは、その温厚な外見に似合わず、外科用ナイフのように鋭敏で切れる頭脳と、熱した鉄のように熱い人間愛に燃えるハートを内蔵していた。
ニュルンベルグ裁判で検察官をつとめたドノヴァンの有能さを記憶していたアメリカ政府は、ドノヴァンをアメリカで逮捕されたソ連のスパイ、ルドルフ・アベルの国選弁護人に選出する。

ニューヨークで逮捕されたのは、ソ連のスパイとして告発されたルドルフ・アベル。
アベルは、FBIの厳しい尋問にも屈せず、母国ソ連の情報をもらさず、アメリカへの協力を拒否したため、連邦刑務所に抑留される。
ドノヴァンは、やり手であるばかりでなく、高いモラルと公平でヒューマンな精神の持ち主であったために、アベルの信用を勝ち得る。
ドノヴァンもCIAの協力要請を断り、弁護士としての職務を全うしようとする。
ドノヴァンは、敵の味方をする弁護士としてアメリカ中の市民から敵視され、家は銃撃されて家族の安全は脅かされる。
裁判所も最初からアメリカ側の肩をもって、ドノヴァンの死刑を考えていたが、ドノヴァンは一計を案じる。
アメリカ側のスパイがソ連に捕われることが必ずあるだろうから、その時の交換用にドノヴァンを捕虜として生かすことを提案する。
裁判長もドノヴァンの突飛なアイディアに驚きながらも、その可能性を否定できず、しぶしぶ従う。先のことを考えない短絡的なアメリカの民衆は、憤り、ドノヴァンと裁判官を罵倒する。

しかし、ほどなくしてドノヴァンの予想は的中する。
アメリカの偵察機U-2がソ連に撃墜されて、パイロットのパワーズが捕虜になる。
ドノヴァンはパワーズだけでなく、理不尽に東ベルリンに拘束されている25歳のアメリカ人学生フライヤーとセットでアベルと交換することをソ連側に申し出る。
ドイツに留学中だったフライヤーは、建設中の「ベルリンの壁」をくぐって東ドイツ側にいるガールフレンドを西側に連れ出そうとするが、壁がすでに完成して戻れなくなる。そればかりか、怪しまれて東ドイツの監獄に囚われてしまう。
フライヤーは、東ドイツの存在を認めないアメリカに対して駆け引きのカードとして運悪く利用されただけだった。
ドノヴァンは、自分の娘と同い年であるこの罪のない学生フライヤーを哀れに思い、政治的に重要なスパイと共に取り戻そうとするが、簡単なことではなかった。
東ベルリンの反発で難航する交渉のために、ドノヴァン自ら鉄のカーテンを越えて、東ベルリンに乗り込む。
家族にも秘密でドノヴァンは、東ベルリンの橋の上での命がけの捕虜交換に立ち会う。

ドノヴァンはその勇気と信念によって、不可能だと思われた難しい捕虜交換に成功し、ひいては米ソの核戦争触発の危機回避に尽力したことになる。
ドノヴァン活躍の裏には、アメリカのCIA とソ連のKGB(旧ソビエト連邦国家保安委員会)の駆け引き合戦があったが、ドノヴァンの冷静で緻密な計算に加えて、彼の平和への熱い思いが交渉を成功に導いたことは間違いない。

こんなことがあったのか? こんな男がいたのか? と思わせる緊迫したサスペンスの末のハッピー・エンドを、トム・ハンクスの人間くさい温かみがリアリティを添えている。
夫ドノヴァンを心配しながら見守る知的でしっかり者の妻メアリーも、観客の共感を煽る。
一見、平凡でどこにでもいそうな男が、知力と勇気で世界の危機を救う、お伽噺のようなストーリーだが、これはまぎれもない実話である。

冷戦(Cold War)とは、第二次大戦後の世界の二つの勢力―アメリカを長とする資本主義・自由主義陣営と、ソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営-の対立状態をさす。
実際には戦争手段をとらないが、背後に両陣営ともに核器を抱えてにらみ合う恐怖の勢力均衡であり、一歩まちがえば核戦争の危機を抱えていた。
これは、二大国の国家権力の対立ではなく、二大イデオロギーである資本主義と共産主義の対立でもあった。
東西両陣営の緊張状態は、「鉄のカーテン」にたとえられたが、ドイツは東西を「ベルリンの壁」(1961年設置)の建築によって事実上物理的に分断された。
ベルリンの壁は、1989年11月9日に取り払われ、ソ連は、1991年12月のソビエト連邦共産党解散によって崩壊し、共産主義が資本主義に敗れた形になったことは世界的に知られている。

1957年から60年代の危機的むずかしい状況にあって、ドノヴァンのような男がいたこと、彼のような男を育み、批判しながらも認めて力を発揮させたアメリカという国の懐の深さと実力が、勝利へ導いたと認めざるをえない。
『ブリッジ・オブ・スパイ』は、アメリカの国家礼讃の政治的な映画だと見る向きもあるだろうが、事実なのだからすばらしい。
「アメリカン・ドリーム」の陰りが囁かれるようになってから久しいが、「アメリカン・ドリーム」は存在したのであり、今でも存在するのである。
ドノヴァンのような男がいて、ドノヴァンを認める人々がいるかぎり、アメリカの夢は果てることがない。

c2015 J. Shimizu. All Rights Reserved.  2015. Nov. 27
  


C)Twentieth Century Fox Film Corporation and DreamWorks II Distribution Co.,
LLC. Not for sale or duplication.

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