バーニングオーシャン(清水)


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『バーニングオーシャン』(原題:Deepwater Horizon
製作年2016年/ 製作国 アメリカ/ 配給 KADOKAWA / 上映時間 107分/
映倫区分G/ 2017年4月全国ロードショー/
公式サイト:http://burningocean.jp/
スタッフ:監督: ピーター・バーグ/ 脚本: マシュー・マイケル・カーナハン、マシュー・サンド / 原案: マシュー・サンド / 製作: ロレンツォ・ディ・ボナヴェンチュラ他/
キャスト:マーク・ウォールバーグ:マイク・ウィリアムズ/カート・ラッセル:ジミー・ハレル/ジョン・マルコヴィッチ:ドナルド・ヴィドリン/ケイト・ハドソン:フェリシア・ウィリアムズ/ディラン・オブライエン:ケイレブ・ホロウェイ/ジーナ・ロドリゲス:アンドレア・フレイタス/イーサン・サプリー:ジェイソン・アンダーソン


『バーニングオーシャン』――ヒューマン・エラーが招いたメキシコ湾原油流出事故
                    
                               清水 純子

ヒューマン・エラーとはなにか?
 ヒューマン・エラーは、「不本意な結果を招く人為的ミス」、あるいは「望ましい結果を得ようと意図した計画に失敗すること」と定義される。ヒューマン・エラーは、個人あるいは組織が責任を持つ仕事に対して、適切な管理や判断を仕損じた時に、その職場で起こりうる。エラーが起こる環境が巨大な影響力を持つ場合は、その失敗は周囲に有害で悲惨な結末をもたらしうる。

 最近のヒューマン・エラーの大きなものは、2010年4月20日「メキシコ湾原油流失事故」である。アメリカのルイジアナ州近くのメキシコ湾沖の石油掘削施設ディープウォーター・ホライゾンで、流出した原油が爆発して大火災を引き起こし、490万バレル(78万キロリットル)の原油が3か月にわたって海に流出した。この事故による経済的損失はいうまでもなく、自然環境の破壊と周囲の住民の生活に与えた悪影響は甚大であった。


メキシコ湾原油流失事故の顛末
 世界中が心配して見守ったこの大惨事は、ヒューマン・エラーであったことを映画は明かす。映画によれば、事故はBP社の管理職社員ウィドリンが掘削作業に必要なテストを独断で省いたことに端を発する。126人の作業員が働くディープウォーター・ホライゾンは、種々の最新テクノロジーを完備する巨大なハイテク施設であったが、コンピューターや通信機器からエアコンに至るまで、電気系統の故障が相次いだ。トランスフォーマー社の敏腕エンジニアのマイクは、3週間の滞在予定で、施設主任ジミーの指揮のもとに作業開始を待っていた。安全第一のジミーは、テストだけはなんとか行わせるが、6週間の工事の遅れを気にして、経済的効率優先を掲げるヴィドリンの作業開始の強引さに逆らえなかった。セメントの強度確認テストの異常値が出ているにもかかわらず、ヴィドリンは想像だけの裏付けのない理論で周囲を安心させて作業を開始させてしまう。もうすぐ家に帰れると掘削泥酔除去作業にいそしむ作業員の期待を裏切って、異変が起きる。点検のために現場を訪れたヴィドリンらが見守る中、海底のメタンガスが吹き上げてドリルフロアにあふれ出し、皆は一瞬にして吹き飛ばされて全身を油まみれになる。ガス警報は鳴るが、緊急防止装置は作動しない。作業員の命がけの停止作業にもかからず、ディープウォーター・ホライゾンは、瞬く間に大爆発と大炎上を繰り返す。マイクは、地獄の炎と化した施設の一室に閉じ込められたジミーを救助する。
 26名の乗務員中、17名負傷、11名死亡。工事一日遅延あたりの費用は50万ドルであり、金銭のために安全対策を怠ったとされた。


獄の炎に包まれたスペクタクル
 炎に包まれたディープウォーター・ホライゾンの内部がなにしろ怖い! 一瞬のうちにすべてを呑み込み、なめるように焼き尽くすホライゾンは、地獄の業火である。油に汚れて、業火の手を逃れようと湾に飛び込めば、火の海が待っている。内部に匿われた人間にどこにも逃げ場はない。自分を設計した人間を小馬鹿にしたように焼き尽くすこの施設は、悪魔の装置のように見える。人間を守り、助ける僕(しもべ)であったはずのディープウォーター・ホライゾンを、人間を滅ぼす悪魔へと変えたのは、一部の人間の思慮のなさと甘さ、それに金銭とメンツへの執着であった。作業員だけでなく、その容器となっているホライゾンを大切に考えていれば、惨事は防げた。作業を完了しようと現場に残り、あるいは高い塔に登って仲間のために炎の中で紙切れのように散っていく男たちとは対照的に、そそくさと人影にまぎれて救命ボートに乗り込むヴィドリンが憎い。


危機回避のために必見の映画
 次々と展開される悪夢のような恐ろしい光景は、パニック映画の一場面ではなく、現実に起こった事故である。ハラハラするサスペンス、手に汗を握るスペクタクルなどと言ってはいられない。もし自分が、家族が、あるいは仲間が、ホライゾン内部にいたらどんなことだろうと想像しただけで、恐怖と同情で全身が震える。これから高度の技術を用いて、危険な現場で働く日本のみならず世界の若者、中堅管理職の人々必見の映画である。

 二度とこんな事故を起こさないためには、高い技術の裏付け、目先の利益に動かされない慎重な判断が要求される。では具体的にどのような対策が考えられるのか?
1.ダブル・チェック
 人間は気をつけてもミスを犯す生き物である。ミスが少ないと優秀だとされるが、人間である以上失敗はする。それだから重要な事項については、一人の人間が舵をとるのは危険である。複数の人間を配置して、複数の視点によるチェック体制を義務づけるべきである。ディープウォーター・ホライゾンでは、最終的にはダブル・チェックが機能していなかった。施設主任ジミーは、一度はBP社の管理職社員ヴィドリンを説得してテストにもちこめたが、その結果が万全でなかったにもかかわらず、押し切られて何も言えなかった。結果的にヴィドリンの独走によって惨事に至ったといってよい。
II.利益優先是正
 少ない日数と人員で作業を終了して実績を上げれば、それだけ利益は大きくなる。しかしいつも都合よく物事は運ばない。つまずいた時は、中止して引き返す勇気とゆとりがより大きな損失を防ぎうる。まさに「急がば回れ」の精神である。利益は必要だが、貪欲すぎると正しくものを見る目が曇る。


物語の構成と映像にすぐれた映画
 映画の後半はパニック映画仕立てなので、ホラーの系譜にされがちな『バーニングオーシャン』だが、実はよく仕組まれた映画である。
 最初の場面は、裁判所。事故から生還した関係者の証言で始まり、この事故の社会的責任と影響力を問うている。次に敏腕電気技師マークの家庭生活を映す。マイクの幼い娘が石油関係のエンジニアである父への尊敬と信頼を見せたうえで、石油の由来と生成を恐竜にさかのぼって語り、その最中に事件を予告するかのような炭酸飲料の不意の噴出が起こってリビングが天井まで汚れる。さらに施設に向かう途中、ジミーはBP社の役員に紫色のネクタイを外すように懇願するが、その色は施設における最悪の事態を告げる「マゼンタ色の警告灯」の縁起の悪い色だからである。事故への不吉な予感が映画の伏線として張り込まれ、映画の中庸から、人災であるところの地獄と化したホライゾンと周辺の海の業火が客席めがけて襲い掛かる。悪魔の霊液ともいえる原油を吸って暴走するホライゾンは、作り手であり、世話人であった作業員を呑み込み、焼き尽くして自滅する。壊れていくホライゾンの内部も緻密に設計されているが、機械特有の殺風景で無機質なデザインの不気味さが、この事故の悪魔的恐ろしさを際立たせている。


©2017 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2017. Feb. 21



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