ブルゴーニュで会いましょう

(C)ALTER FILMS - TF1 FILM PRODUCTIONS – SND


『ブルゴーニュで会いましょう』(原題 PREMIERS CRUS/FIRST GROWTH
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム / 製作国:フランス(2015)
スタッフ: 監督: ジェロール・ル・メール)/ 脚本 ジェロール・ル・メール
キャスト: ジェラール・ランヴァン : 父フランソワ・マレシャル/ ジャリル・レスペール : 息子シャルリ・マレシャル/ アリス・タグリオーニ:隣の娘ブランシュ/ ローラ・スメット : マレシャルの長女マリー・マレシャル/ ラニック・ゴートリ: 義弟マルコ/ 
公式サイト:http://bourgogne-movie.com/
2016年11月19日 より Bunkamuraル・シネマほか全国にて順次公開。


『ブルゴーニュで会いましょう』――世界最高のワインができるまで
                                   
                            清水 純子


 高級レストランでは、必ずワイン・リストが配られるが、品質、価格とも常に最上級に格付けられるのはフランス・ワイン、産地として有名なのは、ボルド―とブルゴーニュである。 『ブルゴーニュで会いましょう』 は、フランス・ブルゴーニュ地方の老舗ワイナリーの後継者問題を軸に展開するファミリー・ドラマである。

由緒あるブルゴーニュのワイナリー「ドメーヌ・マルシャル」は経営危機に陥り、日本の銀行か隣のライヴァルであるモービュイソンに買い取られるのを待つばかりである。経営者のフランソワが数年前の妻との離婚でやる気をなくして以来、ワインの味はがた落ち、長年の取引先も買い取りを拒否したために在庫が3年分以上たまっている。長男のシャルリは20歳の時、家を出て、現在はワイン評論家として大成功している。実家のワイナリーは、妹マリーの婿マルコが父を支える形で続けてきた。「ドメーヌ・マルシャル」の危機を妹マリーから知らされ、父の後を継ぐべきだと説得されたシャルリは、しかたなくブルゴーニュに戻る。ワインの批評家であってもワイン造りについては何も知らないシャルリだが、頑固一点張りで経営手腕が欠落している父に任せておけないと気づき、独創的ワイン造りを試みる。
 シャルリの新奇性とは古典回帰の手法である――土地はトラクターで耕さずに馬を使う、ワインには防腐剤等の混ぜ物をしない、木の樽ではなくローマ時代のアンフォラ(陶器の器)で熟成させる、そして勝負はワインの収穫時期である。シャルリは、使用人の前で父の命令を無視して、隣家モービュイソンの娘ブランシュのアドヴィスに従って、ブドウの種をかみ砕いた後味によって決める。家を勝手に飛び出したワイン作り素人の若造に牛耳られて、父のフランソワは不機嫌になる。 しかし、できあがったシャルリのワインは絶品で、父フランソワは、立派な跡継ぎを得たことに満足して引退を決意する。
だがシャルリは、父の「ワインは家族で作るもの」という言葉を引き合いに出して父をワイナリーに引き留める。隣家の娘ブランシェは、新婚のアメリカ人の夫を追ってアメリカに渡ったはずなのに、知らない間に戻ってきてシャルリと熱いキスを交わす。マルシャル家もモービュイソン家も後継者を確保して、名門ワインの生産を続けるめどがつく。若い二人の成り行き次第では、二つの名門のワイナリーの合併もありうることが暗示される。頑固者の父フランソワが密かにモービユイソン家の現女主に惚れていたように、息子も父を見習っていたのである。


 一般のワイン・ファンは、買う時、あるいは飲む時にワインの銘柄と値段を見て「おいしかった」、「失敗だった」と品定めして終わるのが関の山である。ワインがどのように評価されて、収穫され醸造するかまでは知らない場合が多い。『ブルゴーニュで会いましょう』は、ワインに関して専門的興味深い知識を与えてくれる。

★ワイン驚きのポイント   

 ワイン評論家
シャルリ扮するワイン評論家の存在は日本ではあまり知られていない。料理評論家、ワイン愛好家は耳にしても、ワインの評論などで食べていけるとは思わなかった。成功の鍵は出版である。ワインの辛口「ガイドブック」が7冊目になり、ワイナリーの経営者はもちろん、ワインの消費者もシャルリのガイドブックに一目置く。ワインを大量に生産し、消費するフランスならではの現象である。ワイン批評家は、ワインを大量に飲まなければならないので、体に悪い、肥満の原因になる、と心配していたが、まったくの杞憂! 映画を見ればわかるが、ワイン批評家は口にワインを含んだ後、呑み込まずに流してしまう。専用の流しが用意されているのには驚いた。口から吐き出しても、食物と違って不快感はないのがワインのいいところ、なるほどね!

 葡萄収穫の時期
ワインの味は、葡萄の質とその葡萄を育てる土の質で決まることは多くの人が知っている。しかし、葡萄の収穫の微妙なタイミングが品質を大きく左右する。決まった時期に決まったタイミングで機械的に刈り取ればOKではないのである。シャルリは、上質なワイナリーとして評価の高い隣家のブランシュから、母親が収穫時期を見極める秘伝を聞き出す。葡萄を口に含んで種を砕いた後味で決めるのがコツだとは驚いた。そんなに収穫時期がデリケートな問題だとは、一般の消費者は知らないであろう。

③ お姫様である葡萄
葡萄を手摘みで収穫する ドメーヌ・マルシャルでは、摘み取られる葡萄はお姫様のように大切に扱われる、傷をつけたり、形を損なったりしないように細心の注意を払わなければならない。葡萄をかごに投げ込んたり、放り投げたりした積み手は、その場で即首、とマルシャル親子を口をそろえて注意する。収穫されるお姫様葡萄は、さぞ大きくて堂々としているのだろうと思いきや、そうではない。皆小ぶりでつつましい形をしている。種なし巨峰やピオーネ、マスカットなどの品種をゴージャスに食べなれている日本人には意外である。赤ワインは、タンニンが必要だが、タンニンは葡萄の皮と種に含まれているので、種なし食用葡萄は論外の素材である。ワイン用葡萄は、小粒で実と実の間に十分な隙間があるのが条件である。

 葡萄作りは機械か手か   
ワイン用葡萄栽培に関して機械によるか、人間の手によるか、最近は二種類のやり方の間で揺り戻しがある。ローマ人の時代は、すべて人間が直接手を下してワインを作っていたが、近年は能率を求めて機械化されてきた。しかし、シャルリのような若い世代は、環境汚染の問題に加えて、昔ながらの古典的方法、つまり機械ではなく人の手によった方がワインの味が良いことに気づき、古典回帰の流れが一部で始まっている。収穫した葡萄をつぶして汁を絞る作業は、最近は機械にやらせていたが、シャルリは、人間による方法、つまり桶の中に複数の人間が入って、天井からつるされたわら紐にしがみつきながら足で葡萄を踏みつけて汁を絞り出す古典的方法へ回帰したのである。筆者が初めて葡萄を潰すのを見たのは、ペルー映画 『砂のミラージュ』(Espejism、1972年製作)である。南米の廃墟となった葡萄園が舞台の映画だったが、砂漠と対比される豊かな葡萄を浅黒い足の小作人が踏みつける場面が野性的であった。『砂のミラージュ』で一番記憶に残っているのは、あふれる葡萄の果汁と葡萄を踏む労働者の黒い足であった。シャルリの葡萄園は、ペルーほど野性的ではないけれど、たしかに『砂のミラージュ』と同じ古典的方法で葡萄を踏みつぶしている。

 旧世代を代表する父フランソワと新世代の息子シャルリ二人の間のわだかまりは、ブルゴーニュ産最高級ワインの「ロマネ・コンティ」をシャルリが開けてグラスを傾けるうちに自然に溶けてなくなる。父は自分ができなかったこと、つまり伝統を捨てて新世界を目指すこと、を息子がいとも簡単にやってのけたので面白くなかったと打ち明ける。しかし、自分は間違っていた、シャルリは伝統を生かしたうえで独創性を加えて、ワイナリーの危機を救ったのだから、と父は語る。フランソワは、仲の良くなかった親父の後を継がされてこの地に縛りつけられたが、息子シャルリが伝統を継承してくれることによって自分の一生は無駄でなかったことが証明されたのである。


フランス語原題の “Premieres Crus” は、ドメーヌの畑の格付け「プルミエクリュ(第一級)」を表す。畑の土壌の格付けにおいて「プルミエクリュ(第一級)」 は、「グランクリュ(特急)」に次ぐが、作り手の努力によっては、「グランクリュ」で作られたワインを凌ぐことも多々ある。


余談であるが、妹マリー役のローラ・スメットを見た時、ナタリー・バイかと思った。年齢的にナタリー・バイがこんなに若いはずはないので、フランス人には似た人がいるものだと納得したが、なんと娘さんだったとは! 血は争えないものである。スメットの父親はジョニー・アリディだと知り、そういえば唇をちょっとはすかに歪めてニヒルに笑う仕草はアリディにもそっくりである。フランスの芸能界も二世後継者でにぎわっているのである。


『ブルゴーニュで会いましょう』を鑑賞した後は、おいしいワインを飲まずにはいられない。
この映画は、あなたのワインを見る目を変えること請け合いである。


 ©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2016. Sept. 3.

 

 

 

 

 

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