クロエ



クロエ』 原題:CHLOE  製作年:2009年製作国:カナダ/フランス/アメリカ  日本公開:2011年5月28日 (TOHOシネマズシャンテほか)上映時間:1時間36分  配給:ブロードメディア・スタジオ/ポニーキャニオン      カラー/ビスタサイズ/ドルビーデジタル  

スタッフ:監督: アトム・エゴヤン /製作: ジョー・メジャック他/ 製作総指揮: オリヴィエ・クールソン 他/ 脚本: エリン・クレシダ・ウィルソン /オリジナル脚本: アンヌ・フォンテーヌ /撮影: ポール・サロッシー 他/衣装デザイン: デブラ・ハンソン /編集: スーザン・シプトン/ 音楽: マイケル・ダナ             キャスト: ジュリアン・ムーア: キャサリン・スチュアート / リーアム・ニーソン: デビッド・スチュアート / アマンダ・セイフライド: クロエ/ マックス・シエリオット: マイケル・スチュアート   

公式サイト http://www.chloe-movie.jp/pc.html#  DVD販売元: ポニーキャニオン

クロエ』――フレーム侵入と流出

                         清水 純子

『クロエ』(2009年)は、カナダの上流インテリ家庭に侵入した異分子クロエ(アマンダ・セイフライド)の物語である。

クロエは、多忙な日々を送る医師キャサリン(ジュリアン・ムーア)が、大学教授の夫デヴィッド(リーアム・ニーソン)の性的状況を密かに探るために雇った娼婦である。
キャサリンは社会的成功と幸せな家庭の双方を手に入れたエリート女性である。
しかし、中年にさしかかって、容色と性的アピールの衰えを自覚し、夫の若い女子学生との浮気に猜疑心をつのらせる。
また溺愛してきた息子マイケルもガール・フレンドとのセックスに夢中になって自分から離れていく。
キャサリンは、妻として母として自信を喪失し、空しさを隠しきれない。
そんな時、キャサリンは、若く美しい娼婦クロエに夫を誘惑させ、夫のセックスを探る計画を思いつく。

Catherine: I think my husband will like you. What’s your name?
Chloe: It’s Chloe.
Catherine: My husband is cheating on me.
キャサリン:夫はあなたのことを好きになると思うわ。お名前は?
クロエ:クロエです。
キャサリン:あの人、私を裏切っているわ。

女子大生になりすましたクロエは、デヴィッドとのセックスを毎回キャサリンに赤裸々に、官能的に報告し、キャサリンは悲しみと同時に興奮を覚える。
『クロエ』は、2003年フランス・スペイン合作、アンヌ・フォンテーヌ監督、ファニー・アルダン、エマニュエル・ベアール、ジェラール・ドパルデュー主演の『恍惚』(Nathalie)のリメイクであり、前半はほぼ同じ展開をたどる。
『クロエ』のオリジナリティが発揮されるのは、その後の展開である。キャサリンは、同性から見ても魅力的なクロエに衝動を覚え、二人は愛し合う。
キャサリンを手中にしてエリート家庭侵入の足掛かりをつかんだクロエは、息子マイケルの誘惑にも成功する。
一家全員と関係を結ぶことに成功したクロエに脅威を感じたキャサリンは、別れ話を持ち掛けるが、クロエは怒って応じない。
阻害された環境から上昇しようとしたクロエは、キャサリンの拒絶によって再び強引に認知されたフレームの外に追いやられることになる。

『クロエ』が、映像の特徴を象徴的に巧みに生かしているのは、クロエの上流社会外への廃棄処分をクロエ自身の肉体の室内排出によって表現している点である。
具体的には映画そのものを見て確かめていただきたい。
映像は絵と同じくフレームの中で機能する芸術だということを『クロエ』は改めて認識させる仕掛けに作られているからである。

この映画のひねりは、クロエはしたたかな侵入者に見えて、実は無垢な娘であったことに見られる。『恍惚』と同じく、デヴィッドとの情事は、キャサリンの意を迎えるためのクロエの作り話であったが、『クロエ』では、クロエはキャサリンに恋してしまうところが違う。結局クロエは、努力にもかかわらず、一家の平安と秩序の回復のために利用され、棄てられた社会的弱者にふさわしい運命をたどる。

しかし、映画はもうひとひねりする。夫と共にパーティのホステスをつとめるキャサリンの髪を飾るのは、クロエが自分だと思ってと贈った髪飾りであった。
クロエ自身は上流家庭に侵入後、残酷に排除されるが、クロエの形見は愛した人に宿るのだ。

『恍惚』は、いかにもフランス映画らしい意表を突く、しゃれた作品だったが、 『クロエ』もひねりをきかせた余韻の残る映画である。
『クロエ』は、カナダ、フランス、アメリカの合作だが、ハリウッド製とは一味違う映画である。『クロエ』の甘く苦く、酸味と辛みの利いた洗練された複雑な風味を口のなかでころがして、じっくり味わいたい。

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