シチズンフォー:スノーデンの暴露

©Praxis Films ©Laura Poitras

第87回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞
第49回全米映画批評家協会賞ノンフィクション映画賞受賞
第80回ニューヨーク映画批評家協会賞ドキュメンタリー賞受賞
第40回ロサンゼルス映画批評家協会賞ドキュメンタリー映画賞受賞
第68回BAFTA 英国アカデミー賞ドキュメンタリー賞受
2015年ロンドン映画批評家協会賞 年間最優秀ドキュメンタリー賞受賞
第65回ドイツ映画賞ドキュメンタリー賞受賞
2014年ヴィレッジ・ヴォイス映画投票ドキュメンタリー賞受賞
第11回女性映画批評家協会賞 最優秀ドキュメンタリー受賞
その 世界の映画賞受賞40、ノミネート35

『シチズンフォー スノーデンの暴露』(原題Citizenfour)
製作年 2014年   製作国 アメリカ・ドイツ合作
提供 ギャガ、松竹   配給 ギャガ・プラス  上映時間 114分  言語: 英語、ポルトガル語、ドイツ語
スタッフ:監督 ローラ・ポイトラス   製作 ダーク・ウィルツキー ローラ・ポイトラス 
製作総指揮 ジェフ・スコール
キャスト:エドワード・スノーデン   グレン・グリーンウォルド   ローラ・ポイトラス
オフィシャルサイト http://gaga.ne.jp/citizenfour/
2016年6月 シアター・イメージフォラム他全国順次ロードショー

 
シチズンフォースノーデンの暴露』-ー壁に耳あり障子に目あり

                         清水 純子

 日本のことわざ「壁に耳あり障子に目あり」は、エドワード・スノーデン事件の状況を物語る。
これは、「こっそり話しているつもりでも、隠しているつもりでも、誰かが壁に耳をあてて立ち聞きしているかもしれないし、障子に穴をあけて覗き見しているかもしれない、とかく秘密は漏れやすいもの」というたとえである。
     
 本映画に自ら出演し、撮影を委託したアメリカ青年エドワード・スノーデン(Edward Joseph Snowden 1983年~)は、サイバー・セキュリティーのエキスパートである。
アメリカのCIA(中央情報局 Central Intelligence Agency)、NSA (国家安全保障局) で訓練を受け、日本の横田基地のNSA関連施設で極秘情報を扱い、アメリカ政府による情報収集活動に加わってきた。スノーデンは、もともとは愛国主義者で、イラク戦争に志願して特殊部隊の新兵として配属されるほどであった。けがのために除隊後、失意のスノーデンを救ったのは、国家安全保障局(NSA)からのスカウトである。
メリーランド大学言語研究センターの警備任務に配属後、情報工学の腕を買われてCIAのコンピューター・セキュリティーの任務についた。自分を取り立ててくれた母国に対してスノーデンが反旗を翻すことになったのは、皮肉なことに、CIAおよびNSA在職中に経験したアメリカ合衆国政府の悪辣な情報収集活動への反感である。
 特に、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)以降、アメリカ政府は、テロ防止対策の大義名分のもとに、国家権力を乱用して、関係のない個人の情報まで盗み見て聞く、行き過ぎた管理体制を秘密裡に実行していた。
政治的に個人の自由を尊重する主義を信奉していたスノーデンは、アメリカ合衆国憲法の精神に違反する政府のやり方に危機感を覚え、機密資料を公開する決意を固めた。
2013年6月3日、香港でスノーデンは、ガーディアン、ワシントン・ポストなどの新聞社に対して、NSAの個人情報収集の手口を告発、2013年6月22日米司法当局はスノーデンに対して逮捕命令を出し、スノーデンはロシアに亡命する。
その後、スノーデンの機密文書は、ジャーナリストのグレン・グリーンウォルドによって『暴露:スノーデンが私に託したファイル』として出版され、アメリカ合衆国の監視強化体制の実像と恐怖が語られる。

グレン・グリーンウォルド (著)『暴露:スノーデンが私に託したファイル』新潮社刊

スノーデンは、母国アメリカ政府の犯罪を実名で告発したことにより、 指名手配を受けて、亡命先を求めて世界を放浪することになる。落ち着いたロシアでも、一時期消息が途絶え、一部のネットでは アメリカ政府による暗殺説まで流れた。
しかし、2014年にはアメリカのNPO「報道の自由財団」の取締役会の理事に就任し、グラスゴー大学の名誉総長に選出され、ノールウェイからはノーベル平和賞候補に推薦されるなど、世界各国からその勇気と見識を讃える支持が絶えない。

『シチズンフォー スノーデンの暴露』が映画として誕生するきっかけは、 本映画の監督兼インタビュアーであるローラ・ポイトラスに「シチズン・フォー」を名乗るメールが届いたことによる。
ポイトラスはジャーナリストのグレン・グリーンウォルドに伴われて、6月3日香港に出向く。
そこで、ポイトラスは、スノーデンが語る驚くべき事実の撮影を本人から依頼される。
本映画は、スノーデン自身の姿が画面に現れて、本人の生の声で アメリカ政府の罪状を告発するので、作りものではない、ドキュメンタリーならではのサスペンスと迫力に満ちている。

サイバー・セキュリティーに従事していたスノーデンは、「壁に耳あり障子に目あり」の政府の監視の手口に熟知しているため、ホテルの一室での秘密の会見中にも神経をとがらせている。
「壁に耳あり」を意識して電話を使わない時は電話線を引き抜き、「障子に目あり」を警戒してパソコンにタイプするときは、 毛布のようなおくるみを被って、盗み見を完全に遮断する。
ホテルの火災警報報知器が鳴ると、部屋から追い出してフロントで逮捕するための罠だと警戒して無視し、フロントに確認の電話を入れる。 
    
 スノーデン氏がアメリカ政府のトップ・シークレットを握る要人で、 秘密を暴露したために指名手配中だから用心が必要なのは言うまでも ないが、日本で安閑として日常生活を送っている一般人も知らないところで監視されている。
銀行のATMはもちろん、スーパーには万引き防止用の監視カメラが置かれ、 空港、駅、歩道その他気が付かないところで常に監視され、我々の姿は映像として保存されている。
犯罪や不都合があった時に、これらの監視体制は役に立ち、 我々を守るための警備として機能する場合もあるので、あえて異議を申し立てることはないが、一歩外に出れば、「壁に耳あり障子に目あり」の状況に我々も選択の余地なく放り込まれる。
昔は、日本家屋が薄い壁と襖(ふすま)によって仕切られた、実質上は境界をもうけない平面的な作りであったために、こういう言葉が生まれたのだろうけれど、 現代ではカメラや録音機器などの近代的装置ゆえにこの言い回しが甦る。
ネットで買い物をした後、あるいはちょっとした興味であることを検索した後に、パソコンを開くと、類似の商品あるいは情報の広告が待ってました、とばかりに次々と表れる。こういった現象を商売熱心ゆえの消費者への注目と好意的にとらえるか、あるいは監視されて不気味だと不愉快に思うのか、意見の分かれるところである。       

アメリカ政府も、もともとはテロ防止対策のために監視を始めたのだろうけれど、やりすぎたのである。
そのうえ、特権濫用によって本来の目的以外のことに濫用したために、スノーデンのような告発者を生み出す結果になった。
スノーデンは、理想をアメリカ政府の汚い手によって裏切られたと思ったの だろうけれど、アメリカ政府も「飼い犬に手をかまれた」と悔しがっているかもしれない。
オバマ大統領は「どこの国でもやっていること」と言っているようだし、そうなのだろうけれど、その程度が問題なのである。 スノーデンの身を挺した告発は、誰にでもできることではないし、 捨身で自由と人権を守る姿勢は、讃えられる。
それでも、監視体制が全くない方がいいとは単純に言い切れない。
テロリズムを始めとする犯罪の防止のためには、ある程度見張りは、やむをえないことも事実である。
要はやりすぎないことなのであろう。『シチズンフォー スノーデンの暴露』 は、いろいろな角度から見て考えさせる興味深い映画である。

参考文献:プレス・シート 『シチズンフォー スノーデンの暴露』2016年 ギャガ「エドワード・スノーデン」『ウィキペ ディア』 2016年3月16 日 

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