ミルピエ~パリオペラ座に挑んだ男 


(C)FALABRACKS, OPERA NATIONAL DE PARIS, UPSIDE DISTRIBUTION, BLUEMIND, 2016



『ミルピエ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』
原題 Releve: Histoire d'une creation
製作年2015年 / 製作国 フランス / 配給 トランスフォーマー/ 上映時間 114分/
映倫区分 G/
スタッフ: 監督ティエリー・デメジエール、 アルバン・トゥルレー/ 衣装イリス・ファン・ヘルペン
/音楽ピエール・アビア/
キャスト: バンジャマン・ミルピエ / レオノール・ボーラック/ ユーゴ・マルシャン /
ジェルマン・ルーベ / アクセル・イーボ
オフィシャルサイト http://www.transformer.co.jp/m/millepied/
2016年12月23日よりBunkamura ル・シネマ他にて公開

バンジャマン・ミルピエ
(Benjamin Millepied)


『ミルピエ~パリ・オペラ座に挑んだ男~』

                            清水 純子


ミルピエって何者?
 ミルピエ? バンジャマン・ミルピエって誰?
映画 『ブラック・スワン』 の主演女優ナタリー・ポートマンにアカデミー主演女優賞をもたらす手助けをした天才的振付師、そして今はナタリー・ポートマンの夫といえばわかりやすいだろう。


ミルピエのパリ・オペラ座監督就任
 ミルピエ氏が2014年11月1日パリ・オペラ座バレエ団の芸術監督に就任することが発表された。パリ・オペラ座といえば300年の歴史を誇る堅固な伝統の上にそびえ立つオペラの殿堂である。最近では、舞台でも映画でも世界的大ヒットを記録した『オペラ座の怪人』によって脚光を浴びた。華麗な舞台の裏に、陰謀に権謀術数、時として殺人事件すら潜む陰翳に富んだ豪華でいかめしく威圧的建物が思い浮かぶ。この 300年の伝統を持つオペラ座に、革新的、現代的で知られるミルピエが、史上最年少で就任した。20年もの間、芸術監督を務めたブリジット・リフェーブルの退任後、二コラ・ル・リッシュ、マニュエル・ルグリら有力候補を押しのけての大抜擢である。ミルピエは、ニューヨーク・シティ・バレエ団のプリンシプル、L.A.ダンス・プロジェクトの振付師を務めてきたので、その手腕は実証済みだが、伝統と格式を重んじる故郷パリ・オペラ座の監督の座は、オペラ座とミルピエの双方にとって期待とリスクの両方を意味した。


ドキュメンタリー映画  
映画は、ミルピエが芸術監督として手掛ける新作「クリア、ラウド、ブライト、フォワード」完成までの40日間を記録する。ミルピエが朝起きて髭をそるところから始まり、オペラ座の舞台裏、バレーダンサーの日常会話、スタッフ同士のやりとりまでバックステージをさりげなく描く。40年以上前に公開された『エルビス・オン・ステージ』を思い出させるドキュメンタリ-・タッチである。
 ミルピエは、てらうことなく、にこやかに、自然に、楽しげに仕事をこなす。ミルピエの笑顔がバレーの団員に伝染したのか、バレーダンサーも厳しい稽古の合間のユーモラスなコミュニケーションを欠かさない。


ミルピエの改革――階級と人種
 ミルピエは、バレー団内の階級制度を否定して、エトワールでない下の階級に属す者でも実力があれば登用し、重要なポジションを与えた。オペラ座のバレーダンサーは、5つの階級(1.étoile(エトワール)/2.premier danseur(プルミエ・ダンスール)/3.sujet(スジェ)/4.coryphée(コリフェ)/5.quadrille(カドリーユ)に分類される。最上級のエトワールは日本のバレエ団の「プリンシパル」にあたる。ミルピエは、バレエ団内の身分制度の頂点にいるエトワールを否定して、若手ダンサーからメンバーを選抜する。
さらに、肌の色の違うものは調和を乱すからという理由で白人のみのバレエ団を組織してきたオペラ座の伝統を覆して、イタリア人と黒人のハーフのダンサーにプリマ・バレリーナ(バレエ団における女性バレエダンサーの最高位)を与える。
ミルピエの意表をつく改革は、舞台上は成功を勝ち取った。オペラ座いっぱいに響き渡る鳴りやまない拍手と活気に満ちたバレーがミルピエの勝利をものがたる。ミルピエは、古色蒼然として伝統に押しつぶされようとしていたパリ・オペラ座を期待通りに覚醒させ、再生した。


早すぎた辞任の意味   
  ミルピエは、パリ・オペラ座の舞台の成功にもかかわらず、2016年2月、突然の辞任を表明する。就任からわずか1年3ケ月のできごとである。
 古典作品とダンサーの階級を排除したミルピエの改革は、急進すぎてついていけない人々がいたためだと関係者は語る。階級と人種の壁を取り払うことは、アメリカでは当然である。そんなものを今どき掲げていたら、差別主義者と非難されてやってゆけないのがアメリカである。しかしフランスは違うのである。伝統の重みを一人の天才の力で簡単にはねのけることはできないのだろう。
 ミルピエを失ったパリ・オペラ座は、生え抜きエトワールのオレリー・デュポンを芸術監督に迎え、再び古き良き伝統に戻ったようである。伝統の保持と誇示がフランスの芸術なのだろう。慣れ親しんできたものは居心地がいいかもしれないが、革新と進歩がないものは、停滞していづれ朽ちるという不安は感じないのだろうか? 現実の世は労働組合のストライキに悩まされ、市民の権利が叫ばれる21世紀、ルイ14世の時代は再来しないのに、過去の芸術にしがみついてこれからもオペラ座はやっていくのだろうか?


©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2016. Oct. 28


(C)FALABRACKS, OPERA NATIONAL DE PARIS, UPSIDE DISTRIBUTION, BLUEMIND, 2016


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