メアリーの総て

『メアリーの総て』
原題 Mary Shelley/ 製作年 2017年/ 製作国 イギリス・ルクセンブルク・アメリカ合作/
配給 ギャガ/ 上映時間 121分/ 映倫区分 PG12/
オフィシャルサイト
スタッフ:監督 ハイファ・アル=マンスール / 製作エイミー・ベアー、アラン・モロニー、ルース・コーディ/ 製作総指揮 ジョハンナ・ホーガン/
キャスト: エル・ファニング: メアリー・シェリー / ダグラス・ブース: パーシー・シェリー/ スティーブン・ディレイン: ウィリアム・ゴドウィン /

(C)Parallel Films (Storm) Limited / Juliette Films SA / Parallel (Storm) Limited / The British Film Institute 2017


『メアリーの総て』―—怪物を生む怪物の欲望


                      清水 純子
☆メアリーって誰?
メアリーとは誰のことか? 平凡な名前メアリーは、ここでは小説『フランケンシュタイン』を生み出した非凡なイギリス女性作家メアリー・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley、1797 - 1851年)を指す。メアリー・シェリーは、イギリスのロマン派詩人パーシー・ビュシュ・シェリー(Percy Bysshe Shelley, 1792-1822)の妻だが、祝福された結婚はしなかった。メアリーは、急進的思想家ウィリアム・ゴドウィンを父に、フェミニズムの先駆者メアリー・ウルストンクラフトを母に、インテリ家庭に生まれたが、母はメアリー出産の時の産褥熱で亡くなる。父ゴドウィンは再婚し、メアリーは継母と気が合わず、自由のない切り詰めた生活からの解放を心待ちにしていた。

メアリーがメアリーシェリーになるまでの苦労
16歳のメアリーは、妻子あるシェリーと恋に落ちて駆け落ちの後、次々と5人の子供を産むが、育ったのは男の子一人である。メアリーは第二子までを内縁関係で生み、シェリー夫人ハリエットが入水自殺したので、シェリーの妻になれた。メアリーのしたことは略奪婚であり、その結果2児を抱えた正妻を死にいたらしめたのだから罪深い。自由奔放な夫シェリーは、詩人としての才能に溺れるばかりで生活力もモラルもなく、メアリーの義妹クレアとも通じる。メアリーと同い年のクレアも、一人の男ではあき足らず、当代きっての伊達男で詩人のバイロン卿の愛人になって私生児アレグラを生む。自由恋愛の名のもとにシェリーもバイロンも放蕩のかぎりをつくしたあげく、女たちは捨てられる。

☆『フランケンシュタイン』誕生
しかしメアリーは、名作『フランケンシュタイン』を生み出すことによってヴィクトリアン・イングランドの課した女性のジェンダーの限界を破って、作家として不動の地位を築く。映画は、19世紀初頭から中庸にかけて活躍した文士たちの退廃と不道徳な生活を描くのではなく、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』が誕生するいきさつに焦点をあてている。
『フランケンシュタイン』誕生のきっかけは、妊娠中の義妹クレア・クレモントがスイスのレマン湖ほとりのディオダティ館に滞在するバイロンとポリドリの元にシェリー夫妻を伴って訪れたことによる。退屈しのぎに怪談を創作するというバイロンの求めに応じて、医者のポリドリは「吸血鬼」を、そしてメアリーは『フランケンシュタイン』を執筆した。この時1816年、ゴシック小説の二大水脈がレマン湖ほとりで誕生したのである。  

☆『フランケンシュタイン』を生むメアリーの怪物の欲望
ポリドリはバイロンをモデルに描いたと言われるが、メアリーの『フランケンシュタイン』もシェリーなしには誕生しなかった。この小説がシェリーの手によるという当初の憶測ではなく、シェリーがメアリーを世間的に道徳上の怪物にしてしまった生みの親だったという意味において、はからずもシェリーがメアリーの創作に貢献したと言える。フランケンシュタイン博士の気まぐれと怖いもの知らずの実験魂から生み出された怪物フランケンシュタインは、世に受け入れられず、恐れられ、のけものにされて孤独のうちに生涯を閉じなければならない人造人間である。主人公フランケンシュタインは、メアリー自身の分身なのであろう。メアリーもロリコン趣味に見まがうシェリーによって女性にされたあげく、父に背くことになり、シェリー夫人を死においやって世間を敵にまわし、天罰を受けるかのように産んだ子供を次々と亡くし、最後に夫シェリーも夭折してしまう。すべてはメアリーのシェリーとの道ならぬ恋が招いた結果だったのかもしれない。身勝手な男シェリーは、無垢だったメアリーを怪物にしてしまったともいえるが、メアリーはシェリーの人形ではなかった。シェリーとの恋愛もその後の関係もすべてメアリーの望んだことである。フランケンシュタインとは違って、メアリーは自分の欲望と意志を持った人間であった。メアリーは、自分の内なる欲望に動かされて当時としては破天荒な生き方を選びとったのである。メアリーの創作と独自性への欲望がフランケンシュタインという怪物を産み落とした。フランケンシュタインは、メアリー自身を表すというよりも、メアリーという当時の女性としては怪物と言ってよい破天荒で自由奔放な欲望そのものだった。怪物めいた欲望が産み落とすのは、怪物である。生身の人間本体から怪物は生まれない。

☆一見の価値ある美しい映画
バイロン卿のスイスの別荘でのゴシック誕生の逸話は、英文学史上著名な出来事であり、その事情は幾度も映画化されている。『メアリーの総て』は、特別に新しいことを描いていないが、英文学史上の画期的事件をオーソドックスに、上品に、美しくまとめ上げている。当時のエレガントな気品あふれる室内装飾、上流階級の紳士淑女の衣装や立ち居振る舞いなど、勉強になるだけではなく、目を楽しませる一見の価値ある映画である。
©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved.  4 Jan.2019

(C)Parallel Films (Storm) Limited / Juliette Films SA / Parallel (Storm) Limited / The British Film Institute 2017

2018年12月31日 シネマカリテ新宿にて   撮影:清水純子

 

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