ディーン、君がいた瞬間

Photo Credit: Caitlin Cronenberg,(C)See-Saw Films


『ディーン、君がいた瞬間(とき)』(原題 Life
製作年2015年 製作国 カナダ・ドイツ・オーストラリア合作  配給 ギャガ
上映時間 112分   映倫区分 PG12
スタッフ: 監督アントン・コービン  製作イアン・カニング 、エミール・シャーマン、クリスティーナ・ピオ、ベサンベニート・ミューラー
キャスト: デイン・デハーン:ジェームズ・ディーン/ロバート・パティンソン:デニス・ストック/ジョエル・エドガートン:ベン・キングズレー/ ピア・アンジェリ: アレッサンドラ・マストロナルディ
オフィシャル・サイト: http://dean.gaga.ne.jp/
2015年12月19日 シネスィッチ銀座他全国順次ロードショー 

 『ディーン、君がいた瞬間(とき)』-- 魂を吸うカメラ

水 純子

映画『ディーン、君がいた瞬間(とき)』は、ディーンの死の2週間前に、その素顔をカメラに収めることに成功した天才カメラマンの見たディーンである。
「マグナム」のカメラマンのデニス・ストックは、『エデンの東』試写会で見たディーンの才能と可能性に驚いて自分のカメラに収めることを固く決意する。
ストックは、まず勤め先のマグナム・フォトの上司を焚き付けて『ライフ』誌にディーンの写真掲載を約束させる。
次に、ストックを気に入っているのに、のらりくらりと約束を引き延ばすディーンを追い回して、強引にくどき、被写体にすえる。 気取らないディーンは、床屋で散髪したり、机の上で居眠りしたり、通りを散歩する姿など日常的なショットばかりを提供したため、マグナムの上司はこれでは売れないとOKを出さない。
あきらめかけたストックに、ディーンは故郷インディアナへの帰省の旅に同行すれば、ディーンの本当の姿がわかると誘う。不承不承従うストックに、ディーンは農村の素朴な生活、複雑な生い立ちを見せる。
インディアナでのディーンは、カメラにありのままの自分の生きざまをさらけ出し、魂のありようを示す。
ストックのカメラはまるで「血を吸うカメラ」のように、ディーンの「ライフ」、生命、魂、生き血を吸収して、写真という形に消化して大衆に吐き出す。
そのためだろうか、カメラに魂を吸われたかのようにディーンは、撮影から2週間もしないうちに帰らぬ人となる。
ディーンの命を奪ったのは、大好きな車だったが、ディーンは死を予期していたように、2度と戻れないことを覚悟していたかのように、故郷で心おきなく裸の魂をカメラの前にさらけだした。
ディーンは、ストックのカメラに心血を吸われた後に、偶然に、もしかしたら運命的に、他界したのである。

James Dean (1931-1955)

 

Alain Delon (1935~) 氷のように冷たく、闇夜のように暗く妖しく光るドロンの美しい瞳 


文明の利器であるカメラこそが、ジェームズ・ディーンが、ニヒルに見えて、実はほのかに香る甘いやさしさを持つ青年であったことを映し出し、人々に伝えた。
カメラがとらえた一瞬のディーンの表情が、反抗的にみえるディーンの秘めたナイーブで無垢な魂を雄弁に語る。
俳優ジェームズ・ディーンは、24歳で悲劇的な事故死をとげたために、青春のシンボルとして永遠にその名を刻む。
ディーンは、若者の光と影を象徴する存在である。
若さは、希望、未来、新鮮さ、活力という肯定的な概念 その反対の負の概念である反抗、無知、無軌道、未熟、不安定、傷つきやすさを連想させる。
ディーンの反抗的ですねたような、それでいてかまってもらいたさそうな、愛に飢えた、本当は甘えん坊の眼差しに出会う時、人はこの若者の複雑でナイーブな内面を想像して、惹きつけられずにはいられない。
ディーンの切ない上目づかいは、ディーンの死後、青春の屈折した野望によって挫折する青年の悲劇を描いた『太陽がいっぱい』(1959)のフランスのアラン・ドロンのそれとは似て非なるものである。
ドロンは、ディーンに比べると、もっと冷たく、野心的で鋭く、厳しく、すさんだ狼のような眼差しを持っている。
ドロンの若くして人生の暗黒面を見透かして居直った、冷徹で緻密、隙のない非情な凄みはディーンにはない。
ディーンには、やんちゃだけれど、連れて帰りたくなるような、飼い主のいない迷子の子犬のかわいらしさがある。
ドロンの本当は冷徹なのに、偽の甘味を盛り込んだサッカリンのような苦い味とは違って、ディーンが内包する甘さは、ボンボン菓子のように相手を酔わせ、とろかす本格派の甘味である。

『エデンの東』(1955)、『理由なき反抗』(1955)、『ジャイアンツ』(1956) のたった3作しか残さず、それも大成功を収めたのに、あっけなくこの世を去ってしまったディーン。たった24歳でファンに別れを告げることもなく、夭折してしまったディーン。ディーンの死はあまりに唐突で、衝撃的、残念で残酷である。せめてあと10年生きたら、どんなにいい映画を残せたことだろう!どんなに世界を沸かせてくれたことだろう! でもそのはかなさ、残酷さこそが青春の特権であり、特質なのかもしれない。

ディーンは、その短い生涯において、カメラに自分の魂を吸わせるという映画俳優の使命を全うして、永遠の青春を画像に映像に記録させた。
映画ファンは、カメラが吸い込み、吐き出したディーンの魂をスクリーンの上で幾度も反芻して咀嚼し、若さの持つ甘く苦い味を永遠に味わい続ける。
カメラがジェームズ・ディーンの名声を確固たるものにした。
カメラがディーンの「ライフ(生命)」つまり魂を吸いとり、アメリカの有名な雑誌『ライフ』に掲載したからである。

©2015 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2015. Dec. 9


50音別頁に戻る