デリシュ

デリシュ』Deliceux


2022年9月2日(金)よりTOHOシネマズシャンテ他全国公開
Delicious(英題)Délicieux/Delicious
制作年:2020年 /製作国:フランス、ベルギー/言語:フランス語/上映時間:112分/配給:彩プロ/
スタッフ:監督リック・ベナール/ 脚本エリック・ベナール、ニコラ・ブークリエフ/
キャスト:マンスロン-グレゴリー・ガドゥボワ、ルイーズ-イザベル・カレ、シャンフ
 ォール侯爵-バンジャマン・ラヴェルネ、イアサント-ギヨーム・ドゥ・トンケデック、
 ジャコブ-クリスチャン・ブイエット/


『デリシュ』--レストランは「デリシュ」で始まった!

                    清水 純子

 世界初のレストランは、フランスで1789年革命直前に始まったことをご存じかな? 映画『デリシュ』は、一般庶民もレストランで食事できるようになったいきさつ、というか事件について、贅沢に、素朴に、わかりやすく教えている。

★ジャガイモは「悪魔の作物」
 「デリシュ」は、腕利きの宮廷料理人マンスロンが主君のシャンフォール公爵の食事会のために創作したジャガイモ料理の名前である。じゃがいもに小麦粉、バター、砂糖、牛乳、卵黄等をねりあげてオーブンで焼き、トリュフを飾った「デリシュ」が、たくましくも繊細なマンスロンの手で作られているのを見た観客は、画面に手を伸ばしてかぶりつきたくなる。小さなマドレーヌ状の「デリシュ」は、みるからにdelicieuxとてもおいしいのに、客人の貴族たちは食べる前からけなして怒る。こき下ろされても謝ろうとしない誇り高いマンスロンを公爵は首にした。
 現代人には不可解な貴族たちの「デリシュ」に対する不快感は、素材となったジャガイモに対する当時のフランス人たちの偏見に基づく。18世末のフランスでは、ジャガイモは毒を持つ「悪魔の食べ物」として忌み嫌われ、豚の餌にしかならないしろものと見られていた。16世紀に南米からヨーロッパに渡ったジャガイモは、今では料理になくてはならない野菜だが、当初は、黒くて小さい見た目の悪さ、種イモで増える聖書に載っていない「悪魔の作物」(Wikipedia)として蔑まれていた。そんな食材を身分の高い貴族の食事会に起用するなど言語道断の非常識である。食事会に招かれた我々は豚か?と非礼な料理を出された貴族は怒り狂った。

★貴族の傲慢さ
 映画『デリシュ』で鼻につくのは、貴族の傲慢さ、身分の高さに胡坐をかいて、何も考えず、何もせず、他人の労働と世話に乗っかって当然、それがおかしなことだとも感じない無神経さである。ジャガイモを食べさせられそうになって、豚扱いされたと怒るが、美しく着飾って、美しい家に住む彼ら貴族こそが豚だったと思わせる。人間は、力が与えられるとなんでもやってしまう傲慢きわまりない野獣なのだと感じさせる。

★気骨ある天才料理人マンスロン
 ジャガイモを忌み嫌うフランス貴族たちは、無知で無教養、偏見と狭量のそしりを免れない。因習を無視して新素材ジャガイモの底力を見抜き、美味な料理に仕上げたマンスロンの独創性と勇気は絶賛される。
この映画では、革命によって地位も命も奪われてフランスの土地から根絶される運命にあるにもかかわらず、危機感も貴族としての自覚もなく、贅をつくして美食を追い求め、家来や庶民のことを考えない利己主義貴族の痴呆状態がおぞましく、滑稽なまでの批判をもって描かれる。
貴族の時代が終わって、庶民の時代到来の境目に生み出された料理「デリシュ」は、宮廷料理のすそ野を郊外にまで広げるきっかけを生む。マンスロンの弟子として住み込むルイーズも元は貴族で、夫を公爵に殺された恨みを持っていた。ルイーズのアイディアによって田舎で始めたマンスロンのレストランは、勃興しだした富裕な庶民階級の舌になじみ、たちまち評判になる。マンスロンを失って美食に飢えた公爵も、この郊外のレストランに誘き寄せられ、ひと騒動が起きようとするが・・・

マンスロンはヌーベルキュイジーヌの元祖
 マンスロンのようなアーティスト気質の料理人がいたから、現代の料理はおいしくなったのだろう。しかし、あのような身分制度がきつい時代に、悪魔の食べ物ジャガイモを素材にして料理を作り、主人に怒られても謝らないマンスロンって、かなりの変人であったことは確かだ。今でも腕のいい料理人、板前は気難しい人が多いと言われるけれど、昔からアーティストは扱いが難しい人種だったのである。
 しかし、おいしそうだけれど、現代的視点で見れば、あんなにバターや動物の脂肪をふんだんに練り込んだ料理って体に悪くないか? 料理人のマンスロンもダイエットが必要な体形だったし・・・たいして運動もせず、食べることに過剰な関心を持った貴族階級にとって豪華な料理は体に悪いことだらけだったのではないか?食べることに神経が集中しているってこと自体が動物的ではないか?
 映画の最初の頃の画面に現れる貴族お好みの伝統的宮廷料理は、ごてごてして大げさで滑稽ですらある。飽食の時代と言われた20世紀の人間は、一歩進んでヘルシーでおいしい料理を求めた。その結果ヌーベルキュジーヌが登場した。簡素なメニューで、濃厚なソースの代わりに薄味、過度の肉食を排した独創的アイディアで勝負する。しかしおいしくて健康によく、体形も保てるよう工夫された現代のフランス料理のもとは、マンスロンに始まる手作りの創作料理であろう、納得! 『デリシュ』は、美食の国フランスならではのおいしい映画である。

©2022 J. Shimizu. All Rights Reserved. 12 July 2022

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