ダイヤモンド・ラッシュ

日本語版DVD『ダイヤモンド・ラッシュ』の表紙

 英語版DVD Flawless の表紙


『ダイヤモンド・ラッシュ』--ロンドン金融市場、ダイヤモンド産業、ガラスの天井
 
      清水 純子

映画『ダイヤモンド・ラッシュ』(原題Flawless, 2007)は、世界の金融市場ロンドンを舞台にした実話の映画化である。
世界的ダイヤモンド商社からのダイヤモンド大量強奪をスリリングに、スタイリッシュに描く。
1960年の独占的ダイヤモンド販売機構と言えば、セシル・ローズ(Cecil John Rhodes, 1853-1902)のデ・ビアス(De Beers)社、そしてデ・ビアスの全額出資によって合同経営されるダイヤモンドコーポレーション( The Diamond Corporation, Ltd)が思い浮かぶ。

デミ・ムーア扮するローラ・クィンは、キャリア・ウーマンの草分け的存在であり、ロンドン・ダイヤモンド・コーポレーションのマネージャーとして働く。
ローラは誰よりも早く出社し、誰よりも遅く退社するワーカホリック(仕事中毒)であるが、センスのよい服装と洗練されたマナーを忘れない。
ローラは働く女性に相応しいチャコール・グレーの機能的なスーツを着て、三連パールのネックレス、ダイヤモンドの指輪でおしゃれに身を飾る。
夜のパーティでは、カクテルドレスを豪華な宝石とコーディネートさせて着こなし、ハリウッド女優の華やかさ、王侯貴族の気品、ビジネス・ウーマンの知性をたたえて、周囲の男たちの目を奪う。
オックスフォード大学を優等で卒業したアメリカ人女性にふさわしく、ローラには伝統とモダンな合理性がミックスされて備わる。
ローラは「奴隷のように働き、レディーとしてふるまう」才色兼備である。

38歳のローラは周りから一目置かれるやり手であるのに、「ガラスの天井」に阻まれて、昇進できない。
「ガラスの天井」とは、「中間管理職にある女性がより高い地位に昇進するのを妨げる差別的障害」であり、「女性は中程度の管理職までは昇進するが、トップレベルの地位や最高管理職まで昇進するのはまれである。
ガラスの天井は、見えないが強固であり、あからさまにせよ隠蔽されたものにせよ、差別の様々な形を反映している」(ボールズ118)。

ローラは昇進をストップされ、能力のない男たちに次々と先を越されていく。
女としても賞味期限切れが近いローラは、誘ってくれた昔馴染みの男に転職とロマンスを持ちかけるが、どちらも時すでに遅しとして断られ、退路を断たれた。

ローラの解雇を事前に察知した掃除夫のホブス(マイケル・ケイン)は、ローラを会社への恨みを持つ同志とみなして、ダイヤモンド強奪計画に誘う。
退職間近のホブスは、どこへでも自由に出入りできる、清掃作業員という影のような立場を生かして、会社の情報収集に励んでいたのだ。

爽快なのは、社会的弱者であるローラとホブスが持ち前の知恵と勇気によって、巨大企業の鼻を明かすところである。
ローラは女性支配人の立場を利用して、金庫の暗号番号を巧みに盗み出した。
ホブスは、職業の社会的ランク付けによって「見えない存在」と重役たちに警戒されていなかった。
ホブスは、最新式の監視カメラと複雑な暗証番号で守られた金庫から一億ポンド相当のダイヤモンドを清掃用具に紛れ込ませて何回にも分けて運搬し、トイレから下水に流しこむという奇想天外な作戦を成功させた。

映画のさらなる心地よさは、犯罪の動機が金銭目当てでない点である。
ホブスは、愛妻の癌治療の費用の支払いを不当に断った保険会社重役への復讐、ローラは功績に報いることなく、逆に解雇措置をとろうとした会社への恨みがその理由である。
したがって二人は、盗んだ巨万の富を自分のために使うことはない。
ホブスは、全額をローラの口座に振り込んで姿を消し、ローラは、受け取った大金をすべて慈善事業に使う。

独占的営利を貪るダイヤモンド企業の悪を窃盗という悪をもって制したように見せながら、その果実を恵まれない人に再分配したのがローラだった。
ローラがロンドン版「ねずみ小僧」になった意外性が、他のクライム・サスペンスとは違う二重のカタルシス(日常の抑圧が解放されて快感を
生むこと)を呼ぶ。

映画の原題の “Flawless ” は「きずのない、完全な」という意味であり、ダイヤモンドと対になって使われることの多い形容詞である。
ダイヤモンドの名がギリシア語の “adamas” 「征服できない、壊れない」 に由来するように、ダイヤモンドの硬質性と耐久性はその美しさと共に他の宝石の追随を許さない。

この映画において、ダイヤモンドのような硬質性と完璧性を誇るのは、強奪計画の緻密性とヒロイン・ローラのキャラクタ―である。
ローラ役のデミ・ムーアは、映画『G.I.ジェーン』(G.I. Jane、1997)で、男女差別雇用撤廃法案を掲げるアメリカ海軍情報局の地獄の訓練に耐える女兵士を好演したが、60年代最先端のエリート・ビジネス・ウーマンもはまり役である。

『ダイヤモンド・ラッシュ』は、ダイヤモンド産業にまつわる英国の植民地支配の歴史を背後に抱えた映画である。
冒頭のダイヤモンドの原石を泥水からざるにかけて選別するのが黒い手であるのに、そのダイヤモンドを扱う商社が白人のみによる階層支配の近代的巨大ビジネス機構であるという人種の対比が画面上鮮明に提示される。
映画は「ブラッド・ダイヤモンド」別名「紛争ダイヤモンド」の存在を暗示している。
アフリカ等の紛争地域の反政府軍がダイヤモンドの原石を販売して、武器に変え、内線を長期化させて、多くの血を流すダイヤモンドなので、そう呼ばれるのである。

モデルのデ・ビアス社は、南アフリカのダイヤモンド鉱山の採掘によって築かれた会社である。
創立者のセシル・ローズは巨万の利益を元に政治家になり、南アフリカをケープ植民地としてイギリスの支配下に組み入れ、自分の名にちなんでローデシア(Rhodesia)と名付けたことは有名だ。

デ・ビアス社は、現在は世界市場の約4割のダイヤモンドを扱うが、ローズの時代は9割を販売していた。
ロンドン金融市場を中心に世界経済に君臨したイギリスだが、1960年のデ・ビアス社が、1950年代後半にシベリアでダイヤモンド鉱脈を発見したソビエトとの関係に苦労していたことは映画からもうかがえる。
デ・ビアス社の創設者であるセシル・ローズは生涯独身を通したことから、同性愛の噂があった。

「アフリカのナポレオン」と呼ばれたローズは、熱烈な帝国主義者、人種差別論者であり、家父長制支持者でもあった。
ヒロインのローラに向けられる年配の男性上司の意地悪なまなざしには、当時の女性差別の風潮と共に創立者ローズのミソジニ―(女性嫌悪)が重ね合わされている。

DVD
『ダイヤモンド・ラッシュ』(原題Flawless 2007年製作)、監督:マイケル・ラドフォード、
出演:マイケル・ケイン、デミ・ムーア、角川映画、2010年。

参考文献
Roberts, Janine. Glitter & Greed: The Secret World of the Diamond Cartel.
New York: Disinformation, 2003.
ボールズ、ジャネット.K & ホーヴェラー、ダイアン・ロング、『フェミニズム歴史事典』
水田珠枝 他監訳、東京、明石書店、2000。
(Janet K. Boles and Diane Long Hoeveler, Historical Dictionary of Feminism).

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