ディヴァイン・ディーバ(横田)

『ディヴァイン・ディーバ』 原題Divinas Divas
監督・脚本:レアンドラ・レアル 出演:ブリジッチ・ディ・ブジオス、マルケザ、ジャネ・ディ・カストロ、カミレK、フジカ・ディ・ハリディ、ホジェリア、ディヴィーナ・ヴァレリア、エロイナ・ドス・レオパルド /2016 年/ブラジル、ポルトガル語/110 分/カラー/ビスタ/ステレオ/原題:Divinas Divas 字幕:比嘉世津子 字幕監修:ブルボンヌ 提供:青幻舎/ミモザフィルムズ 配給:ミモザフィルムズ 宣伝協力:テレザ/ポイントセット/ 2018年9月1日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほか全国順次ロードショー /オフィシャルサイト

〈作品概要〉
1960年代のブラジル。軍事独裁政権下の厳しい時代にゲイやレズビアンなど性的少数者達には、今のような自由はなかった。だが彼らは、女性装をして芸能の才を披露することで、自分らしく生きることを選んだ。かつてレジェンド達が歌い、踊っていた拠点であるリオ・デ・ジャネイロのヒバル・シアターの創立70周年を記念し、この劇場から巣立ったレジェンド達を一堂に会した「ディヴァイン・ディーバス・スペクタクル」が開催される。2014年に行われた特別版、レジェンド達のデビュー50周年祝賀イベントのプレミアでは、長い間舞台の仕事からは遠ざかっていた高齢の彼女らが、文句タラタラ四苦八苦しながら演目に挑む姿をとらえつつ、輝かしい60年代のシーンを振り返っていく。



『ディヴァイン・ディーバ』――トランスジェンダー芸人たちの妖艶な群像を描いたドキュメンタリ


                                     横田 安正


 ブラジルは性の表現や性的少数者に対して寛容な国とされているが、1960年代の軍政下では様子が違っていた。芸能に長けた女装のパフォーマー「ドラッグ・クイーン」たちは様々な弾圧を受けただけでなく,一般の人たちからも厳しい差別にさらされた。そんな状態で唯一自己表現のできる場は、自由の喜びを辛うじて味わえる場は、劇場の狭いステージであった。1960―70年代にかけて活躍した彼らはドラッグ・クイーン第1世代とブラジルでは呼ばれている。この映画は第1世代に属する8人の過去と現在を描いたドキュメンタリーである。

 制作/監督/脚本は30代半ばの美人女優レアンドラ・レアル、これが監督デビュー作となった。きっかけは彼女の祖父がリオ・デ・ジャネイロで、トランスジェンダーたちのための劇場ヒバル・シアターを経営しており、子供のころから彼らの舞台を見て育ったことによる。「謎めいた舞台裏でクレイジーで才能豊かな大人たちに囲まれて育った」という。「彼女らの生きざまをドキュメンタリーとして残すことはブラジルの芸能史を語る上で欠かせない・・・それこそ自分の使命と感じた」と述懐する。

 8人のドラッグ・クイーンたちの中には弾圧を逃れヨーロッパやアメリカに活路を求めた者もいた。ホジェリア、ジャネ・ディ・カストロ、デヴァーナ・ヴァレリアはヨーロッパに渡り、ポルトガル語に達者なフランス語や英語を交え観客を笑わせ、迫真の歌唱を披露した。フランスの名女優ブリジッド・バルドーにちなんで芸名を付けたというブリジッチ・ディ・ブジオスはニューヨークに渡り、流ちょうな英語を操って抜群のユーモアのセンスを発揮し観客を沸かせた。また、マルケザは女装し街を歩いただけで、強制的に精神病院に送られてしまった経験を持つ。8人の芸人たちは歳をとっても長年培った芸は衰えていなかった。それぞれ個性が強く、誰もが知るような名曲を歌っても、全く別の曲と思えるほど自分自身の世界を作ってしまうのだ。

 レアル監督はやはり女優であった母親の助けを借り、第1世代のレジェンドたちを再び舞台に立たせる企画「ディヴァイン・ディーバ・スペクタクル」を立ちあげ、2004年から実行に移した。この映画は2014年、70歳を過ぎたレジェンドたちが一同に会し、稽古から本番に至るまでをドキュメントしたものだが、レアル監督は膨大な量のインタヴューも収録した。彼らの生々しい証言がブラジル芸能界の暗黒時代を赤裸々に浮かび上がらせる。

 70歳を過ぎたドラッグ・クイーンたちは芸は確かでも肉体的には年齢には勝てなかった。かつての妖しく美しかった姿は影をひそめ、今や贅肉が肉体を包み、厚化粧で皺だらけの表情は、見方によっては、醜悪(グロテスク)ともいえる。こうした脂ぎった映像に顔をしかめる観客も多いことだろう。しかし、この醜悪さこそがこの映画の醍醐味であり、核心部(コア)なのだ。彼らはたらふく食べ、恋をし、人生を楽しみ、笑い、泣き、人生を呪い、もがき苦しんだうえ、ひたすら芸の道にのめりこんだ。ただそれだけで, 気取りや虚飾とは無縁の人たちなのだ。歯に絹着せぬ彼らの発言は、ブラジルの歴史の一端を鋭く掬い取り、人間存在そのもの不思議さ、尊さを観る者に感じさせるのである。

 この映画は筆者が謂うところのBBC方式(インタヴュー方式)をとっているため、前半はやや退屈である。しかしレアル監督は発言の重さに従って起承転結をつける編集をしているので、中盤からがぜん緊張感が増してくる。全盛時代の古い映像の挿入の仕方も上手い。こうした構成こそBBC方式の弱点を補う唯一の方法なのである。「監督業がいかに難しく、広範にわたるものなのかという認識を深めました」とレアル監督は言っている。わがまま放題で海千山千のレジェンドたちを御して撮影を続けるだけでも大変なのに、まして作品の良し悪しが構成・編集の一点にかかっているような本作品は細心の気配りが必要とされる。彼女はこれらの課題を見事に克服し成功に導いた。この映画は《SXW映画祭観客賞》、《リオ・デ・ジャネイロ国際映画祭観客賞》、《アルアンダ映画祭最優秀監督賞》など数々の賞を授与された。

 生まれ育った環境からこの映画の制作を思い立ち、無事に完成させるのは自分の使命と覚悟を決め、レジェンドたちと格闘し、この難題を乗り切った若き女性監督レアンドラ・レアルの努力と献身に拍手を送りたい。

 

©2018 Ansei Yokota. All Rights Reserved. 11 Aug. 2018

(C)UPSIDE DISTRIBUTION, IMP. BLUEMIND, 2017


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