縁路はるばる & 私のプリンス・エドワード


「遠路はるばる」&「私のプリンス・エドワード」
            『新世代香港映画特集2023』より
 

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「縁路はるばる」(原題: 綠路山吾兄 英題: Far Far Away)
2021年/香港/カラー/シネスコ/ 96分/5. Ich/映倫G 監督・脚本:黄浩然(アモス・ウィー) 
出演: 岑珈其(カーキ・サム)、張紋嘉(クリスタル・チョン)、蘇麗珊(シシリア・ソー)、梁雍嫖(レイチェル・リョン)、陳漢娜(ハンナ・チャン)、余香凝(ジェニファー・ユー) 

2022年香港映画年間興行収人・8位
2022年大阪アジアン映画祭・人選
2022年ウーティネ極東映画祭・人選
2022年台湾金馬奬助演女優賞ノミネート
2023年香港金像奬。助演女優賞ノミネート(授賞式前)

28歳のITオタク・ハウは平凡だが温厚な内向的な性格。ある日突殀それぞれ個性の異なる五人の魅力的な女性と知り合うチャンスを得る。 5人の女性たちは、都会から離れた僻地に住んでいるという一風変わった点を除けば、ほとんど共通点がない。ハウは彼女たちに会うために香港中を旅することになる(プレスシート「ストーリー」)。




◎ 2019 MY PRINCE EDWARD PRODUCTION LIMITED.All Rights Reserved.

「私のプリンス・エドワード」(原題:金都  英題:My Prince Edward)
2019年/香港/カラー/シネスコ/93分/5.1ch/映倫G/
監督・脚本:黄綺琳(ノリス・ウォン) 
出演:◆麗欣(ステフィー・タン)、朱栢康(ジュー・パクホン)、鮑起靜(バウ・ヘイジェ
 ン)、 金楷杰(ジン・カイジエ)、林二▲(イーマン・ラム)、岑珈其(カーキ・サム)

2018年 First Feature Film Initiative グランプリ
2019年 中国映画批評家が選ぶ中華圏映画・年間1位
2019年 台湾金馬奬・主演男優賞、新鋭監督賞などノミネート
2020年 香港金像奬・新鋭監督賞、音楽賞・受賞
2020年 大阪アジアン映画祭など世界各国映画祭入選
2020年 香港映画年間興行収人・8位

香港のプリンス・エドワード地区にある金都商場(ゴールデンプラザ)は、結婚式に必要なドレスや小物、結婚写真の撮影依頼などが格安で揃えられるショッピングモール。ウェディングショップで働くフォン(ステフィー・タン)は、ウェディングフォト専門店のオーナーであるエドワード(ジュー・パクホン)と同棲中。ある日、エドワードからプロポーズを受けたフォンだったが、実は10年前に中国大陸の男性と偽装結婚しており、その婚姻がまだ継続中であることが発覚していた。偽装結婚の離婚手続きと結婚式の準備を同時に進める過程で、自分の心への無理強いに気付くフォンは…(プレスシート「ストーリー」)。

新世代香港映画特集2023『私のプリンス・エドワード』『縁路はるばる』
5月19日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
公式HP:https://enro.myprince.lespros.co.jp 

 


最近の香港結婚事情
                              清水 純


 「縁路はるばる」と「私のプリンス・エドワード」は、香港の若者の結婚事情をつつみ隠さず語って興味深い。日本でも結婚しない、あるいはできない若者が多くなったと言われるが、香港でも結婚相手をみつけるのはたやすいことではないのがわかる。ひと昔前までは、どこの国でも「結婚して一人前」「家庭を築いて子供を持つのがふつう」とされてきたが、ここ10年ぐらいその常識は崩れつつある。結婚に対する若者の意識変化の要因は、女性の社会進出によって経済的に自立できる女性が増えて望まない結婚に踏み切る必要がなくなったからである。また男性にとってもコンビニなどのサービス産業の発展、電化製品の発達によって、家に女性がいなくても不自由ではなくなった。稼ぎ手と家事の担い手がジェンダーレスになったことによって「男は外で働き、女は家を守る」という前提が崩れてきたのである。女性の社会的経済的進出によって、結婚は暗黙のうちに強制されるものではなくなってきた。
 それでもやはり良い相手をみつけて家庭と子供を持ちたい、孤独は嫌なので人生を共に歩みたいという願望を持つ若者は多いが、相手探しが一苦労である。香港でも昔のように家同志の結びつき重視のために親の決めた相手を選ぶことはなく、本人同士の相性によって結婚は決まる。男性が結婚するかどうかの決定権を最初に持つのは昔と変わらない。女性は男性からのプロポーズを待つのが定番という点は意外に古風である。しかし、プロボーズ後の進展の鍵を握るのは二つの映画を見るかぎりは、男性ではなく女性である。女性はひとたびプロボーズされると、強者になり、結婚ゴールのキーパーソンとして君臨する。

縁路はるばる
 「縁路はるばる」は、遠路ならぬ縁路である。五人の美女と縁を求めて28歳のIT従事者ハウが香港中を駆け巡ってデートする話である。まじめそうだが、容姿はふつうで心を開きにくい、打ち解けるのに時間がかかるITオタクのハウは、デートアプリに登録する。女心をつかむテクニックをインストラクターから伝授されたハウは5人の美女に順番にアタックされて、アタックして結婚への道を探る。ハウのターゲットの美女はなぜか全員が香港から遠い所に住んでいる。何としても彼女がほしいハウは、遠路を厭わず五人の美女をデートの後、遠方の家路までエスコートして送る。
最初の美女は、職場の同僚。多岐川裕美に似たお目目パッチリのお人形のような顔立ちに、すらりとした肢体、誰が見てもうっとりする。彼女も遠方の高級マンションに住んでいるが、部屋には入れてもらえず、送る途中で「あなたとはここまで」と断られてしまう。後日談があって彼女にはお付き合いできない理由があったことがわかるが、この時点ではハウはがっかりする。二人の会話がおもしろくて、美女が「いつもあたしの方を見ている」――ハウ「僕が見ているのを知っているってことは、君もいつも僕を見ているのでは?」――美女「いつも見ているのにいつまでたってもデートに誘ってくれないのであたしの思い違いかと思って・・・確かめたかった」。そう言った直後に美女は交際を断るので、なんと驕慢な女か?と思わせるが、後の打ち明け話を聞かされると、芯のあるしっかりした女性なのだと見直す。
二番目の女性は、ハウより一つ年上の29歳。30歳までに第一子を出産して、三人の子供と三匹のペット犬を持つのが夢。タイムリミットが近いので、やたら積極的だがハウはのらない様子。彼女もなかなか美人なのだが、誰でもいいというわけにはいかないのか?
 どの女性もハウの誘いにはそこそこ乗るが最後まで行かないのがじれったくてユーモラス。山奥に住むアーティストの女性もかなり積極的だった。ハウにキスを迫り、ペンションの同じ部屋の同じベッドで朝を迎える。観客は今度はうまくいったと思うが、よくよく見ると、ベッドには女性一人が寝ていて、ハウはその下の床に布団を敷いて寝ていた。掛け蒲団だけ二人で共有していたおかしさ。
 ハウとゴールインしそうな暗示をもって映画を締めくくるのが、高校時代の同級生で女王的存在のメラニーである。愛嬌があって、積極的、頭の回転が早く、ユーモラスな長身美女である。ハウは、退職した最初の美女の代わりに就職させて同僚にする。ハウの新居の鍵を手渡されたメラニーは手軽な女だと見くびられたとすねて、「美人ばかり好きになって!美人だって歳をとればきれいでなくなって相手にされなくなる」と言うと、ハウは「仕事は変えてもいいけれど、彼女は変えたくない。どこに行こうと誰かと一緒にいることが大切」と心うつ言葉を口にする。おそらく二人のこの会話が、映画の伝えたかったメッセージである。ここでも結婚への扉を開くのは女性である。プロポーズ後の女性上位を象徴するかのように、メラニーはハウより背が高く、座っていても見下ろす視線を維持する。以前の交際においても女性のリードを頼ってきたハウにとっては当然の立ち位置である。ファースト・キスもメラニー姐が高い位置から迫って決める。結局女性の押しの強さと決定権がカップルの将来を決定するのである。
 「遠路はるばる」はアップテンポで無駄がなく、IT時代にふさわしくスマホのアプリが物語を誘導していく。ハウのアドバイザーの二人の男友達もアプリの内外に登場してコミカルな軽快さを演出する。メラニーとのハッピーエンドの場面では、アプリは「位置情報が確認できない」「システム更新中」と言って遠慮するのもしゃれている。映画作りのツボを心得た香港らしくモダンで軽快な楽しい映画である。香港島の美しい風景、船上の誕生パーティーなど観光映画としても美しい。

私のプリンス・エドワード
 映画のプリンス・エドワードは、香港の九龍北部プリンス・エドワード駅周辺のサブエリアを指す。「世界一美しい島」と呼ばれるカナダのプリンス・エドワード島とは違って、活気あふれる商業地区ではあるが、ごみごみした狭い中古マンションがひしめく中での家庭ドラマである。より正確に言うと家族になろうとしてなれない香港の若いカップルの事情を語る。プリンス・エドワードは、地名を指すと同時にヒロイン・フォンの同棲中のボーイフレンド・エドワードの名前でもある。エドワードは金都商場(ゴールデンプラザ)内ショッピングモールの結婚式専門店のオーナーである。従業員フォンにとってエドワードとの結婚は、家庭を築くと同時に生活と社会的身分の安定を意味する。同棲8年目に入ったフォンは、待ちに待った結婚申し込みを喜ぶが、フォンは10年前の中国大陸男性との偽装結婚が解消されていないことを知って青ざめる。ここからドラマは急展開する。
 わずかのお金のために形だけの結婚を承諾したフォンは責められるが、離婚手続きをするために、初めて法律上の夫と会う。エドワードが心配するほど法律上夫は若くてイケメン。彼には妊娠中の女性がいるので、フォンとの法的関係は解消されるが、フォンの心は動揺する。それまでプリンスだと思っていたエドワードは、彼ほどかっこよくないし、家では扉も締めずにトイレを使う無作法、結婚が決まるとフォンの母がマンションを買ってあげるから上階に住むと乗り込んでくる。フォンのペットの亀を勝手に処分し、わが物顔に家に侵入するが、エドワードは母のいいなり。フォンは嫌気がさして会社も家も捨てて、見知らぬ土地に向かう。フォンがいなくなったのを知って探すエドワードの前をフォンを乗せたバスが通りすぎる。
 ここでも女性はプロボーズを待たなければならないが、以後は女性が新家族誕生の鍵を握る。この映画では、ゴールインをストップするのは女性である。フォンは結婚のメリットとデメリットをはかりにかけた結果、自由を選んでエドワードを捨てた。フォンが捨てたプリンス・エドワードは、土地と人の両方である。フォンはこの土地に一生いたくないと言明していたが、夫になる男にも未練がないことを認識したのである。懸命に働けば自力で生きていけることを自覚した女性は、因習や伝統などの面倒臭いお荷物を捨てて、自由と独立を選択した。この映画でも新しい女性の強さが強調されている。
 元法律上夫にあり金をすべて与えて裸一貫で新天地に挑むフォンは勇気があり、すがすがしい。しかし、フォンは本当に大丈夫なのか? 仕事はみつかるのか? 良い人間関係に恵まれるのか? 病気になったらどうする? 未来は未知数であるだけにフォンの不確定な未来の危うさに不安はある。しかしイプセンの『人形の家』の時代とは違う。フォンにはよりふさわしい仕事と伴侶が待っていると信じたい。

 二つの映画は、強くなった香港女性の頼もしさと希望を表すと同時に、家族構築と家庭維持の困難、危惧のアンビバレンス(両面価値)を示唆する。女性はたいへんだが、価値観の変化についていく男性も試練の時を迎えている。21世紀はそういう時代である。


 ©2023 J. Shimizu. All Rights Reserved.  1 April 2023


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