フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』 原題 FIFTY SHADES OF GREY
製作:シネスフォーカス・フィーチャーズ    R18+
配給:ユニバーサル・ピクチャーズ/ 東宝東和
監督:サム・テイラー=ジョンソン
出演:アナ・スティール(ダコタ・ジョンソン)/ クリスチャン・グレイ(ジェイミー・ドーナン)/ケイト・キャヴァナー(エロイーズ・マンフォード)/ ホセ・ロドリゲス(ヴィクター・ラスク)
公式HP: http://fihftyshadesmovie.jp/
2015年2月13日よりTOHOシネマズ 日劇 他にて上映

 

『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』--私はシンデレラ? それともジュスティーヌ?
                                                                             清水 純子

『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(Fifty Shades of Grey)は、英語のタイトルをそのまま片仮名にしたものだが、どういう意味であろうか?
「シェイズ」(“shades”)には、「陰、薄暗がり、闇、(表情の)かげり、悲しみ、人目につかない所、色調、ニュアンス、(古)影、亡霊、霊魂」などの意味があり、「グレイ」(“Grey”)は、主人公グレイ氏の名字である。
したがって、題名の意味は「グレイ氏の50の顔色」、あるいは「グレイ氏の50通りの影」となるだろうか。
清純で平凡な女子大生アナスタシア・スティール(ダコタ・ジョンソン)は、インタビューがきっかけで27歳の大富豪の実業家クリスチャン・グレイ(ジェイミー・ドーナン)に見そめられる。アナスタシア(以後アナ)がシンデレラなのか、ジュスティーヌなのかは、グレイ氏の50の顔のどの部分とかかわるかで決まる。

シンデレラは、米国のコレット・ダウリング(Colette Dowling)による「シンデレラ・コンプレックス」のイメージが有名であり、「女性の潜在意識にある依存による上昇願望」を表し、いつか白馬に乗った王子があらわれて、自分の人生をよりよく変えてくれるのを待つ現代女性の心的願望を意味する。
アナは期せずして、美男でお金持ち、そのうえ教養もあるグレイ氏の恋人になる。
しかし、現代版シンデレラが履かねばならない「ガラスの靴」は、グレイ氏の課すルールを守って、グレイ氏の50の顔につきあう「契約」を結ぶことだった。
グレイ氏は、普通でないやり方で愛し合うことを条件にビジネスとしての契約を求める。
グレイ氏には、アナ以前に姿を消した15人の女性がいた。「白馬の王子」に見えたグレイ氏は、「青髭」的側面を隠し持つサディストであり、心をもった愛を忌み嫌い、肉体のみの快楽をめざすセックスをドミナント(支配的に、dominant)に秘密裡に行うことを条件にする。
グレイ氏を愛し、理解しようとするアナは、グレイの要求に一度ならず応じて、用意されたプレイ・ルームでサブミシブな (服従する、submissive) ジュスティーヌの役割を演じる。
ジュスティーヌとは、マルキ・ド・サド侯爵 (Marquis de Sade) 作『ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』 (Justine ou les Malheurs de la Vertu) (1787) のヒロインである。
孤児ジュスティーヌの造形には、悪徳から身を守り、美徳に固守したために逆に辱めを受けて不幸になるというサドの無神論の近代的思想が反映されている。

アナは、グレイに両手と両足をベッドの脚にロープで縛られ、目隠しをされ、さるぐつわを噛まされ、鞭で打たれるセックスに一時的快楽を覚える。
しかし、アナは、グレイとの契約を検討したうえで交渉(negotiate)するが、最終的に契約への署名を拒む。
アナは、現代のシンデレラにも現代のジュスティーヌにもならないことをはっきり示して、グレイの要求を拒否する。
アナは、グレイが与えてくれる名声、お金、快楽のどれにも興味を示すが、「心がない、肉体だけの愛」を断る強い意志を表明する。
受け入れられたと思ったのに「来ないで!」と制止されて驚くグレイ氏、エレベーターのドアにさえぎられ、名前を呼び合いながら別れる二人。映画は余韻を残しながら、恋人たちの別離を暗示する。
原作は、ロンドン在住の一般女性E・L・ジェイムズがネットに投稿した小説である。
オーストラリアの出版社が書籍化したのち、今回の映画化を経て世界で一億部を突破する大ベストセラーになった。
監督S.M. ジョンソンは、女性ならではの繊細でモダンな感覚を発揮して、たぐいまれに美しく官能的な映像にしあげている。

映画の始まりは、ブルー・グレイの色調に統一されている――蒼い雨に包み込まれたブルーでグレイな近代的な都市、その中央にそびえる巨大企業のオフィスに座るマヌカンのように容姿端麗なグレイ氏、彼のブルー・グレイのネクタイ、場違いに花模様のブラウスに上着を羽織ったアナの服の色調がブルーであるばかりでなく、見開かれたアナの大きな美しい瞳もブルー・グレイである。

女子大生であった時は、野暮ったかったアナが、経済力のある上流階級のグレイ氏によって、またたく間に洗練された魅惑的美女に生まれ変わっていく過程は、シンデレラの特権とも、ピグマリオン効果(pygmalion effect、教師の期待によって学習者の成績が向上すること)の表れともいえる。

プレイ・ルームでのSMシーンは、赤い色調であるが、グレイ氏とアナの美しい肉体は、新鮮な清潔感にあふれ、洗練されたカメラ・ワークによって美術品を鑑賞するような心地よさを観客に提供する。
かなりきわどいシーンでも、猥褻さや残酷さとは無縁のファンタズマゴリックな(変幻自在の魔術的)空間が演出される。
完全無比に見えるイケメンのエリート、グレイ氏の幼少時のトラウマと歪んだ性体験がSM嗜好の元であることを知ったアナは、偏見を捨ててグレイに接するが、自分が納得できないことには「ノー」という強さを持ち合わせている。
アナは理想の男性が現れるまで、22歳まで、ヴァージンを通すが、この人と決めたらためらうことなく自分を開放する。

しかし、生き方が自分に合わないと思ったら、迷うことなく別れを宣言する。
アナは、シンデレラ役もジュスティーヌ役も拒否せずに経験してみるが、合わなければその路線を拒否する自立心と自尊心を持ち合わせている。
アナは、冒険も貧乏も孤独も恐れず、シンデレラ役もジュスティーヌきどりも拒否する、合理的的確な判断を下せる、理性を備えた21世紀の女の子である。
アナは、古典的に運が向くのを待つだけのシンデレラにはならず、悲運に流される受け身の悲劇的ヒロインきどりはきっぱり拒否する。

グレイ氏とアナはこれで終わりなのだろうか? 
二人がひとたび別れることは確かである。原作には続編があるそうだから、若い二人のその後は、次回作に期待しよう。
『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、次もぜったい見たい映画である。
アナはグレイ氏と再会するのだろうか、二人は結ばれるのだろうか、もしそうだとしてもどういう形においてなのか? 
観客の想像は掻き立てられる。

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