フランス組曲

『フランス組曲』 原題Suite Francaise
製作年 2014年  製作国イギリス・フランス・ベルギー合作   配給 ロングライド     上映時間 107分  映倫区分PG12  言語 英語
公式サイト http://francekumikyoku.com/
スタッフ:
監督ソウル・ディブ/ 製作 ザビエル・マーチャンド、ロマン・ブレモン、マイケル・クーン、  アンドレア・コーンウェル
キャスト:
ミシェル・ウィリアムズ: リュシル・アンジェリエ/ クリスティン・スコット・トーマス: アンジェリエ夫人 /
マティアス・スーナールツ: ブルーノ・フォン・ファルク中尉/サム・ライリー: ブノワ・ラバリ/
ルース・ウィルソン: マドレーヌ・ラバリ

Photo: Steffan (C)2014 SUITE DISTRIBUTION LIMITED


『フランス組曲』――敵にハートを射抜かれて

                清水 純子

時は1940年、場所はフランス中部の町ビュシー。
第二次世界大戦さ中のフランスは、ドイツ軍の爆撃を受けて支配下に置かれ、フランス政府は首都を暫定的にビュシーに移した。
無防備都市になったパリを逃げ出す避難民の群れがビュシーに押し寄せる。
リュシルは、ビュシー屈指の名門アンジェリエ家に嫁いで、3年、戦地で捕虜となった夫を厳しい姑と共に留守宅で待っている。
上からの命令により、アンジェリ家はドイツ軍中尉ブルーノに部屋の提供を強制される。
「ピアノをお借りしたい」と申し出るブルーノの部屋からは、毎晩聞きなれない、美しい旋律「フランス組曲」が漏れ出る。
ブルーノは、軍人の家庭に生まれたが、戦争前はプロの作曲家だった。
「ピアノはあなたのものですね? お姑さんに音楽は似合わない」と見抜いたブルーノの言葉にリュシルは、心を開く。
「フランス組曲」がブルーノの作曲だと知って、秘かに敬愛の念を抱くようになったリュシルは、音楽がきっかけになってブルーノと心を通わせ、姑の目を盗んで愛し合うようになる。
「目玉をくりぬいてやりたい」とドイツ兵士に対する敵意をむき出しにする姑とは対照的に、リュシルは、才能豊かで、礼儀正しく、誠実なブルーノに、敵人ドイツ・ナチスへの恨みと反発を超えた愛を感じる。
夫に感じることのなかった愛と官能に酔うリシュル。
ブルーノも、美しく、しとやかで聡明なリュシルをなくてはならない人として熱愛する。
ドイツ軍兵士を自宅に受け入れざるをえなかったビュシーの家庭では、様々な問題が起きる。
農家ラバリ家では、滞在するドイツ将校が妻にちょっかいを出そうとする。

嫉妬にかられた夫サムは、将校を銃殺して追われる身になる。
脚の悪い夫サムが逃げ切れないことを知った妻マドレーヌは、やさしいリュシルに保護を求める。
困惑するリュシルを助けたのは、意外なことに姑アンジェリエ夫人。
農民からの搾取を義務と心得る古い地主気質のアンジェリエ夫人は、敵地の捕虜になっている息子の代わりにサムを助けようと決意して、自宅の秘密の暗室に匿う。
エゴイストに見えたアンジェリエ夫人は、筋金入りの愛国者だった。
サムは、ドイツ軍の追手を逃れるが、その代りに町長のモンモール子爵は、責任をとらされて、ドイツ軍によって銃殺される。
処刑を実行したのはブルーノ、死にきれないモンモール子爵のとどめを刺したのもブルーノだった。
戦時下であっても愛は国境を超えると信じたリュシルの信念はゆらぐ。
しかし、サムのパリ逃亡を通じて、リュシルとブルーノの愛が真実のものであったことを映画は明かす。
敵人にハートを射抜かれたまま、二度と会うことなく、世界の果てまで散っていった男と女。
そこには、敵、味方ももはや存在しない、相手を思いやる無言の深い愛だけがある。

原作者はイレーヌ・ネミロフスキー
(1903-1942)。裕福なユダヤ系銀行家の娘としてキエフに生まれ、ロシア革命を避けてフランスに移住後、アウシュヴィッツにて39歳の生涯を閉じる。『フランス組曲』は、娘ドニーズが、母の形見のトランクに眠っていた遺稿を60年後に出版して、世界的ベストセラー
になる。

フランス語で綴られた『フランス組曲』が、ユダヤ系によることがこの作品の成立と成功、魅力の鍵を握る。
ネミロフスキーは、第二次世界大戦勃発以前に、すでにベストセラー作家であったので、その資質は疑うまでもないが、世界各地を転々とせざるをえなかったユダヤ系であったからこそ、グローバルな視点で物語を語れた。
インターネットによって世界中の情報が瞬時に把握でき、人と物の交流がグローバル・レベルで活発な現代では、「ボーダレスな」(国境がない)ことは、あたりまえである。
しかし、民族紛争が火だねだとさえ言える第二次世界大戦中のレーシズム(人種差別)たけなわの時代に、国境を超えた愛の物語を語れたのは、ユダヤ系ならではの視点である。
ユダヤ系であったばかりに、祖国を持てず、グローバル・レベルで避難を余儀なくされて、あげくのはてにアウシュビッツで命を落した作者ネミロフスキー。
彼女の民族を超えた愛への希望、未来社会への期待が、『フランス組曲』にこめられている。

国境を越えうるものには「愛」があるが、『フランス組曲』 は、もう一つのボーダレスなものを見せている。
それは『フランス組曲』という題名が示す「音楽」である。
世界共通の音符による言語であり、国籍も民族も問わずに人の心をつなぐ「音楽」である。
「音楽」がコミュニケーションの媒体となって敵と味方の緊張を和らげて、理解に導く例は、映画『戦場のピアニスト』 と『フューリー』に見られる。
すぐれた音楽は、ボーダレスに人の心をつなぎ、育むのである。
特に欧米では、音楽は医療行為と並んで人種の垣根を越えうる高い評価を得てきた。
東洋人との結婚も「音楽家と医者だったら問題ない」という話は、以前から聞かれる。

ナチス・ドイツの残虐非道な行いの中に、ひっそりと咲くせつない愛、美しい 『フランス組曲』の旋律を、M.ウィリアムズ、K. S. トーマス、M.スーナールツの自然で洗練された演技が引き立てる。

©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved. 1 April 2016



Photo: Steffan (C)2014 SUITE DISTRIBUTION LIMITED

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