Girl/ガール(清水)

 

『GIRL/ガール』 原題:Girl

第71回カンヌ映画祭〈カメラドール(新人監督賞)〉、最優秀演技賞、国際批評家連盟賞受賞/第91回アカデミー賞外国語映画賞<ベルギー代表>/ 第76回ゴールデングローブ賞<外国語映画賞>ノミネート

(C)Menuet 2018

製作年2018年/製作国ベルギー、オランダ/上映時間:105分/言語:フランス語・フラマン語・英語//PG12 (C)/ Menuet 2018/ 後援:ベルギー大使館 提供:クロックワークス、東北新社、テレビ東京/ 配給:クロックワークス、STAR CHANNEL MOVIES/
スタッフ:監督・脚本:ルーカス・ドン/ 振付師:シディ・ラルビ・シェルカウイ/
キャスト:ビクトール・ポルスター:バレリーナのララ/ アリエ・ワルトアルテ:ララの父マティアス/
7月5日金曜日 東京・新宿武蔵野館、ヒューマントラスシネ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー



『GIRL/ガール』―—女に生まれるのではなく、女になるのだ

                               清水 純子


プリマの卵の美少女?ララ
 映画タイトルの「ガール」は、英語で「女の子」の意味である。
 バレリーナの卵の美少女ララは、孵化する日に備えて懸命にレッスンに励む。ララの父マテイアスは運転手をして男手一つで15歳の娘ララと6歳の次男を育てている。マテイアスは、娘ララのバレリーナの夢を叶えるために名門バレー学校の近くに一家で引っ越すほど娘思いである。
 技術的未熟さを補うためにララは、名門バレースクールで文字通り血まみれになって練習を重ねる。次第に頭角を現すララに嫉妬したライバルの女の子たちは、陰湿ないじめを企む。シャワーで裸にならないララに違和感をおぼえた女の子たちは、ララに下半身を見せるよう強要する。泣く泣く求めに応じるララ。ララは実は男の子だったのである。
 ララが女の子でないことが仲間にばれたかどうかを映画は明らかにしない。しかしララは、心は女の子でも鏡に映るペニスを備えた身体が男性そのものであることを改めて自覚して、嫌悪と失望にうちひしがれる。頼りにするホルモン療法は効果を表さず、胸もお尻も平たいまま、肩はたくましく発達して、背はすでに他の女の子たちより頭一つ分高い、股間のふくらみを隠すために巻いたテープが押しつぶした性器は炎症を起こしている。しかし、ベルギーの法律によって16歳になるまで性転換手術は受けられない。このまま待っていたら、髭が生え、体毛は濃くなり、男性ダンサーが支えられないような長身に育ち、技術以前にララはプリマにはなれない体型に育ってしまう。あせりと焦燥感、誰にも打ち明けられない心の葛藤から、ララは食欲をなくして練習中にふらついて転倒、心身の不調を見破られて休養を命じられる。「大丈夫」と言って本心を明かさないララに、父マティアスは心配のあまりきつくあたる。
 父の思いやり、医師たちの熱心さをわかっていても、自分で決心する以外に解決策がないことを悟ったララは、ある行動に出る。家族の不在を見計らって、用意周到に救急車を呼んで決行するララである。

女に生まれなかったが女になったララ
 日本の阿部定もララの勇気と行動力に驚くに違いない。ララは、法律も周囲の説得も無視して、実力行使で女に生まれ変わった。救急車で運ばれるララのもとに血相を変えて駆けつける父は、100%ララの味方であり、ララの心を完全に理解する。ララの無謀な行動を責める医師もいない。ララの無茶は褒められることではないが、ララの命を懸けた願いは天に届く。もう男の子であることを隠さなくていいララは、仲間のバレリーナと裸でシャワーを浴びられるし、好きな男性ダンサーとセックスもできる。無謀な決断によって女の肉体を獲得したララは、晴れやかに、足取り軽く、プリマとなる明日を夢見て練習場に通う。ララとプリマを隔てる性別の壁は取り払われたからである。
 『第2の性』の著者シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」と主張したが、ララは、ボーヴォワール女史が思いもよらない逆説によってジェンダーフリーを実現した。ボーヴォワールは、男性の視点が作った女性神話の見直しを提起し、女性が男性より劣った「第2の性」に貶められている状態からの解放を考察した。しかし、ボーヴォワールの言う「第2の性」に属することによって元男性のララは、逆に主体性を獲得し、自分の生を賭けたプリマへの道を開いていく。プリマが女でなければいけないという固定観念も、実はジェンダーの縛りによる女性神話であったということになる。しかしトランスジェンダーの完璧な達成によって幸せになるララのような男性(女性)の存在は、ボーヴォワール女史も想像しなかったことであろう。

シスジェンダー    
 トランスジェンダーのバレリーナのララを演じたのはシスジェンダーのビクトール・ポルスターである。シスジェンダー (Cisgender) とは、出生時の身体的性別と自分の認識する性別が一致し、それに従って生きる人のことを言う。簡単に言えば、非トランスジェンダーの「普通の人」のことだが、トランスジェンダーが異常者として差別を受けることを回避するための配慮から使われ出した言葉である。主演のビクトールは、アントワープ・ロイヤル・バレエ学校で男性ダンサーとして修業していたため、トウシューズで踊った経験がなかった。ビクトールは、女の子のメーキャップ、ヘアメイク、衣装をまとうと、たちどころに美しいバレリーナへ変身したが、トウシューズで踊るレッスンが一番大変だったという。スチール写真にはいかつい肩が目立つものもあるが、映画で観る限りは完璧な少女である。歌舞伎の女形の伝統を持つ日本人はさほど驚かないが、欧米文化においては異様なことかもしれない。
  映画内のララの父親の理解と包容力ある愛情深さ、そしてこの映画の製作陣のジェンダーに縛られない柔軟な思考と表現力に感服する。ハリウッド映画でも近年LGBTQ「レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー(生まれた性と異なる性で生きる人)、クエスチョニング(性自認や性的指向を定めない人)」の映画がこれみよがしと言っていいほど頻繁に作られるが、この映画のようにジェンダーとシスジェンダーを自然に気張らずに交差させることは難しい。
 『Girl/ガール』は、ベルギーとオランダの文化的許容度の広さと深さ、そして先進性を思い知らせる啓蒙的映画である。

©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved.  30 March 2019 



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