グランドフィナーレ


(C) 2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C -FILMS, FILM4

2015 第28回ヨーロッパ映画賞[16] ヨーロッパ作品賞受賞  
監督賞パオロ・ソレンティーノ受賞  男優賞マイケル・ケイン受賞

『グランドフィナーレ』(原題: Youth–La giovinezza)
製作年 2015年 製作国 イタリア・フランス・スイス・イギリス合作 / 配給 ギャガ 上映時間 124分   言語 英語 映倫区分 R15+/カラー/シネマスコープ/5.1chデジタル  後援:イタリア大使館/ 在日フランス大使館/ アンスティチュ・フランセ日本/ スイス大使館/ ブリティッシュ・カウンシル
スタッフ:
監督 パオロ・ソレンティーノ / 脚本 パオロ・ソレンティーノ /製作 ニコラ・ジュリアーノ/フランチェスカ・シーマ/ カルロッタ・クローリ
製作総指揮 ヴィオラ・プレスティエリ/

キャスト:
マイケル・ケイン: フレド・バリンジャー /ハーヴェイ・カイテル: ミック・ボイル
ジェーン・フォンダ : ブレンダ・モレル/レイチェル・ワイズ: レナ・バリンジャー
ポール・ダノ : ジミー・ツリー/アレックス・マックイーン : 女王の使者
ロバート・シーサラー : ルカ・モロダー/エド・ストッパード : ジュリアン・ボイル/パロマ・フェイス : 本人/マーク・コズレック: 本人/ヴァイオリニスト: ヴィクトリア・ムローヴァ
公式サイト:http://gaga.ne.jp/grandfinale/
4月16日から新宿バルト9、シネスイッチ銀座、Bunkamuraル・シネマほか全国で公開 

『グランドフィナーレ』―シニア世代の若さとは?
                             清水 純子

☆シニアものの隆盛
最近の佳作映画には、シニア世代を扱ったものが多い――ここ2,3か月の間に公開される 『孤独のススメ』『ハロルドが笑う その日まで』『SPY TIME -スパイ・タイム』『母よ、』 『Mr.ホームズ:名探偵最後の事件』『クーパー家の晩餐会』は、すべてシニア世代を主人公に、あるいはシニアの抱える問題を中心に据えて作られている。
先進国では、人間の寿命が延びて、(定年)退職後の生き方が問われるようになってきた。シニア世代の活躍もしくは動向を話題にした考えさせる映画の増加は、グローバルな傾向といえる。

☆群像劇
『グランドフィナーレ』は、一種の群像劇である。群像劇とは、1.「主役に当たる人物は特定されず、大勢の出演者によって進行していく劇」、2.「それぞれが物語を抱えた複数の登場人物が展開する劇」であるが、『グランドフィナーレ』はどちらかといえば2の定義がよりふさわしい。
『グランドフィナーレ』は、それぞれの物語を持った多くの出演者が劇の進行にかかわるが、主役はあきらかにマイケル・ケイン扮するフレッド・バリンジャーであり、準主役はハーヴェイ・カイテルのミック・ボイルである。
フレッドの娘役レナのレイチェル・ワイズ、大女優ブレンダのジェーン・フォンダが側面からそれぞれの物語を持って主役をサポートする。
他にマラドーナを思わせる引退した世界的名声のあるサッカー選手、ハリウッドの大ヒットした人気映画男優ジミー、金持ちの紳士淑女、金持ち一家の音楽少年など名士の群れが、スイス・アルプスのこのホテルに避暑客として滞在する。
『グランドフィナーレ』は、これらの群像を司る人々の中央にフレッドとミックを据えて物語を紡ぐ。

☆セレブの隠れ家としての古い豪華なホテル
フレッドは、完全引退を決めこんだ作曲家兼指揮者である。
友人のミックも同年代であるが、遺言状の代わりの最後の映画制作準備で忙しい。
ミックの息子と結婚しているフレッドの娘レナは、二人に付き添って同じホテルに滞在中である。
まわりを美しい自然に囲まれた、古めかしいが豪華なこのアルプスのホテルには、世界中から各界の成功者たちがお忍びで集まっている。
マスコミの目を気にすることなく、素顔を隠す必要のないこのホテルで、名士たちはくつろぎ、本音を時々吐露する。
有名になったが、果たして幸せになれたのか?というのが共通する話題である。

ありえないほど肥満した太鼓腹を抱えて、よろよろと杖をついて介助されて歩き、プールからあがると呼吸器が必要な初老の男は、世界中のサッカー・ファンをしびれさせた、かっての名選手である。
エレガントに正装してディナーに臨む年配のカップルは、一度も口を開かない。
フレッドとミックはいつどちらが話し出すかについて賭けをするが、或る晩突然、婦人が皆の前で夫の頬にビンタを食らわせて退席する。
観客にはその理由がさりげなく知らされている。
レナは、子供時代は父の愛に飢えていたこと、母が父の浮気ゆえに不幸だったことに対して、父に不満を持っていたが、さらに愛人ができた夫から離縁状を突きつけられて傷つく。 夫側の理由はベッドにありだとか・・・
ミックは、あてにしていた大女優ブレンダがホテルに現れて、高ギャラのTV出演に乗り換えるために映画の出演を断り、計画が水の泡になって失望する。

☆フレッド再起のきっかけ
逆に、引退しているフレッドには、エリザベス女王から王室用コンサートの依頼が舞い込む。
フレッドは個人的理由を楯に何度も断るが、引き受けざるをえなくなる。
最後の場面では、フレッドが夫君フィリップ殿下の誕生日を祝うエリザベス女王と大勢の観客の前で、昔作曲した「シンプル・ソング」を指揮する。
歌い手は韓国が生んだ世界的ディーヴァのスミ・ジョー、伴奏はロシアのヴァイオリニストのヴィクトリア・ムローヴァと本物を出演させて豪勢である。
フレッドには、歌手の妻が歌った「シンプル・ソング」を他の者には歌わせないという意地があった。
妻のことも家庭のことも顧みず、音楽しか頭にないように見えた父フレッドの意外なまでに強い母への思いを知った娘レナは、涙ぐんで父を許す。
するとフレッドは、呪縛がとけたかのように気持ちが解放されて、もう一度「シンプル・ソング」を指揮して人前に立つ気分になる。
フレッドは音楽家として再起し、娘レナは新しい登山家の恋人に巡り合い、新作がとん挫したミックも次があるとくじけない。

☆成功者にも等しく訪れる老い
老朽化した贅沢なホテルに滞在するセレブは、それぞれ皆頂点を極めたつわものぞろいである。
しかし、人生は頂点で終わらない、その後が待っている。
若くても年をとっていても、人生は成功の後にさらなる試練を課してくる。
フレッドにとっては、老いが最大の試練である。
フレッドとミックは、肉体的衰えと不確かになった記憶を会話の話題にして慰め合う。
ミックは、二人が共にあこがれていた女性と「寝た」ことがあったのか、なかったのか、覚えていないという。
ミックがフレッドに気を使ってとぼけているのかどうか観客にはわからない。

老いの癒し効果:美女の幻影と水
フレッドは老いてなおも、若い女性の幻影に悩まされている――水中に浮かぶホテルにつながる細い小道でフレッドは、半裸の野性的グラマー美人とすれ違う、美女は胸をフレッドに押しつけてくる、
あっと驚いて水中に落ち、溺れそうになって目がさめるフレッド。
この夢は悪夢なのか? 淫夢なのか? あるいはフレッドの罪意識を表すのか? 
ともかく、老いたるフレッドの燃え残りのセクシュアリティーを暗示している。
ベッドで見たのが正夢であったのか、共同浴場にミックとつかるフレッドは、夢の中で見たグラマラスな美女が全裸で入ってくるのを見る――「神だ」と二人はつぶやく。
絵葉書のように美しい背景をしたがえるホテルには、プールや浴場などの水を湛(たた)える場所がある。
その水につかったセレブたちは、世俗の苦労を洗い流して清められるかのように、自分を癒そうとする。
まるで胎児に戻ったかのように、彼らは母なる水の中で、素直に仮面をはずして裸になり、素の地をさらす。
老いたる者にとって、水の中での美女との出会いは、とりわけ強烈な癒し効果を生む。
フレッドとミックの至福の表情がそれを物語る。

☆「青春とは心の状態をいう」のか?
「青春とは人生のある期間を言うのではなく、心の状態を言うのだ」(Youth is not a time of life-it is a state of mind)とは、サムエル・ウルマン(Samuel Ullman)の「青春の詩」(“Youth”)の中の名言である。
ウルマンは、「青春とは、意志の力、豊かな想像力、あふれる情動、臆病を克服する勇気、安らぎよりも冒険を求めてはやる心のことをいうのだ。歳月を重ねただけで人は老いはしない。
理想を失った時に人は老いるのだ」 
(it is a temper of the will, a quality of imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love ease. No body grows only by merely living a number of years; peoples grow old only by deserting their ideals.)と続ける。
ウルマンの言葉にしたがえば、フレッドは、音楽家として再起することによって青春を取り戻したことになる。再び人前で指揮棒をふるう気おくれを意志の力で克服して、勇気と冒険心を取り戻し、芸術への想像力と情動に再び目覚めたフレッドは、心は青年に戻ったのだろう。
夢で見た美女の幻影は、フレッドの無意識の予測としての正夢だったのかもしれない。

ウルマンの「青春」の反証
マイクと共に音楽への夢を取り戻したフレッドは、ウルマンの「青春」をめでたく再び手にしたことになる。
しかし、ソレンティーノ監督の映像は、ハッピーエンドばかり語ってはいない。
フレッドが恋しく懐かしく思う妻は、もう歌は歌えないが、亡くなってはいなかった――ヴェニスのケアホームで痴呆老人になって生きている。
部屋の窓から顔を突き出して外をみつめる老婆の表情のない空洞の目、穏やかさには遠い猛禽類の険しさを持つデス・マスクが老いの厳しさを示す。
フレッドとは違うもう一つの老いの現実を語っている。
歳月を重ねて衰え果てた肉体には、心の宿る余地はないように見える。
歳月は平等に人を滅ぼすわけではないが、人は時と共に確実に滅びて行くことも忘れていない。

☆美しい風景と音楽、それに往年の名優たち
老いることへの苦悩は、誰も取り去ることができない。
それでも老いへの恐怖を、すてきに年を重ねた名優のマイケル・ケイン、ハーヴェイ・カイテルがたのもしく追い払ってくれる。
そしてあのジェーン・フォンダが大姉御の貫録を発揮して名演技、皺がふえても相変わらずのナイス・ボディを披露しているのもたのもしく、励まされる。

それに『グランドフィナーレ』は、絵葉書顔負けの美しい風景、クラシックで重厚で華麗な室内調度品、なりよりも本格派の音楽で観客の目と耳を堪能させてくれる。

死ぬまでに一度でもいいからこんなホテルで豪華な避暑生活を送ってみたいって?
あんなすてきなところで過ごせたら、もう死んでもいいって??? 
とにかく目と心の保養になる、美しい癒(いや)し系の映画である。

参考資料:
Ullman, Samuel. “Youth.” Samuel Ullman Museum. 25 Feb. 2016.
〈https://www.uab.edu/ullmanmuseum/〉.
『グランドフィナーレ』 プレスシート GAGA 2016年©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved.   26 Feb. 2016
2015年 カンヌ映画祭に集合した 監督と出演者たち

2015年 カンヌ映画祭に集合した 監督と出演者たち