グランド・ピアノ

(C)NOSTROMO PICTURES SL / NOSTROMO CANARIAS 1 AIE /
TELEFÓNICA PRODUCCIONES SLU / ANTENA3 FILMS SLU 2013
Nostromo Pictures
製作: エイドリアン・グエラ、ロドリゴ・コルテス、2013年スペイン・アメリカ/配給:ショウゲート/監督: エウヘニオ・ミラ/ 脚本: ビクター・レイエス/出演:イライジャ・ウッド、ジョン・キューザック、ケリー・ビシェ
公式HP:http://www.grandpiano-movie.jp/
公式Facebook:https://www.facebook.com/grandpiano0308
公式Twitter:https://twitter.com/grandpiano_0308
2014年3月8日(土)新宿シネマカリテ他全国公開



『グランドピアノ~狙われた黒鍵』ーピアノの王者をめぐる秀作サスペンス


               清水 純子

『グランド・ピアノ~狙われた黒鍵』(原題 Grand Piano)は、ピアノの王者が生命を脅かされる異色のサスペンス映画である。
ピアノの王者とは、楽器と人の双方、つまり世界最高級ピアノのベーゼンドルファーと、それを弾く天才ピアニストのトム・セルズニックを意味する。

ピアニストのトム(イライジャ・ウッド)は、シカゴの演奏会を控えて緊張している。
演奏不可能な難曲「ラ・シンケッテ」を弾きそこなって以来、ステージ恐怖症に陥り、5年ぶりに舞台に立つからである。
順調に滑り出した演奏中、楽譜に「一音でもミスタッチしたら射殺する」という赤色の書きこみがみつかり、トムの眉間には赤い照準マークが当たる。
姿の見えないスナイパー(ジョン・キューザック)は、無線受信器からトムに指示を与え、脅迫し続ける。
有名女優の妻エマ(ケリー・ビシェ)に魔の手を伸ばした犯人に逆らえない
トムは、演奏中に携帯を操作し、合間を縫って楽屋と観客席まで移動して舞台に戻る離れ業を余儀なくされる。
さらにプログラムを変更して暗譜による「ラ・シンケッテ」の演奏を要求される。
犯人が完璧な演奏にこだわるのには金銭がからんでいる。
前回のコンサートのしくじりから完璧な演奏という概念に疑問をもったトムは、奇想天外な作戦に出てスナイパーの裏をかこうとする。

『グランドピアノ』は、グランドピアノとそのピアニストに状況設定の照準をしぼったワン・シチュエーション・サスペンスの秀作である。
アルフレッド・ヒッチコックを思わせる手に汗を握るスリルと観客の意表を突く展開、主人公の勇気と機知によって危機を乗り越える爽快感、最後には主人公が観客だけに明かす意外な結末による満点のサービスもひかえている。
この映画は、心理的サスペンスによって観客を引き寄せるだけでなく、欧米文化において音楽が重要な位置にあることを示す点でも価値がある。


映画の主役の一翼を担うグランドピアノのベーゼンドルファーは1794年オーストリアのウィーンで作られた。
ベーゼンドルファーは、「ウィンナー・トーン」と呼ばれる「箱で鳴らす」理念に忠実な澄んだ音色とデリケートで精妙な響きを特徴とするピアノの王者である。
映画に表れるベーゼンドルファーe 290インペリアルは、1900年に作曲家フェルッチョ・プゾーニがヨハン・セバスティアン・バッハのオルガン曲編曲に際して、それまで出せなかった低音部の演奏を可能にするピアノ製作をピアノ製造業者ルードヴィッヒ・ベーゼンドルファーに依頼して生まれた。

インペリアルは、通常の88鍵のピアノの最低音A2の下にさらに9鍵多い低音部を持つ97鍵のピアノである。
付加された9鍵はすべて黒い鍵で作られ、一般の演奏時のミスを防ぐが、響きが豊かな反面、弾きこなすのが難しいピアノだとされる。
フランツ・リストの過酷なテクニックを駆使した演奏に耐えたピアノとして人気がある。
日本の音楽ファンにとってうれしいことに、王者ベーゼンドルファーは2008年から日本のヤマハ株式会社の子会社になる。

ピアニストをめぐる社会的注目度の高さは、欧米文化の特徴的現象の一つである。
天才ピアニストのトムに対する一般市民の期待と関心の大きさ、それゆえの緊張感は、コンサートホールの内外からスクリーンに向かって押し寄せる。

この映画のサスペンスは、トムがピアノを弾く特殊な才能を持つ「選ばれた人」であるという事実に立脚している。
また顔のわからないスナイパーも、些細なミス・タッチを見抜く超高度の専門家であり、普通の人ではない。
二人の高度の頭脳と技術を持った加害者と被害者のバトルと意外な結末が見せ場である。
映画内の最大のサスペンスも楽器と人の双方に組み込まれている。
トムの奇想天外な作戦に加えて、グランドピアノの黒鍵に脅迫される原因が仕込まれている。
トムがこのピアノで奏でる完全無欠な旋律が物語の鍵を握る仕掛けになっている。

さらに映画の中で弾かれる難曲「ラ・シンケッテ」が音楽家である監督エウヘニオ・ミラ自身の作曲であることにも驚かされる。

『グランド・ピアノ~狙われた黒鍵』は、サスペンスとして楽しめるだけでなく、欧米における音楽関係者の層の厚さと才能の多彩さ、音楽文化の伝統を知らしめる異文化理解のために必見の映画である。

参考文献
小倉貴久子『カラー図解 ピアノの歴史』河出書房新社 2009 年
映画パンフレット『グランドピアノ~狙われた黒鍵』ショウゲート、スキップ2014年

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