グレタ(清水)


『グレタ』 原題Greta
2018年製作/98分/G/製作国アイルランド、アメリカ/言語:英語/配給:東北新社、STAR CHANNEL MOVIES 予告編
スタッフ: 監督 ニール・ジョーダン/ 製作 シドニー・キンメル他/原案レイ・ライト/脚本レイ・ライト、ニール・ジョーダン/撮影 シーマス・マッガーベイ/美術 アンナ・ラカルド/ 衣装 ジョーン・バーギン/ 編集 ニック・エマーソン/ 音楽ハビエル・ナバレ/
キャスト:グレタ・ヒデック-イザベル・ユペール/フランシス・マカレン-クロエ・グレース・モレッツ/エリカ・ペン-マイカ・モンロー/フランシスの父クリス・マカレン-コルム・フィオール/探偵ブライアン・コーディ-スティーブン・レイ/

『グレタ』-箱女の恐怖

                           清水 純子

『グレタ』は、最近珍しく堪能できる映画である。

★ガムのように貼りつく女グレタ 
 NYの高級レストランでウェイトレスとして働くフランシスは、名門スミス大学の同窓生エリカとルームシェアしている。勤め帰りのNY地下鉄の座席に高級バッグが置き忘れられているのを見つけたフランシスは、遺失物窓口が閉まっていたので、中に入っていたIDカードを頼りに持ち主グレタのマンハッタン・トライベッカのロフトまでハンドバックを届けに行く。大喜びしてフランシスを家の中に招き入れるグレタは、リストの「愛の夢」を見事に弾きこなす知的でエレガントな美しい壮年の女性だった。夫を亡くし、娘はパリ音楽院に留学中で孤独をもてあますグレタの境遇に、母を亡くしたばかりのフランシスは同情して、二人は意気投合する。同居する仲良しのエリカは焼きもちと持ち前の勘の鋭さから、グレタとの交際に不吉なものを感じて強く反対するが、フランシスはエリカにのめりこんでいく。グレタを母のように信頼して甘えるフランシスは、自分は「チュウインガムのように人にくっついて離れない癖がある」と明かすが、エリカが危惧した通り、チュウインガムのように離れないのはグレタの方だった。グレタの家の戸棚に高級ハンドバックがずらりと並べられているのを見たフランシスは、エリカの勘が的中したことを悟り、グレタから距離を置こうとする。
 逃げるフランシスを追ってグレタは職場、アパート、地下鉄に現れ、生霊のようにつきまとう。親友エリカの写真を撮って送りつけるグレタに恐怖を感じて警察に相談するが、なすすべはない。グレタはレストランの客としてつめより、意のままにならないフランシスに癇癪を起して乱暴狼藉を働き、警察に保護されるが、すぐに釈放され、以前にもまして執拗に怨みを込めてフランシスにつきまとう。グレタはフランシスの髪の毛にチュウインガムを吐き捨て恐喝する。しかし、グレタの暴力はなまやさしいものでは終わらなかった。フランシスはグレタの家に監禁され、そこで身も凍る怖ろしい思いをする。

★箱で始まり箱で終わるグレターー地下鉄、バッグ、ロフトピアノ、携帯電話、メトロノーム、ベッド、おもちゃ、豚箱
 グレタという女は、箱で始まり、箱で終わる女である。
 グレタが純情でうぶなフランシスに目をつけて、罠を仕掛けたのは、NYの地下鉄の中である。地下鉄は箱型の人間密閉容器である。そして箱型の地下鉄の座席の上に、これも箱型の高級婦人用ハンドバッグをこれ見よがしに残して立ち去る。善良なフランシスは、ハンドバック内の四角いIDカードの住所へと導かれる。フランシスを待ち構えていたグレタは、ロフトの住居へと招き入れる。ロフトは家なのでこれも箱型人間収容容器である。グレタがフランシスを魅了するのは、巧みな弁舌と美しく品の良い容姿に加えて、圧倒的威力を発揮したのは美しいピアノの演奏である。グレタの奏でるピアノは、ロフト・アパートメント(ニューヨークのトライベッカ地区、倉庫や工場などの上層階がロフト・アパートメントに転用)にふさわしく、グランドピアノではなく、箱型のアップライトのピアノである。この音の出る箱を使ってグレタは、己の隠された欲望である「愛の夢」(リストの曲)を演奏してフランシスを婉曲に口説く。拉致したグレタを鬼のレッスンによってしごくのもこの箱型ピアノを用いる。
 おいしい料理でもてなし、百合族(レズビアン)を象徴する白い百合の豪華な花束ももはやフランシスの心をつなぎ留められないことを知ったグレタは、次は箱型の携帯電話を使ってフランシスを脅迫する。グレタの最後の手段は、フランシスを薬で眠らせてピアノの背後の隠し部屋のベッドに縛りつけて監禁することであった。グレタは、監禁部屋の音を隠すためにピアノのリズムを測るメトロノームを使用する。小型箱型音楽器具のメトロノームは、棺桶を垂直に立てかけたような形をしている。さらにグレタは、自殺によって存在しない娘への折檻を反芻するかのように、フランシスを子供用おもちゃ箱に鍵をかけて閉じ込める。フランシスを人質にとって勝利したかのように見えたグレタは、変装したエリカに薬を盛られて失神中に、逆におもちゃ箱に閉じ込められる。暗い箱の中で目覚めたグレタは、鍵をはずそうとして暴れるが、はたして出られるのかどうか映画は明らかにしていない。そのままいけばグレタは間違いなく豚箱(刑務所の独房)入りである。

なぜグレタは箱に固執するのか?
グレタが意識的にせよ無意識にせよ、箱状のものにこだわって自分の歪んだ愛欲を発散し、成就させようとするのは、グレタがユングのいう「テリブル・マザー」(怖ろしい母の原型)だからである。箱は母の子宮のシンボルである。狂ったグレタは、実の娘を折檻し続けてその精神を歪め、自殺に追いやり、娘を失ったのでその代わりを求めて、若い娘を次々に誘惑して自宅に監禁して朽ち果てさせていた。グレタは、一度この世に生み落した娘は自分の意にならないことを知っているので、思うままにするために再び子宮内に呑み込まねばならない。しかし子宮回帰は現実には不可能なので、自分に属する箱状のものを使って娘たちをとらえ、永久に自分のものにして外の世界に出さないようにしたのである。

★御伽噺の魔女役グレタ
 イザベル・ユペール演じるグレタは、御伽噺の魔女であり、日本の鬼婆(宿業や怨念によって鬼と化し女性の年老いたもの)である。魔女グレタは、「怖ろしい母」であるだけでなく、歪んだレズビアンでもある。「ヘンゼルとグレーテル」の魔女がお菓子の家を使って子供たちをおびき寄せるように、グレタもフランシスをおいしい家庭料理で釣ろうとする。母を亡くして寂しいフランシスにつけ入って、母と娘の疑似共同作業形式の料理で取り入る。言うことを聞かなくなったフランシスには、「白雪姫」の魔女の毒林檎の代りに麻酔剤と眠り薬入り飲料を使って、フランシスの身体の自由を奪い、監禁する。御伽噺の魔女は、悪事の報いとして征伐されるように、グレタもさらった娘たちにしてきたのと同じ方法、つまり箱詰めにされる。おもちゃ箱の鍵がガタガタと外れそうになっていることから魔女グレタが一巻の終わりになるとは言い切れないが、フランシスによって小指を失ったグレタは、たとえ逃げてもそのうち捕獲され、余生
を刑務所の独房で送ることであろう。明らかに精神に異常をきたしているグレタは、電気椅子送りは免れるかもしれないが・・・

★冴えた魔女役イザベル・ユペー
 イザベル・ユペールは芸達者である。平凡な女性からエキセントリックなサイコまで変幻自在に演じる。『ピアニスト』『エル』そして『グレタ』では変態女を演じても観客が嫌悪感を抱かないのは、ユペールの演技力に加えて女くさすぎない淡泊で鋭角的な中性性にあると言える。演技力ある美女であっても最近のドヌーブのように太くなってしまうとシャープさに欠けて、サイコパスの危うさを出しにくい。また頭の鈍そうな醜女では、モレッツ嬢のような生きのいい可愛い獲物は捉えられない。第一観客の興味がそがれてしまう。ハイセンスで知的な美女サイコが仕掛ける罠だから怖いもの見たさの快感がアップする。
 ユペールは、グレタ・ガルボやダニエル・ダリューに似た正統派の古典的美女だが、若くないのでお姫様役は回ってこない。しかし、年輪を逆手にとって魔女をゴージャスに演じている。ユペールの魔女は観客にとって快楽である。そして相手役の若手女優や回りにいる役者たちにも後光がさす存在でもある。ユペールの周りの役者は皆輝いて見えたからである。

©2020 J. Shimizu. All Rights Reserved. 29 Feb. 

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