運び屋


『運び屋』原題The Mule/ 製作年2018年/製作国アメリカ/ 配給ワーナー・ブラザース映画/上映時間116分/ 映倫区分G/ オフィシャルサイト/
スタッフ : 監督クリント・イーストウッド/ 製作 クリント・イーストウッド、ティム・ムーア他/原案サム・ドルニック/ 脚本ニック・シェンク/キャスト: クリント・イーストウッド: アール・ストーン/ ブラッドリー・クーパー: コリン: ベツ捜査官/ ローレンス・フィッシュバーン:主任特別捜査官/ マイケル・ペーニャ: トレビノ捜査官/ダイアン・ウィースト:アールの老妻メアリー/ アンディ・ガルシア: 麻薬カルテルのボスのラトン/ アリソン・イーストウッド: アールの娘アイリス/タイッサ・ファーミガ:ジニー/
【公開】 全米公開=12月14日(金)公開  日本公開=2019年3月8日(金)、全国ロードショー

©2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNEENTERTAINMENT LLC


『運び屋』——老いたるラバのロード・ムービー

                            清水 純子

 御年88歳のクリント・イーストウッド監督主演の最新作は『運び屋』(The Mule)である。原題The Muleの “mule” は、1. ラバ、2.強情者、頑固者、3.〔麻薬・密輸品などの〕運び屋の意味を持つが、イーストウッド扮するアール・ストーンは、この3つの機能すべてを備えたご老体である。

*運び屋らしくない退役軍人タタ
 そろそろ90歳に手が届く退役軍人のアールは、新種のユリの栽培で幾度も賞を取ったやり手の農場経営者。近隣に知己も多く、いまだに若い女性に目がなく、暇と金があれば両手に花のプレイに興じる。仕事と遊びに命の炎を燃やすアールは、マイホームパパからほど遠い、一徹の強情者、頑固者である。ホテルの品評会での花のネット販売をあざ笑ったアールだったが、時代の波に乗り遅れて、丹精込めて育てた農園は借金のかたに没収される。おんぼろトラックにガラクタを積んでよろよろとドライブするアールは、老いさらばえたラバのようである。別れた老妻を当てにして、ジュース持参で孫娘のパーティに出向くが、餌ももらえずに追い払われるーー娘の「パパは私の結婚式にも来てくれなかった」、妻の「家にいたためしがない自分勝手なダメ亭主」という罵声を背中に浴びて唯一の生き残りの相棒のポンコツトラックの元に逃げ込もうとする。その時、救いの神の声が老いたラバの背後から聞こえる。アメリカ中を無事故で走ったア-ルの優等生ドライバーの実績に目をつけたヒスパニックの若者が声をかけるーー「爺さん、国中をドライブするだけで金になるアルバイトしない?」と。お金に困っていたアールは、仕事の内容も知らずに引き受ける。毎回、目的地での休憩後には車内ボックスに分厚い札束が置かれた。アールは、麻薬カルテルの「運び屋」に選ばれたのだった。にわかに景気がよくなったアールは、農園と自宅を買い戻し、黒い新車を購入し、潰れかけていた退役軍人酒場を再建して、人気者に返り咲く。妻子をないがしろにして自分本位の人生を歩んできたことを反省したアールは、妻子とも仲直りする。しかし、麻薬取締局は、黒いトラックを乗り回す運び屋らしくない老人「タタ」の行方を追っていた。運送途中でメアリーの末期を知ったタタことアールは、仕事をなげうってメアリー宅に立ち寄る。突然姿を消したアールの行方を追って、麻薬カルテルも捜査当局も大混乱に陥る。アールは、麻薬組織にとっちめられた末に、警察に逮捕されて裁判にかけられる。法廷で弁護する女弁護士をさえぎったアールは、「俺はすべて有罪だ」と潔く罪を認める。娘のアイリスは、嘆きながらも「どこにいるかわかるようになるだけましだわ、できるだけ会いに行くわ、パパ」と言う。映画は、百合の栽培に余念がない服役中のアールの姿を映し出す。

*ユーモアをもって再現された実話  
 老齢の運び屋タタの物語は、87歳で逮捕されたコカインの運び屋レオ・シャープをモデルにした実話である。デイリリーという百合の品種改良で有名なシャープは、業界では名士だが、家庭を顧みない好き放題の人生を送った男だったようである。
 88歳のイーストウッドは、タタに自身の思いを重ね合わせているのかと思わせる。映画界の名優にして名監督であり、数多くの賞に輝き、仕事人としては超一流のイーストウッドである。しかし、映画人として神々しいまでの実績と賞賛とは裏腹に、私生活でのイーストウッドは、多くの女性とのロマンスを経験した。タタの「許されることではないが・・・」という懺悔の言葉は、モテモテ男の宿命なのではないか? しかしイーストウッドの実の娘アリソン・イーストウッドは、この映画にとどまらず他の彼の映画でも共演しているし、妻子との関係は平坦でなかったにせよ、険悪ではなかったと思うが・・・
 苦みをまじえたユーモラスなタタの戯画的な描き方には、イーストウッド自身の自虐ネタが含まれているように感じられる。この映画の中心的テーマはやはり贖罪なのである。

*ロード・ムービー仕立ての人生の贖罪   
 波乱万丈のアールは困った親父であり、最後には犯罪者になって終わるダメ男かもしれない。でも好きなことをやりたい放題やって世間に認められ賞賛され、女性に愛され、人々からは頼られてきた男である。アールが外に対していい顔をした分、家族は割を食ったかもしれない。人生の道路を陽気に自分のペースでドライブしてきたアールは、わがままと思いやりの欠如を妻子との和解といさぎよい服役という二つの形で詫びている。アールの贖罪は果たされたことになるが、観客はアールを責める気持ちには一度もならなかったのではないか? 勝手な男だけれど魅力満載、自分もあんな愉快な人生を送れたら男冥利につきると思わないだろうか? 映画は、アールを通じて仕事漬けの家庭を顧みない男の贖罪を描きながら、仕事一筋に生きてきた男の自負と魅力を逆説的に表現している。
 「ローリン、ローリン、ローリン」の主題歌で有名な人気TV番組『ローハイド』のイケメンのカウボーイのロディ役、あのクリント・イーストウッドが、老いてラバのようなアールを演じる姿は感動的である。イーストウッドさん、よくここまで第一線でドライブしてこられました、これからも無事故で行けるところまで行ってくださいね、と歓声を送らずにはいられない。『運び屋』は,開拓者魂を失わない夢見る男のロード・ムービー(映画のジャンルとしての旅の道中記)である。


©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved.  23 Jan.2019

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AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

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