ハーツ・ビート・ラウド 旅立ちの歌(清水)


『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』 原題Hearts Beat Loud/ 製作年 2018年/ 製作国 アメリカ/ 配給 カルチャヴィル/97分/
スタッフ: 監督ブレット・ヘイリー/ 製作 サム・ビスビー、 サム・スレイター、ヒューストン・キング/製作総指揮 フランクリン・カーソン/
キャスト: ニック・オファーマン: 父フランク / カーシー・クレモンズ: 娘サム / テッド・ダンソン: バーの主人デイヴ / サッシャ・レイン: サムの親友ローズ/トニ・コレット: 女家主レスリー/ ブライス・ダナー: フランクの母マリアンヌ/
6月7日よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にてロードショー/
公式HP

(C)2018 Hearts Beat Loud LLC

『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』―-気どらない、気ばらない、気分いいドラマ

                           清水 純子
 
 『ハーツ・ビート・ラウド』は、近年まれにみる気どらない、気ばらない、気分いいヒューマンドラマである。登場人物は、夢を実現できないまま平凡でつましい生活を送るアメリカの一市民である。彼らは現実をありのまま受け入れ、過去の夢を大切に心の隅に抱いて、未来に向かって悪びれることなく、肩の力を抜いて生きていく。その潔さ、現実肯定の逞しさとすがすがしさが、最近のアメリカ映画には期待しにくい清涼感と感動を呼ぶ。よく練られたシナリオ、役者たちの地味だが説得力ある演技に加えて、音楽の力が功を奏している。

ッドフックのレコード店主の夢
 ニューヨークのブルックリンから遠く離れた海辺の田舎町レッドフックで、小さなレコードショップを営む元バンドマンのフランクは、家賃が払えなくなり、店をたたむ決心をする。17年間経営してきたレコード店には、大切な思い出が詰まっていたが、医者をめざす一人娘サムのUCLA入学を控えて一大決心をしたのである。音楽仲間の黒人美人妻をはやくになくしたフランクは、サムを男手一本で育て上げた。フランクは、認知症の母マリアンヌを引き取ろうとしたが、「あんなバスも通っていない田舎に住めというの?」と母からも断られる。フランクは、音楽への夢を断ち切れなかったためレコード店を開いたが、本音はお気に入りのレコードを売りたくなかったからうまくいかなかったことに気づいていた。フランクの友人デイブは、バーを開いてそこそこ繁盛していた。デイヴは一度だけブロードウェイの舞台に立ったミュージシャンだが、夢を叶えることはなかった。酒場のおやじになったデイブの楽しみは、ロックの聖地に行って木陰でマリファナを吸うことであった。
 フランクは、娘サムを誘って「ハーツ・ビート・ラウド」を作曲して演奏し、レコーディングしたものをネットにアップロードしたところ、思わぬ反響を呼ぶ。フランクのミュージシャンの夢は甦るが、娘のサムは父とバンドを組む気はまったくなく、しつこい父から逃げるため家出する。失意のフランクの元にサムは戻り、バンドの演奏と共に沈んでいったタイタニック号にちなんで、フランクとサムは最初で最後の演奏会を閉店のレコード店で開き、拍手大喝采を浴びる。
 
アメリカの
 この映画の舞台であるアメリカという国は、アメリカン・ドリームゆえに多くの人々をひきつけ、魅了したが、逆にそれゆえに多くの失望と絶望を生みだした。成功の夢を実現できなかった多くの人は、落ちこぼれだと思い込み、敗北感にうちのめされてアルコールやドラッグに逃避し、そのあげく浮浪者や犯罪者になってアメリカ社会の最底辺にうごめく闇の存在となって余生を送る例があとをたたなかった。最近のアメリカ映画が異様な暴力に満ちているのは、アメリカン・ドリームへの失望と絶望感からくる無気力に対するうっ憤晴らしなのかもしれない。

現実と向き合う勇気
 しかし『ハーツ・ビート・ラウド』のフランクは、敗れた夢のせいで自滅するやわな男ではない。「現実と折り合いをつけること」が人生との付き合い方だと心得るフランクは、堅実に賢く生きている。フランクには、愛する妻の形見であるサムがいたからである。フランクの前向きで明るい人柄は、同志デイブとそして女家主レスリーとの長く確かな友情を育てる。娘サムの夢とフランクの夢はかみあわなかったため、一時的に対立するが、最終的にフランクは娘の夢を尊重する。黒人の母の才能を受け継ぐサムだが、父のミュージシャンへのはかない夢が消えたのを見て育ったためか、サムは医者という現実的で確かな夢に向かって走る。
 しかし、医学生になったはずのサムが音楽関係のオーディションを受ける最後の場面は、サムの本当の夢は父同様ミュージシャンだったのか? 力強く、豊かなサムの歌声がフランクの夢を成就させるのだろうか? サムは現実と向き合ったうえで自分の夢を実現させようとしている。
 才能豊かな若者サムの未来には夢がある。故郷レッドフックに置いてきた褐色美女の恋人ローズとの今後も気になる。

©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved. 20 March 2019 

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