炎の少女チャーリー

『炎の少女チャーリー』
6月17日(金)全国ロードショー
オフィシャルサイト https://www.universalpictures.jp/micro/firestarter
原題:Firestarter
監督:キース・トーマス
出演:ザック・エフロン、ライアン・キーラ・アームストロング、シドニー・レモン、カートウッド・スミス、ジョン・ビーズリー、マイケル・グレイアイズ、グロリア・ルーベン
原作:スティーヴン・キング「ファイアスターター」
音楽:ジョン・カーペンター、コディー・カーペンター、ダニエル・デイヴィス
製作:ジェイソン・ブラム、アキバ・ゴールズマン
製作総指揮: ライアン・テュレック、グレゴリー・レッサンズ、スコット・ティームズ、マーサ・デ・ラウレンティス、J.D.リフシッツ、ラファエル・マーグレス
配給:東宝東和

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炎の少女チャーリー』――モンスター・チャイルドの苦悩

                            清水 純子


 少女チャーリーは、怒りや恐怖が極限に達すると、身体から炎を出すパイロキネシス(自然発火)の特殊能力を持つ。政府の秘密組織“ザ・ショップ”がチャーリーの力の軍事的悪用を企んでいるため、父アンディは転居を繰り返して妻子を守ろうとする。パイロキネシスの秘密を抱えたチャーリーは、落ち着く所もなく、友人もなく、転校先では常にいじめの対象である。両親共に超能力者であるため、チャーリーの特殊能力は突然変異とは言い切れず、ある程度遺伝的要素をもっている。思春期に近づいたチャーリーのパイロキネシスの規模は一段と拡大し、コントロール不能になっていく。父の言動に反撥したチャーリーは、怒りのあまり自然発火を起こして、母ヴィッキーの両腕に大やけどをさせる。後悔するチャーリーだが、火災は周囲の知るところとなる。一家は再び逃亡するが、母は見つかって殺され、父も捉えられてチャーリーのためにその業火に焼き尽くされることを選ぶ。自分の罪深さに自暴自棄になるチャーリーを海へと誘うのは、謎の政府機関の暗殺者で先住民の血を引く危険な男、レインバードだった。
 チャーリーのような自然発火の超能力を持つ人間が現実に存在するとは思えない。『炎の少女チャーリー』は、仮想現実の世界のパイロキネシスの迫力とサスペンスをスクリーン上で堪能するホラーと割り切ることもできるが、娯楽作品の仮面の下に様々な問題を含んでいる。

★孤独
チャーリーのような特殊な能力を持つ少女は、その能力ゆえに孤独を強いられる。人とは違う特徴を持つために、他人と普通に交われないからである。怒ると自然発火を起こすような特異体質は、常に警戒し、警戒されなければならない。他人に心を許して交流を楽しむ余裕はない。こういった体質上、もともと友達ができにくいうえに、火によるもめごと隠蔽のために転校を余儀なくされてますます孤立する。孤立するチャーリーは、社会的に弱い存在だと誤認されて「いじめ」のターゲットになる。「いじめ」による恐怖と怒りは、チャーリーが隠し持つパイロキネシスを誘発しやすい状況に導き、慌てた父親は、せっかく得た職を捨て、チャーリーを守るためにまたもや引っ越しをする。
チャーリーの孤独は、外の世界にとどまらない。自分を愛し、守ってくれる両親を社会的にだけでなく、肉体的にまで傷つけてしまったパイロキネシスの能力は、チャーリーの究極の孤独を招く。父の言葉に怒ったチャーリーは、母ヴィッキーに大やけどをさせ、結局、追手の悪者に母は殺されてしまう。囚われの身になった父アンディを殺すのもチャーリーの火である。両親をパイロキネシスがらみの暴力によって失ったチャーリーは、家族を亡くし孤児になる。
天外孤独のチャーリーに近づくのは、得体の知れない先住民レインバードのみである。チャーリーの生け捕りを組織から命じられているレインバードは、死に取り付かれたソシオパスである。迫害された先住民の暗い背景を持ち、殺し屋という反社会的立場にあるレインバードは、公認された社会の外枠でしか生きられないという点でチャーリーと共通点を持つ。そのレインバードがチャーリーを導くのは、夜の暗い海である。最後は海に向かう二人の姿で映画は終わるが、この場面については二通りの解釈ができる。水によって火の娘チャーリーの炎を冷まそうとしているのか、あるいは入水自殺に導こうとしているのか。いずれにせよ、チャーリーは、一般人が住む世界には生きられないことを暗示する。

★モンスター・チャイルド
 チャーリーは、パイロキネシスの超能力を「モンスターだ」と自己嫌悪に陥るが、そう生まれついてしまった以上逃れようがない。火の有効利用は、チャーリーの感情に左右されるので、現実的にはむずかしいかもしれない。本人にとっても、両親にとっても、社会にとっても、実に厄介で気の毒な体質だが、できる範囲でなんとかするしかない。
 チャーリーは、心は普通の少女であり、特に悪い子ではない。しかし、火による破壊力は、危険きわまりない超能力であり、放置されるべきではない。パイロキネシス悪用のためにチャーリーが実験材料になり、囚われることを恐れる両親は、一家で逃亡を繰り返す。しかしチャーリーのようなモンスター・チャイルドは、親の手に負える存在ではない。いくら策を講じても尽きる。その意味で、父親アンディ主導の一連の一家逃亡行動は、現実逃避の失敗でしかない。逃げてばかりいた結果、チャーリーの破壊力は、両親ばかりでなく、周りの人間も焼き殺すまでに増大し、社会の脅威になる。こういう手に負えないモンスター・チャイルドを生んでしまった親は、腹をすえて家族としてのふつうの幸福を夢見てはいけなかったのではないか? もっと早い時期にチャーリーを安全な施設に委ねる決心をすべきだった。
 チャーリーは、特別悪い子ではなかったかもしれないが、心優しい子供では決してない。母親の両腕を大やけどさせて反省するチャーリーは、「ママにあたるつもりはなかったのに、間違えた。目標はパパだったのに」と平然と告白する。正直なのだが、そういう恐ろしいことを父本人を前にして口にする子供がどういう性質なのかを親は悟らなければいけない。
 中世であれば、チャーリーのような子供は、「悪魔の子」あるいは「魔女」ということになるのだろう。現代においても「サイコパス」(普通の人間が持つ愛情や思いやりが著しく欠けた自己中心的精神病者)は存在するが、チャーリーはわがままであってもサイコパスではない。普通の感情を持つ女の子であるが、自然発火の能力が社会を破壊する。チャーリーの両親は自分たちの手に負えない者を手元で養育したら社会の脅威になり、迷惑及ぼすことを考えて、冷静な対応をしなければいけなかった。子供を守ろうとする親の愛と苦悩を訴えてはいるが、親だけではできない場合があることも、映画は示唆する。チャーリーのような特殊能力の弊害を矯正しうる手立てを持つ人はいないのが悩みだが、レインバードのような負の要素を持つアウトサイダーが力になりうるのかもしれない。

©2022 J. Shimizu. All Rights Reserved. 22 May 2022

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