ハウス・オブ・グッチ(清水)

『ハウス・オブ・グッチ』 原題:House of Gucci 
2021年製作/アメリカ/ 配給:東宝東和/

スタッフ:監督リドリー・スコット/ 製作 リドリー・スコット ジャンニーナ・スコット ケビン・J・ウォルシュ マーク・ハッファム/ 製作総指揮 ケビン・ウルリッヒ ミーガン・エリソン エイダン・エリオット マルコ・バレリオ・プジーニ アーロン・L・ギルバート ジェイソン・クロス/ 原作 サラ・ゲイ・フォーデン/ 原案 ベッキー・ジョンストン/ 脚本 ベッキー・ジョンストン、 ロベルト・ベンティベーニャ/ 撮影 ダリウス・ウォルスキー/ 美術 アーサー・マックス/ 衣装 ジャンティ・イェーツ/ 編集 クレア・シンプソン/ 音楽 ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ、レディー・ガガ/

キャスト:パトリツィア・レッジャーニ:レディー・ガガ/ マウリツィオ・グッチ:アダム・ドライバー/ パオロ・グッチ:ジャレッド・レト/ ロドルフォ・グッチ:ジェレミー・アイアンズ/ 女占い師ジュゼッピーナ・アウリエンマ:サルマ・ハエック/アルド・グッチ:アル・パチーノ/


『ハウス・オブ・グッチ』――グッチ家の没落


                              清水 純子

 高級志向のおしゃれな人で「グッチ」の名前を知らない人はいない。素敵に決まっているけれど、高くて一般人には手が出ないのがグッチ製品である。「商品の値段が高ければ高いほどそれを所有することの価値も高くなる」というブランド信仰者の信念を裏付けるのがグッチである。
 ブランド物の王様グッチは、1881年イタリアのフィレンツェで労働者グッチオ・グッチによって創業され、ロンドンに渡り、イギリス貴族の洗練された趣味に刺激されて成長する。当初は、乗馬をモチーフにした皮革製品が人気を呼ぶが、以後バッグ・靴・サイフなどの皮革商品に加えて、服、宝飾品、時計、香水などを幅広く手がけて成功し、押しも押されぬ世界的ブランドとして現在も君臨する。とりわけ日本人の「グッチ」好きは世界的に際立っている。
この日本人の憧れの的である「グッチ」ブランドの陰に隠れたグッチ家のお家騒動を描いたのが、今回公開される映画『ハウス・オブ・グッチ』である。グッチ一族の没落は何度も映画化の話が持ち上がったが、反対にあって途中で流れてしまったという。この難物の映画化に成功したのがリドリー・スコット監督である。映画を見れば、グッチ一族が映画化に反対するのは当然であることがすぐにわかる。なにしろ元妻のパトリツィアが、夫であるグッチ社長をマフィアを使って殺害してしまったからである。こんな露骨な信じがたい醜聞があるのか!と驚きを隠せない。でも本当なのである。イタリアの暴力好きなマフィア一族を描いた映画『ゴッドファーザー』や15・16世紀イタリアの権謀術数のための毒殺を得意とした貴族ボルジア家の好色、強欲、残忍、冷酷を彷彿とさせる。物語ならば起伏に富んで極めて面白いで済ませられるが、あの憧れのブランドを生み出した一族の実像だと思うと、やはりこれがイタリアなのか?世界史で習ったイタリアそのものではないか?と複雑な気持ちになる。しかし、豪華ファッション、贅をつくしたきらびやかな生活の内側で黒く暗くあくどくとぐろを巻く毒蛇のような人間の欲望をストレートに描き出して、退屈する隙を与えない迫力満点の映画であることは否めない。

★グッチ家の没落
グッチ家の没落の原因は、映画で見る限り、大きく分けて二つある。嫁パトリツィアの陰謀による一族分断と放漫経営による倒産である。

(1) 嫁パトリツィアの陰謀
たたき上げの運送会社の娘として生まれたパトリツィア・レッジアーニは、マウリツィオがグッチ一族だと知ると、色仕掛けで近づき、父ロドルフォ・グッチの反対を制して押しかけ女房になる。NY支店を出している伯父のアルド・グッチの機嫌をとった後に、アルドとそりの合わない息子パオロ(夫マウリツィオの従兄)をそそのかして、アルドの脱税を暴き出したので、アルドは刑務所に入れられる。父ルドルフォの死後、株を取得したマウリツィオは、グッチの代表権を持つようになるが、経営の才覚がなかったために、アラブ資本にブランドを売る羽目になる。
それ以前からマウリツィオは、パトリツィアの女帝ぶりと野望に愛想をつかして愛人を作っていた。株の売却によって贅沢ができなくなることを恐れたパトリツィアは、女占い師のすすめでマフィアに元夫のマウリツィオを銃で殺害させる。その結果、裁判でパトリツィアには懲役29年の判決が下り、グッチ・グループは、グッチ家の手から離れる。成りあがりの野心家パトリツィアを家に入れたことが、グッチ家没落の直接の原因である。その意味でパトリツィアは悪女だが、見えすいた悪女の手口にひっかかって騙され、牛時られてしまうグッチの男たちも才覚に欠けていたといえる。

(2)放漫経営
「放漫経営」とは、いい加減な企業経営を意味する。慎重でない安易な経営判断や、資金繰りの見通しの甘さ、経営者や投資家が会社を運営・管理する能力が無く、会社を私物化して経営の混乱や企業倒産の原因となることと定義される。ワンマン社長による同族経営に放漫経営の例が多く見られるというが、グッチ家による経営もこの典型的例の一つである。
 創始者のグッチオ・グッチは、創造の才と経営のセンスに恵まれていて、刻苦勉励したのでグッチ・ブランドを築いたが、子孫に創始者ほどの才能と意欲に恵まれた者はいなかったようである。NYに出店したアルドは、経理が全くなっていなかったので足をすくわれるし、その息子のパオロはデザインの才能もなく、父を売ることになる愚か者、役者志望だったロドルフォは商売に向いているとはいえず、その息子のマウリツィオも経営者としては無能なうえに贅沢ばかりして借金まみれ。マウリツィオはグッチ一族の没落の直接の原因となった悪女パトリツィアを家に入れたばかりでなく、パトリツィアによって殺されてしまう。嫁のパトリツィアは経営に口をはさむにとどまらず、女王として企業を支配しようとしたが、その力はなかった。パトリツィアがなしとげたかったのは、企業の利益の上に胡坐をかいて贅沢を楽しむことであり、顧客の要望にこたえ、従業員を大切にして企業を育成することには関心がなかった。イタリアの最大のブランドとなったグッチは、後継者に恵まれず、放漫経営の末にグッチ家は完全に追い出された。しかしグッチは、第三者の手に渡って、様々な人気デザイナーを迎えてブランドとしての名声を保っている。当然の成り行きであろう。

★役者に恵まれた映
魅力的な悪女パトリツィアを歌手出身のイタリア系のレディ・ガガが見事に演じている。パトリツィアに騙され手玉に取られるぼんぼんのマウリツィオをアダム・ドライバーが、好人物だが隙だらけの伯父アルドをイタリア系のアル・パチーノが味わい深く演じる。役者志望だが挫折してグッチの家業に携わるジェレミー・アイアンズのロドルフォも老年の陰影をしのばせて素敵である。女占い師のサルマ・ハエックも印象に残る。この映画は、役者に恵まれているので、見ていて楽しい。
ミラノでのロケもイタリア好きには、わくわくする。

 ©2021 J. Shimizu. All Rights Reserved. 15 December 2021

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