『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』
原題：The Hummingbird Project/ 2018年製作／111分／G／カナダ・ベルギー合作/ 配給：ショウゲート/
スタッフ：監督 キム・グエン/ 製作 ピエール・エバン/ 製作総指揮 ブライアン・カバナー他/
キャスト：ヴィンセント:ジェシー・アイゼンバーグ/ アントン: アレクサンダー・スカル スガルド / エヴァ: サルマ・ハエック / マーク:
マイケル・マンド/
公式サイト 予告編
9月27日（金）TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』―ハチドリが羽ばたく間に儲ける方法
清水 純子
ニューヨークの株取引はミリ秒単位の速さの差で巨大な損得が生じるとされる。『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』は、取引頻度の高い株のシステム構築によって、年間500億円以上儲けようとたくらむ男たちの死闘を描く。
二人の天才が企てる光ケーブルプロジェクト
NYのトレス・サッチャー社で働くヴィンセントとその従弟で天才プログラマーのアントンは、カンザス州のデータセンターとニューヨーク証券取引所のサーバーまで直線距離で1600キロメートルの光ケーブルを敷く無謀な計画を実行する。
シカゴとNY間の最短アクセス時間数17ミリ秒が16ミリ秒にという1ミリ秒短縮が巨万の利益を生み出すこの新事業は、当初から難航を極めていた。
そのヴィンセントも病いには勝てず、ついに倒れてしまうが、その頃アントンは新しいアイディアを思いつき、光が見えてくる。余命わずかと宣告されたヴィンセントは病室で成功の日を心待ちにする。
アメリカ的なテーマ
タイトルの「ハミングバード・プロジェクト」の名前の由来はハミング・バード（ハチドリ）が一回羽ばたきをする時間が0.001秒であることからきている。
このわずか0.001秒という一瞬に夢をかけて命を削る男たちの人間ドラマを描いたのが本作なのだが、なんともアメリカ的なテーマである。
時間をターゲットに速さ、スピ―ディさを競うという点がまずアメリカらしい。「ファーストフード」といった速さと手軽さに価値観を見る忙しい国アメリカ、時間的経済的効率を第一に掲げるアメリカの価値観である。
そして、速さが即マネーを生みだすというところも産業大国アメリカ的である。速さを獲得に血眼になるヴィンセントとアントン、それに元上司のエヴァは、19世紀中庸のカリフォルニア・ゴールド・ラッシュの労働者たちの狂態を連想させる。早いもの勝ちで金鉱を掘り当てた者が、巨万の富を得て社会の上層部に君臨する利権を獲得する。競争に後れてなるものかとがんばる三人は、金脈を掘り当てる労働者と同じ心境である。ゴールド・ラッシュ時も、金鉱を掘り当てたものは小数で、多くの者は富にありつけず、健康を害したり、争いに巻き込まれて悲惨な目にあった者も多いとされる。
アントンの新計画は成就するのだろうか？ ヴィンセントは、計画に実現を見られるのだろうか？ ヴィンセントは病から回復できないのだろうか？ 映画は明らかにしていない。
三人の事業家がしのぎを削る「ハミングバード・プロジェクト」が欲に駆られた人間ドラマで終わらないのは、彼らがアメリカン・ドリームを目ざしているからである。金鉱発掘、石油発掘の夢が追えなくなったアメリカ、貧富の差が開いてアメリカン・ドリームの終焉が近いアメリカで、億万長者になれる残された方法は、芸能界、スポーツ界、そして金融業界で大きく勝つことである。アメリカの夢に群がる3人の男女の姿は、あさましいと言うよりも、金融業界の技術革新のためにしのぎを削った勇者に見えるのは、この物語がアメリカでの出来事だからかもしれない。
「ハミングバード・プロジェクト」は2011年アメリカで実際に起こったことを元にしている。映画がどの程度実話に即しているかについては疑問もあるが、事実の確認が重要ではない。観客がこの映画に惹かれるのは、登場人物たちのアメリカ人らしい、新規開拓によって運命を開き、自分の手で成功をつかみたいというその心意気、つまりパイオニア・スピリットであろう。執拗に追ってくるエヴァは悪役だが、メキシコ系女優サルマ・ハエックが演じていることから、女性の活躍、移民の成功というアメリカではやりのキーワードにも結び付く。
アメリカは、マックス・ウェーバーの説く『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が今でも健在な国である。アメリカでは、金儲けによって成功することが神の御心にかなう行為なのである。神が義とした勤労意欲王政な善人はその結果として金持ちになって成功するとされる。アメリカでは、マネーへの関心と執着を公にすることは恥ではないから、『ハミングバード・プロジェクト』はきわめてアメリカ的な現象として好意的に迎えられることだろう。
©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved. 14 Sept. 2019
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