生きうつしのプリマ

 

(C)2015 Concorde Filmverleih / Jane Betke


『生きうつしのプリマ』(原題Die Abhandene Welt:英題The Misplaced world)
2015年ドイツ製作/上映時間:101分/配給:ギャガ//2016年7月16日YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー
公式HP: http://gaga.ne.jp/ikipuri/
スタッフ:監督&脚本:マルガレーテ・フォン・トロッタ/製作総指揮:ヘルベルト・G・クロイバー/ 音楽: スヴェン・ロッセンバッハ、フロリアン・ファン・フォルックセン
キャスト:カッチャ・リーマン: 歌手で娘のゾフィ/ バルバラ・スコヴァ:オペラ歌手カタリーナ&亡母エヴェリン/ マティアス・ハービッヒ:父パウル/ グンナール・モーラー: パウルの兄ラルフ/ ロバート・ジーリンガー: カタリーアの友人でゾフィの恋人フィリップ

(C)2015 Concorde Filmverleih / Jane Betke

『生きうつしのプリマ』――他人のそら似が明かす母の秘密

                             清水 純子

『生きうつしのプリマ』は、『ハンナ・アーレント』で有名になった女性監督マルガレーテ・フォン・トロッタの新作であるが、『ハンナ』とは違って肩の力を抜いて楽しめる悲喜劇である。

世界的プリマドンナが母にそっくりな理由
 ドイツのクラブ歌手のゾフィは、父パウルに頼まれて、一年前に亡くなった母エヴェリンに生き写しのプリマドンナのカタリーナにニューヨークに会いに行く。無名の歌手ゾフィは、メトロポリタン・オペラの世界的プリマドンナで気難しいカタリーナに臆せず近づく。母エヴェリンの写真を見せると、カタリーナはむっとして「他人の空似」と言って取り合わない。しかし、ホームにいるカタリーナの母は、ゾフィの顔を見て「エヴァエリン」と言って大騒ぎをする。カタリーナは、ゾフィが母の心の平和を乱したとして怒るが、この事件を機に二人は急速に接近する。
ゾフィは、父パウルの意図もわからずにNYにやってきたが、認知症のカタリーナの母ローズの持っていた手紙から母エヴェリンとローズが知り合いであったことを知る。カタリーナも「本当のお母さんではないみたい」と言ってローズをひどく傷つけたことを思い出して、自分の出生に秘密があることを感じる。カタリーナは誰の生んだ子供なのか? 実母はどこにいるのか? 母を捨ててイタリアに逃げた父の話が嘘だとすると、本当の父はどこにいるのか? ゾフィは、父パウルの頼みで、カタリーナの父探しにイタリアにまで行くが、パウルはカタリーナの父が誰なのか知っているのに、ゾフィをドイツから狩り出したことがわかる。父パウルの妻エヴェリンに対する屈折した感情、そして父パウルとその兄ラウルとのライヴァル意識と争いの存在を知る。ゾフィは、母エヴェリンは弟パウルの妻でありながら、ひそかに義兄ラウルと深い愛をはぐくみ、ラウルとの関係は死の直前まで続いたことをつきとめる。今は亡きエヴェリンが兄と弟の二股をかけていたことを知った二人の男は、年甲斐もなく、取っ組み合いの大ゲンカをするーーエヴェリンが本当に愛していたのは自分だとどちらも主張してやまない。弟パウルは、兄はいつも人のものを横取りしようとすると非難し、兄ラウルはエヴェリンをパウルの暴力から守ろうとしたのだと弁解する。ゾフィとカタリーナは、実は姉妹であり、エヴェリンは、兄と弟の娘をそれぞれ公平に生んでいたことが明らかになる。

女性監督ならではの視点
二人の男、それも兄弟である男たちに愛された一人の女の過去は、ドイツの無名のクラブ歌手とニューヨークの世界的プリマドンナの二人の女を結びつける秘密の糸である。ミステリー・タッチで描かれた亡き母が現在にまで及ぼす複雑な愛の結末は、まるで現代版『嵐が丘』を見るようである。『嵐が丘』のヒロインのキャシーは、正反対のタイプの男性二人に愛されたが、この映画の母エヴェリンは、瓜二つの兄弟に愛された。両手に男性を抱えた事実を隠して、夫の意に従ったように見えて、実は自分の意図と欲望を秘密裏に実行する女性のしなやかで、したたかな生きざまを描くのは、女性監督ゆえである。
夫パウルは兄ラルフが嫉妬からいつもパウルのものをほしがり、奪おうとすると主張する。だがはたしてそうなのか? パウルがエヴェリンと結婚した時、エヴェリンはすでに他の男の子供を身ごもっていた、その子がカタリーナで、他の男がラルフだとすると、エヴェリンはもともとラルフと恋仲だったことになる。事実は、弟パウルが兄ラルフからエヴェリンをさらって妻にしたのである。パウルはエヴェリンに子供を堕胎させようとしたが、エヴェリンは期待に背いてイタリアでこっそり出産した。誰にも知られることなく、墓の中までもっていく秘密にしてカタリーナを生んだ。養母になった親友のローザを除いてであるが・・・結局、エヴェリンは、兄ラルフと弟で夫のパウルの両方を欺いて、自分の欲望を種違いの二人の娘の出産という形で結実させた。二人の男性は、エヴェリンが自分の方をより愛したと思い込んで満足していた。エヴェリンが表面は両方の男性とうまく付き合い、実はどちらのいうことも聞かずに、秘密裡に自分にとって一番都合のいいことを実行したことを知らさずに・・・である。
エヴェリンは、二人の男性を手玉にとって、両方にいい顔をして生涯を終えた。彼女は、よほど素敵な女性に違いないけれど、ちょっと虫がいい感じもする。現実の男性は、騙されたままでいるほど愚かではないし、他に男がいると知ってそのまま受け入れるほどお人よしでもないと思うけれど・・・両手に花ならず、両手に男性という構図が女性の視点によるファンタジーを思わせる。男性が複数の女性を同時に抱えるのは、パワーの象徴として古今東西許容されてきたが、女性もしかり・・・なのか? 男性の場合とは違っておおっぴらではなく、ひそかに、こっそりと実行された。そして騙された男たちの驚きがコミカルである。エヴェリンのたくらみは見事なので二人の男性は怒ることなく、ハッピーエンドに終わるのがすばらしい。『嵐が丘』のキャシーが、夫エドガーと恋人ヒースクリフを左右に従えて、自分がその真ん中に埋葬されたように、エヴェリンの墓の左右にパウルとラルフも眠ることになるのだろうか? 両手に男性という構図に、女性による女性の究極のファンタジーの構想が見られる。

同志の連携プレー
女性監督トロッタは、女同志のきめ細やかな関係を説得力をもって描くことにたけている。男性を中心にした二人の女性は、敵対関係にあることが多いが、トロッタ監督の手にかかると、女たちは、ライヴァル意識よりもむしろ連帯感と同性ゆえの共感による協力関係によって結ばれている。

a. 女友だち
エヴェリンのたくらみを成功に導いた強力な助っ人は、女友達のローズである。子供のいないローズは、エヴェリンの娘を大切に愛して育ててくれた。ローズの献身的愛のおかげで、娘カタリーナは、孤児院に行くこともなく、困難にあっても乗り越えて大歌手に育った。女同志の連合軍の勝利である。

b. 姉妹
カタリーナの出生の秘密を明らかにして、姉妹関係を立証したのは、妹ゾフィ―である。ゾフィ―は、亡き妻エヴェリンの秘密を感知した父パウルにあやつられて真実に到達する。名声のレヴェルは違っても、美声の歌手だった母エヴェリンの血を受け継いだ姉妹は共に歌手である。それに、ゾフィ―もカタリーナも、それぞれの父パウルとラウルに習って一人の異性を共有することになる。父たちとは違って、同時期にではなく、時期をずらしているが、フィリップを姉と妹は共に恋人にする。妹ゾフィ―も父パウルと同じく姉カタリーナのかっての恋人をパートナーに選ぶことになる。


『生きうつしのプリマ』は、女性監督による女性優位の意識に立って描かれたヨーロッパの文化の香りゆたかなミステリー風悲喜劇である。

©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2016. July8.

 


(C)2015 Concorde Filmverleih / Jane Betke


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