危険なメソッド


『危険なメソッド』原題 A Dangerous Method
製作年2011年 /製作国 イギリス・ドイツ・カナダ・スイス合作 / 配給 ブロードメディア・スタジオ /
上映時間 99分 / 映倫区分PG12
スタッフ:
監督デビッド・クローネンバーグ/ 製作ジェレミー・トーマス/脚本クリストファー・ハンプトン/原作ジョン・カー 、クリストファー・ハンプトン
キャスト:
キーラ・ナイトレイ:サビーナ・シュピールライン /ビゴ・モーテンセン: ジークムント・フロイト /マイケル・ファスベンダー: カール・グスタフ・ユング /バンサン・カッセル: オットー・グロス/サラ・ガドン: エマ・ユング

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『危険なメソッド』(A Dangerous Method)の「危険な関係」

              清水 純子

『危険なメソッド』は、心理学者カール・グスタフ・ユング(マイケル・ファスベンダー)を中心に繰り広げらる刺激的で魅惑的だが危うい人間関係を描く。

1904年チューリッヒの精神病院に勤務するユングは、重篤なヒステリー症状のために急送されてきたザビーナ・シュピールライン(キーラ・ナイトレイ)の担当医師になる。


①最初の「危険な関係」はユングとザビーナの間で生じる。下顎をつきだし、目をかっと開き、意味不明の言葉を絶叫し、髪の毛をかきむしって暴れるため、手足を拘束される狂女ザビーナ。
しかしシーグムント・フロイト(ヴィゴ・モーテンセン)の談話分析法の治療が功を奏して、トラウマ(過去の強い心理的傷がひきおこす精神障害)から解き放たれたザビーナは、たぐいまれな知性と美貌を持つうら若いユダヤ系女性の姿を取り戻す。
ザビーナは、女性の消極性を捨て、能動的に挑発的に大胆にユングを誘惑し、不倫関係を結ぼうとする。
医師として家庭人としてのモラルを捨てられず躊躇するユングの背中を押すのは元精神科医の患者オットー・グロス(ヴァンサン・カッセル)である。
薬物中毒で快楽主義者のグロスは、ユングの隠された欲情を呼び覚ます触媒の働きをする。
行方をくらまし、後に餓死するインテリのグロスの危険なささやきに身をまかせたユングは、医師と患者との一線を越えてザビーナと激しく愛し合う。
二人の愛には、4歳の時父親の折檻に怖れと同時に欲望を覚えたザビーナのトラウマが色濃く反映される。
ザビーナは、ユングに鞭打つ父の役割を割り振ることによって被虐的欲望の充足をおぼえる。
ユングは貞淑な妻とは異なって男性的で能動的なザビーナとの関わりによって、女性の中に潜む男性的側面アニムスに開眼する。

②第二の「危険な関係」は、ユングとフロイトの父子関係に似た子弟の間柄に見られる。
フロイトの談話療法によってザビーナを治療したユングは、敬愛するフロイトとの会見を果たす。
当初二人は意気投合して親しく語り合うが、学説の根本的違い(性に固執する科学的フロイト、より広範な可能性を追求する神秘主義的ユング)、民族的違い(フロイトはユダヤ系、ユングはアーリア系)、階級的優劣(経済的に苦しく、権威主義のフロイト、経済的に余裕があり、自由なユング)により、袂を分かつ。
心理学者として追われる者になったフロイトは、追う者であるユングが自分を亡き者にしようとする幻覚にとらわれ、口論の最中に気絶する。
お互いに尊敬しあうが意見と立場の違いから、二人の関係は決裂を免れなかった。
またフロイトは、ユングが患者ザビーナと関係を持ったことを医師のモラルに背く行為として暗になじる。
不思議なことは、フロイト自身が義妹(妻の妹)ミンナを巻き込む家庭内三角関係が囁かれていたにもかかわらず、ユングを非難したことである。
アメリカ行きの客船で、裕福な夫人を持つユングは師のフロイトよりも高級な船室をあてがわれ、フロイトが嫌な顔をする場面がある。
立派な学者同志といえども、男性のライヴァル意識は理屈では語れないのかもしれないと思わせる。

③第三の「危険な関係」は、ザビーナがユングを捨てて、フロイトに弟子入りしたことにより生じる。
ユングは、さらに深い関係を切望するザビーナの要求を世間体と家庭の安泰を脅かされることを怖れて拒み、ザビーナとの「危険なメソッド」に終止符を打つ。
傷ついたザビーナは、藁をもつかむ思いでフロイトの診療室を訪れ、受け入れられる。
ユングと仲たがいをした二人の人物フロイトとザビーナが子弟関係を結んだことによって、「危険な関係」は完璧な正三角形を形づくって閉じられる。
ザビーナは後にロシアに戻って児童心理学者として活躍し、ピアジェをはじめとする優秀な学者を育てる。

『『危険なメソッド』の興味深いところは、治療する医師自身が患者と同じく精神の病を抱え、それを乗り切った経験を持つことである。
医師と患者という対極にあるように見える存在が実は一枚岩でつながっており、その間に便宜的敷居が設けられているにすぎないことに気づかされる。
治癒される者が治癒し、また治癒していたものが治癒される側にまわるという精神分析の不思議なパラドックスを示唆する。

『危険なメソッド』は、精神分析にあたる医師自身の心の奥に潜む秘密をきわめて知的に、人間的に、興味深く開示し、説明してくれる啓発的な刺激に満ちた映画である。

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