荒野の誓い(清水)

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『荒野の誓い』原題Hostiles
製作年 2017年/ 製作国 アメリカ/ 配給クロックワークス、STAR CHANNEL MOVIES/ 上映時間 135分 映倫区分G/
オフィシャルサイト/配給:クロックワークス/STAR CHANNEL MOVIES 提供:東北新社 /
9月6日(金)新宿バルト9他全国ロードショー

スタッフ: 監督 スコット・クーパー/ 製作 ジョン・レッシャー他/
キャスト: ジョー・ブロッカー-クリスチャン・ベール/ロザリー・クウェイド-ロザムンド・パイク/イエロー・ホーク-ウェス・ステューディ/ブラック・ホーク-アダム・ビーチ/その他/


『荒野の誓い』――21世紀の視点で描くリアルな西部劇

          清水 純子

★りりしいクリスチャン・ベール
 『荒野の誓い』は、久々に見る本格的でリアル、しかも重厚な西部劇である。ともかく陸軍大尉の軍服を着たクリスチャン・ベールがりりしく、カッコいい。役者としての風格に男の色気が加わって魅力的である。紳士の国、英国生まれの男優はどこか一味違うと感心させる。舞台で鍛えた経験がものをいうのか、それとも大英帝国の文化的遺産の投影だろうか。英国生まれだがアメリカ西部の男になりきったベールの活躍が今後も楽しみである。

★西部劇の衰退
 西部劇(ウェスタン)は、19世紀後半の西部開拓者魂にはやる白人と未開なネィティブ・アメリカン(インディアン)の抗争を白人の視点で描いたドラマである。映画やTVで人気を博した1960年代以前の西部劇は、マイノリティーの権利を擁護する公民権運動の興隆に伴って姿を消す。20世紀中庸の西部劇では、フロンティアを舞台に活躍する白人を阻むのは、荒々しい自然と野獣たち、特にインディアンの奇襲であった。西部劇とは、フロンティア(西部の開拓地と未開拓地の境界線地帯)を文明化する白人の知恵と勇気を讃えた物語であった。1960年代以前の西部劇における白人は善、インディアンは悪、という単純な図式化は、勝利者である白人本位のえこひいきと偏見に基づくものであると認識されてから伝統的西部劇は製作できなくなった。1970年代以降に作られた西部劇は、ポリティカル・コレクトネスの立場から、インディアンを持ち上げ、白人側の悪意を暴く宗教的告解のような作品が増えて、それ以前の西部劇とは別物になっていった。その変貌に単純に西部劇を楽しんでいたマッチョなファンは離れていき、ハリウッドで一世を風靡した西部劇というジャンルはすたれてしまったのである。

★本格的西部劇復権の
 『荒野の誓い』は、久々にハリウッド十八番であった西部劇の復権を試み、成功した。開拓者である白人と先住民インディアンの凄惨な戦いは、互いを傷つけ、滅ぼし合い、最後には小数の者しか生き残らない、その残された者の心の空洞化をもって争いのむなしさを訴える。そこには1960年代の西部劇の勧善懲悪の単純さはなく、先住民との闘いの痛みと過ちを公平に告発する。その意味で、『荒野の誓い』も20世紀後半以降の西部劇の系譜に属するが、正確な時代考証と雄大なアメリカの原野、熟考の末に再創造された衣装等、西部劇本流の名に恥じない。『荒野の誓い』では、白人と先住民の争いの原因が、白人のインディアンからの土地略奪にあったことを白人の高官夫人に言わせて、西部劇誕生の伏せておきたい起原を暴露する。
 
★『荒野の誓い』の時代背景
 時代は1892年。南北戦争(1861~1865)の北軍勝利で黒人奴隷は解放され、最初の大陸横断鉄道の完成(1869年)で危険な駅馬車は減り、乱獲され続けたバッファローは激減し、先住民もコマンチ族を除いて白人の傘下に収まり、白人のフロンティア征服は完成を迎えていた。
 インディアンと勇敢に戦った陸軍大尉ジョー・ブロッカーは、仇敵のシャイアン族の酋長イエロー・ホークをニューメキシコから故郷モンタナ州に送り届ける任務を命ぜられ、不承不承引き受ける。道中、コマンチ族の一家虐殺に会って放心状態のクウェイド夫人を保護し、毛皮略奪者やコマンチ族の襲撃を潜り抜けて目的地に着く頃には、生き残りは3人になっていた。映画は異人種間の争いだけではなく、白人同志、先住民の異なる部族同志の殺し合いも展開する。目的地に到着したクウェイド夫人は、酋長の孫娘と共に、私人に戻って列車に乗るブロッカー大尉を敬愛の眼差しで見送る。

★絶滅危惧人種・先住民のサバイ
 インディアンと呼ばれていた先住民の現在に思いをはせる時、彼らは絶滅危惧人種になってしまった感を免れない。米国政府は「インディアン自治区」などのリザベーション(保留地)を確保して先住民を保護するように見えるが、自立できる者は少なく、アルコール依存症、自殺に加えて経済的に困窮する者が多いという。かってのインディアンには、ナバホ、チェロキー、スー、アパッチ、モホーク、モヒカン、シャイアンなど数百の部族が存在し、それぞれが独自の文化と言語をもっていたが、現在では混血などによって綿密な区別はむずかしくなっている。
 大学の英語テキスト『アメリカン・ヴィジョン』(朝日出版)のビデオ映像で、先住民と紹介された青年が真っ黒な髪の毛以外は先住民の外見的特徴を持たず、まったくの白人にしか見えないことそれ自体に、私はアメリカ先住民の滅亡を感じる。白人に見える青年がネィティブ・アメリカンの文化を継承して保護していくというのも日本人である私には不思議な現象に思える。
 しかし、混血化という点で、インディアンの血はアメリカ人全体に潜んで生き続ける。黒人とインディアンの混血は言うに及ばず、白人との混血も多いとされる。ハリウッドでもエルヴィス・プレスリー、サム・シェパード、ケビン・コズナ―、ジョニー・デップ、クエンティン・タランティーノ、アンジェリーナ・ジョリー、キム・ベイシンガー、キャメロン・ディアス、リヴ・タイラーなど多くのスターが先住民の先祖を持つ。アメリカでは黒人の先祖がいると黒人に分類されてしまうが、インディアンの場合は外観が白人に見えれば白人として通るようである。ネィティブ・アメリカンは、純粋な形で生き残ることはむずかしくても混血することによって絶滅には向かっていないのかもしれない。『荒野の誓い』のクウェイド夫人が保護した酋長イエロー・ホークの孫娘も、白人の言葉を話し、白人文化の中で成長した暁には、白人男性の妻になるに違いない。アメリカ先住民は、混血化によってアメリカ人の骨と血に溶け込んで今後も生き続ける。

©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved. 21 July 2019 

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