リベラーチェ

『恋するリベラ―チェ』(原題 Behind the Candelabra)
製作: HBOフィルムズ  配給:東北新社
監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:マイケル・ダグラス、マット・デイモン
公式HP: http://liberace.jp/
公式Facebook: https://www.facebook.com/liberace.jp

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『恋するリベラーチェ』―― 燭台の陰でしたこと

          清水 純子

リベラーチェという名前を聞いたことがおありかな?
あるならば、あなたはちょっとしたアメリカ通、もしリベラーチェの職業を知っているなら、あなたはかなりのつわもの、さらにリベラーチェのゲイ疑惑を耳にしたことがあるなら、アメリカン・カルチャーにsavvyだ(精通している)と胸を張る資格があなたにはある。
リベラーチェ(Liberace: 本名Wladziu Valentino Liberace、1919~ 1987)は、1950年代から80年代に活躍したアメリカの天才的ピアニストにしてエンタテイナーである。
リベラーチェは日本では知る人ぞ知る存在だが、アメリカのラスベガスには「リベラーチェ博物館」もある有名人である。
リベラーチェはわずか7歳で音楽的頭角を現し、神童と呼ばれたが、クラシック音楽で生きていくより、ポップスの世界を選んだ。
「世界が恋したピアニスト」の異名にふさわしく、そのレパートリーは広く、クラシック、ポップス、ジャズ何でもござれの天才中の天才だった。
しかしピアノの達人リベラーチェを有名にしたのは、信じられないほど派手で奇抜な衣装とステージであった。
あるときはピンク色の七面鳥の羽を大きく広げた帽子に、ショッキングピンクのアヒルの羽を縫い付けた生地をゴールドのラメで縁取った貴婦人用ケープ風の重いドレスを、またあるときは紫色とピンク色の円をシルバーで縁取りしてちりばめたスーツに床まで引きずるチンチラのケープを皇后のようにまとい、ブルーと金色の皇帝風ミリタリーコスチュームを着てステージに立ち、両手合わせて数本の指には宝石をちりばめた金の高価な指輪をはめたままピアノを演奏した。
度胆を抜く奇抜な衣装は、エルヴィス・プレスリー、マドンナ、レディ・ガガのステージ衣装に大きな影響を与えた。
またリベラーチェの舞台も過剰に装飾され、真っ白なピアノの上には骸骨、宝塚顔負けの大仰な階段を王女のように舞い降り、噴水や空中浮遊などの様々な仕掛けが工夫されていた。
奇想天外に派手な衣装と舞台によって悪趣味の代名詞となったリベラーチェのシンボルは「燭台」なので、『恋するリベラーチェ』の原題は ”Behind the Candelabra” である。
1988年に元恋人のスコット・ソーソンが書いた本に基づいてリベラーチェ(燭台)の裏の生活、つまり私生活を描いたのがこの映画である。
87年にエイズで亡くなったリベラーチェは同性愛者だったとされるが、当時はカミング・アウトできる時代ではなかった。
「燭台の陰」で行われてきたことは、他にも若返りのための美容整形手術があり、リベラーチェはスコットにも自分に似せるために手術を強要したという。

華麗なイメージの陰の醜い実像を描くと思いきや、この映画はユーモアと敬意に満ちているため、おぞましいイメージはまったくない。
のっけからピッカピカの目がくらみそうなまばゆい衣装を着て、おねえ風に登場するのがマイケル・ダグラス、マッチョな役が多いあのM.ダグラスがまさか !と観客は唖然とする。

人前では飾り立てているリベラーチェだが、浴室での後ろ姿は別人、禿げ頭にたるんだ筋肉をさらけ出す。
ベラーチェは寝室でも舞台の上と同じくエネルギッシュだが、これも男性機能維持用インプラント手術のおかげである。
「燭台の陰」つまり私生活では、美青年を次々に恋人として召し抱え、飽きると捨てるリベラーチェだが、カトリック教徒としての罪の意識はぬぐいきれない。

「告解しても罪、しなくても罪、どっちにしても罪なのよ」と茶化す一方で、リベラーチェは天使のお告げによって命を救われたと信じている。
最初の恋人は3度のオリンピック優勝を果たした後、女優になったフィギュア・スケートのソニア・ヘニー(Sonja Henie, 1912~1969)だと自伝で告白したが、実は女性には興味がなく、ホモ疑惑を消すためのカムフラージュだったことが明らかにされる。
映画の中でジュディ・ガーランドについての言及が何回かあるが、ガーランドは1950年代以降「ゲイ・アイコン」の原型として同性愛者の間で敬愛されていた。

リベラーチェの愛玩物のスコットは恋人役だけではなく、うるさく吠え立てる犬どもの世話もさせられる。
犬の糞を拾って犬の鼻先にもっていくと、犬が顔をそむける場面は爆笑である。
この映画は、「燭台の陰で」人は思いもよらない姿を表すという教訓を奇想天外な配役によって示している。
M.ダグラスは、インテリ中年男性の失態を演じたら天下一品なのでリベラーチェ役も範疇に入らなくはないが、これまでとは方向性が違う役どころである。
それにもかかわらずM. ダグラスはリベラーチェを見事に演じ切り、新境地を開いた。

クールでハードボイルドなイメージを持つM.デイモンは、金髪の筋肉もりもりの美青年の恋人役を予想外に好演する。
美容整形医のロブ・ロウの変身ぶりにもびっくりさせられる。
理知的でストレートの(ゲイでない)俳優陣の起用がリベラーチェの物語の二重構造を作り上げ、ゲイ・カルチャーにとどまらないアメリカ文化一般への組み込みを可能にした。

『恋するリベラーチェ』は、ゲイの問題があるためスポンサーがなかなかつかず、製作まで5年間も足踏みした映画である。
M.ダグラスもM.デイモンも辛抱強く待ったが、その間にも時代はどんどん変わっていった。
リベラーチェがひた隠しにしたゲイの恋人や美容整形もかつらも21世紀のハリウッドでは暗黙の了解事項になり、「燭台の陰」でしなくてもいいことに変わったのである。
時代を越えて観客に訴えるリベラーチェの魅力は、「アメリカの魂」によってイメージされる。
天国に召されたリベラーチェがフィナーレに演奏するのが『ラマンチャの男』でドン・キホーテが熱唱する「見果てぬ夢」(“The Impossible Dream”) である。
リベラーチェは頭と体を元手にたゆまぬチャレンジ精神によって「アメリカン・ドリーム」を実現した男として讃えられる。

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