リンカーン

第85回 アカデミー賞(2013年)主演男優賞受賞
第70回 ゴールデングローブ賞(2013年)最優秀主演男優賞受賞
『リンカーン』  原題Lincoln
製作年 2012年  製作国 アメリカ  
上映時間 150分  映倫区分 G  言語:英語
2013年4月19日(金)TOHOシネマズ日劇他全国公開!
公式サイト:http://lincoln-movie.jp
Facebook http://www.facebook.com/LincolnMovieJP
20世紀フォックス映画配給
スタッフ:監督スティーブン・スピルバーグ /製作スティーブン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ/
製作総指揮ダニエル・ルピジェフ・スコール/原作ドリス・カーンズ・グッドウィン/脚本トニー・クシュナー/
撮影ヤヌス・カミンスキー/ 美術リック・カーター/ 編集マイケル・カーン/ 衣装ジョアンナ・ジョンストン/音楽ジョン・ウィリアムズ
キャスト
ダニエル・デイ=ルイス:エイブラハム・リンカーン/トミー・リー・ジョーンズ:ダグラス・スティーブンス/
サリー・フィールド:メアリー・トッド・リンカーン /ジョセフ・ゴードン=レビット:ロバート・リンカーン /
デビッド・ストラザーン:ウィリアム・スワード

(C)2012 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION and DREAMWORKS II DISTRIBUTION CO., LLC


アメリカ史のヒーロー『リンカーン』--台詞で学ぶアメリカ政治と歴史

清水 純子

2012年度アカデミー主演男優賞をダニエル・デイ・ルイスにもたらした『リンカーン』は、北軍を勝利に導いた「南北戦争」(the Civil War, 1861-65)の北軍の指揮官であり、「奴隷解放の父」と呼ばれる第16代アメリカ合衆国大統領
エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln,1809-65)の最後の4カ月間を描いている。
21世紀に入ってアメリカ史上初の黒人大統領オバマ(バラク・フセイン・オバマ・ジュニア、(Barack Hussein Obama Jr,1961-)が2009年に誕生し、2012年に再選されたのはリンカーンの功績を抜きにしては考えられない。
公民権運動から今日に至るまで、アメリカの自由と平等を擁護し、その実践の推進力のルーツであるリンカーンは、アメリカ史のヒーローである。映画『リンカーン』の台詞からアメリカの政治の特質を表す部分を拾って解説する。

☆Four score and seven years ago,our fathers brought forth on this continent a new nation, Conceived in liberty and dedicated to the proposition that all men are created equal.
映画の冒頭で白人一兵士がリンカーンのゲティスバーグ演説(The Gettysburg Address)を暗唱する―「人間はみな平等につくられている」
("all men are created equal”)。
トマス・ジェファソン(Thomas Jefferson,1743-1826)が起草したイギリスからの独立を宣言した文書、アメリカ合衆の独立宣言(Declaration of Independence, 1776年7月4日)は、不可侵・不可譲の自然権として「生命、自由、幸福の追求」の権利を掲げた基本的人権の高らかな主張であり、アメリカ民主政治の根幹をなす。
しかし、リンカーン登場以前のアメリカでは、この自由平等の思想は白人の間においてのみ有効であった。
白人同士の不平等感は、どんな下層の白人よりもさらに下位に黒人奴隷が存在することによって緩和されていた。
皮肉なことに、白人とは平等でなく、人権を持たない黒人奴隷の存在によって、白人の自由と平等は保障されていたのである。
映画では、リンカーンを前に黒人兵士2名が白人兵との格差を訴え、その後で白人兵士2名が登場する対照的手法に人種間格差と差別が明示される。
                     
Mary: I know...I know what it's about. The ship, it isn't Wilmington Port, it's not a military campaign! It's the amendment to abolish slavery! Why else would you force me to invite demented radicals into my home?

寝室でリンカーンの夢の話を聞く妻メアリー・トッド(サリー・フィールド)は、夫が「奴隷制度廃止の修正案」つまり「合衆国憲法修正第13条」を議会で可決させ、憲法改正によって「奴隷制度廃止」に持ち込み、南北戦争を終結させようと苦心していることを知る。
法案可決に20名足りないため、自宅でパーティを開き、議会工作に苦悩する夫の心中を妻が察する場面である。
リンカーンは個人的信条として奴隷制度を悪の根源として否定していたが、大統領としての当初の目的は「奴隷制度廃止」にあるのではなく、北部連合を脱退した南部11州を再統合し、南北戦争を終結することにあった。
しかし、北部の連邦軍最高司令官として軍事的必要性に迫られて「奴隷制廃止」を宣言するにいたったのが事実だとされる。映像上卓越したテクニックは、「憲法修正第13条」可決の重圧をフロイト流の悪夢の形でスクリーンに投影する点である。夜間の船上で一人デッキにたたずみ、暗い空を見上げるリーンカーンの夢を聞いた妻は、夫の政治的責務を理解する。
☆Lincoln: I am the President of the United States of America, clothed in immense power! You will procure me these votes.
「憲法修正第13条」可決のための票集めが難航する中で、策を弄するリンカーンを非難するロビイストたちにリンカーンは敢然と言う――「私は強大な権力を持つアメリカ合衆国大統領なのだ。」

1787年に制定されて以来遵守されてきたアメリカの憲法には、垂直方向に連邦政府と州政府の二種の権力、水平方向に立法、行政、司法の三種の権力が存在するが、大統領の持つ行政権はさらに広範囲に及び、体制そのものの変革を可能にする強権である。
このリンカーンの言葉に示されている大統領の強大な権力によってアメリカは、独立後の数々の危機(南北戦争、1929年の大恐慌、第二次世界大戦、冷戦、ウォーターゲート事件、9・11の同時多発テロなど)を乗り切ってきた。
州政府から連邦政府への権力の移譲と連邦議会や最高裁判所の軽視が、大統領の行政権の強化をもたらしたのである。
いざという時に発動できる強大な大統領権限は、名君であればあるほど力を発揮できることを立証するリンカーンの自信に満ちた発言である。
☆Mary: You're going to tryto get the amendment passed in the Hous of Represtatives, Before the term ends, before the Inauguration. ・・・No one's loved as much as you, no one's ever been loved so much, by the people, you might do anything now. Don't, don't waste that power on an amendment bill that's sure of defeat.
妻メアリー・トッドは、リンカーンの「奴隷制廃止」法案を下院(the House of Representatives)で通過させるという困難な挑戦に感激すると同時に心配する。
アメリカ連邦議会は、二院制をとっており、上院(upper house、the United States Senate、任期6年)と下院(lower house, the House of Representatives、任期2年)に分かれる。
当初は主権を持つ国民を直接代表する下院の方が権威を持っていたが、20世紀以降、両院の序列は逆転した。
1913年の「修正第17条」によって上院の選出法が変更され、それまでの州議会から各州での直接選挙による選出に変わり、議席数を100(下院は435)名と定められたからである。
外交案件や指名人事の承認権を有し、任期がより長く、議員数がより少ないために、議決に際して一票が相対的に重みを持つ上院が下院より上位の地位につくことになった。

しかし、リンカーン在職中の1865年当時は、下院の力が大きく、共和党急進派で奴隷制反対論者の下院議員スティーブンス(トミー・リー・ジョーンズ)の動向が法案通過の大きな鍵になる。
スティーブンスは、法廷では、日常の過激な奴隷制廃止論をオブラートに包み、ポーカー・フェイスに徹して議員の賛同を得る。
修正法案可決後、いそいそと帰宅したスティーブンスが、長年の感謝を表して共にベッドで休む相手が黒人妻であることも観客の共感を引き出す。

Copyright © J. Shimizu All Rights Reserved.


(C)2012 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION and DREAMWORKS II DISTRIBUTION CO., LLC

      50音別頁にもどる