ルーシー

『LUCY ルーシー』 原題Lucy          
監督&脚本:リュック・ベッソン、 製作:ビルジニー・ベッソン=シラ
主演:スカーレット・ヨハンソン:ルーシー/モーガン・フリーマン:ノーマン教授/
チェ・ミンシク:マフィアのボス
製作年2014年、 製作国フランス 、上映時間 89分 映倫区分PG12 配給東宝東和
公式HP http://lucymovie.jp/
公式facebook : https://www.facebook.com/lucymovie.jp
公式twitter ; https://twitter.com/LUCY_MOVIEJP
8月29日(金)から TOHOシネマズ 日本橋 他全国ロードショー

(C) 2014 Universal Pictures


『Lucy ルーシー』ーー類人猿ルーシーからヨハンソンのルーシーへ               

清水 純子

『ルーシー』は、人類の進化をテーマにしたSFサイキック・アクションである。
オープニング・シーでは、うごめく細胞が現れる。画面は原始時代に戻り、メスの類人猿が川で仕事をする姿を映し出す。
シーンは現代の台北の街中に切り替わる。
スカーレット・ヨハンソン扮するルーシーは、あやしい風体の男友達に内容のわからない運搬を頼まれ、断り続けている。
しかし、一瞬の隙をつかれてルーシーの手は手錠でアタッシュ・ケースにつながれて逃げられなくなる。
怖がり屋のふつうの女の子ルーシーは、この瞬間からとんでもない冒険に巻き込まれ、強制的進化をとげさせられる。
ルーシーの取引相手は凶悪なアジアン・マフィア、ケースの中味は未知の危険な物質CPH4 、ホテル内のマフィアの部屋は死体の山、ルーシーの男友達はすでに射殺されている。
銃撃戦をかいくぐったルーシーは麻酔をかけられ、目覚めると腹部には手術の跡がある。
マフィアは、台北にやって来た外国人を捕獲して腹部にCPH4を埋め込み、運び屋に仕立てていた。ルーシーの腹部のCPH4は、予定外に袋が破れ、致死量を超えて体内を駆け巡り、脳にたどりつき、眠っていたルーシーの脳の力を100パーセント開花させる。
超能力を持つスーパーウーマンに生まれ変わったルーシーは、恐怖心も共感も持たない人間離れした存在に進化を遂げる。
ここで最初に類人猿が出現した理由、つまり監督&脚本のリュック・ベッソンの意図、が明らかになる。
冒頭に表れた類人猿は、ルーシーと名付けられた318万年前のアウストラロピテクスである。
1974年にエチオピアのハダールで化石人骨の形で発見された。
類人猿のルーシーは、318万年後の21世紀には、S. ヨハンソンのような美女に進化する。

しかし現代のルーシーは、時の経過を待たずに胎盤から合成した化学物質CPH4によって、人工的に脳のリミゥターを解除して脳力をフルに開花させる――覚醒率20%(情報処理能力のアップにより一時間で外国語をマスター)、30%(自分の細胞をコントロールし、外見を変化させ、触手で他人の体内をスキャン)、40%(目に見えない電波や信号をとらえる)、50%(人間的感情を失い、大事故を起こしても自分は無傷)、どんどん脳力の限界を打ち破っていくルーシーは脳が100%覚醒した時、コンピューターと一体化して「どこにでもいる」存在になって姿を消す。
映画は「時がすべてを支配する」と宣言するが、ヒロインのルーシーは時を無視して、過去を覗き、はるか未来の得体の知れない存在へと人工的に勝手に進化してしまう。
ルーシーは、アクシデントによって望みもしないのに、スーパー・ヒロインともモンスターともいえる超人的存在に変幻させられる。
ルーシーは、人間が作った謎の物質によって平凡で屈託のない日常から隔離され、ついにこの世から追放されるのである。
華麗なアクションとヨハンソンの美貌に目を奪われて映画の核となる主張は曇りがちだが、リュック・ベッソン監督の訴えたいことは進化への希望と疑問ではないのか?
姿をくらまし、人知を超えた不可視の存在になったルーシーは、神を冒瀆する怪物に生まれ変わった。
「私の命はあと一日、私のような人間を生まないために、そして悪者を退治するために、私は残り少ない命を人類のために捧げる」と誓う現代の女キリストのルーシーは、神の子ではなく、人造のモンスターとして昇天し、世界を見守る。
人知を超えた存在になったルーシーは告げる――「わたしはいたるところに存在する」(““I AM EVERYWHERE”)。
モーガン・フリーマン演じる脳科学者は、人類の進化は脳の発達と大きく関連していることを示唆する。
つまり進化したように見える人間はまだ脳の10%しか使っていない(“humans only use about 10% of their brain capacity”)ので、100%開花させれば誰でもルーシーのように超能力を発揮する可能性を持つのである。

最近アメリカでは脳の研究が進み、マサチューセッツのタフツ大はラットの神経細胞から人工脳の生成に成功したそうである。
人間の脳細胞使用による立体的な人口脳の開発研究は現在進行中であり、脳の仕組みや性質に対して多大の期待が寄せられている。
脳の研究は、傷ついた脳を修復したり、脳の機能向上によるさらなる人類の進歩が望める反面、人間性の喪失や周囲との協調性などの予想不可能な難問を孕んでいる。
旧約聖書の「創世記」は、知識は人間に進歩をもたらす反面、災難を招くことを記している。
人類の先祖のアダムとイブは、エデンの園で無垢の幸福を満喫していた。
ところが、イブがヘビ(悪魔)にそそのかされ、神の言いつけに背いて「知恵の木」から「禁断の果実」を食べてしまう。
人類は「善悪の知識」を獲得して賢くなるが、神への不服従のために楽園を追われる。
以後男には労働の苦労、女には産みの苦しみが課された。
したがって欧米文化の底流には、知恵がもたらす進歩への賛美と疑問の両面価値による葛藤が存在する。
脚本もてがけたベッソン監督の脳裏にイブの姿が浮かばなかったはずはない。
その意味で、脳の進化によって驚異的知恵を獲得する栄誉と犠牲を担うのが男性ではなく、女性であるのはうなずける。
『Lucy ルーシー』は、胸がすくようなキレのいいアクションと超モダンでエキゾチックな風物で魅了するだけでは終わらす、
脳をめぐる最先端の研究と技術について議論をかわす良い機会を与えてくれる。

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(C) 2014 Universal Pictures
 
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