マクベス


『マクベス』 原題Macbeth  
製作年2015年   製作国イギリス 配給 吉本興業 上映時間 113分
映倫区分 PG12 言語 英悟
スタッフ:
監督 ジャスティン・カーゼル/ 製作 イアン・カニング/ エミール・シャーマン、ローラ・ヘイスティングズ=スミス  
製作総指揮 テッサ・ロス
キャスト:
マイケル・ファスベンダー:マクベス/ マリオン・コティヤール:レディ・マクベス /エリザベス・デビッキ/
パディ・コンシダイン /ショーン・ハリス
公式HP: http://macbeth-movie.jp/
2016年 5月13日(金)Roadshow

(C)2015 / STUDIOCANAL S.A. - Channel Four Television Corporation 2015

『マクベス』――男の「心の闇」を生むものは女

                         清水 純子

ジャスティン・カーゼル監督は、1606年ウィリアム・シェイクスピア作『マクベス』を原作の重層的なせりふと陰翳に富んだ物語性を保ったうえで、現代の観客にわかりやすく、かみくだいて映像化している。
カーゼル版は.実在のスコットランド王マクベス(1040–1057年)の時代背景を再現しながら、現代人との心的共通性「心の闇」に光をあてる。

1.時代再現
a. 戦闘場面
勇猛果敢な気性とすぐれた戦闘テクニックによって主君ダンカン王の窮地を救った名将マクベスの男気(おとこぎ)を示すために、多くの戦闘場面とアクション場面を盛り込む。
17世紀スコットランドの戦いは、兵士同士が槍や剣を持って敵と一騎打ち(戦場で戦士同士が一対一で戦う戦闘手法)を原則としていたので、兵士個人の腕力と運動神経が直接反映されていた。
敵を倒す時は、胸を射抜いたり、首を切り落として、死を確認していたので、兵士は人間を標的にした食肉加工業者のように見える。

b. 素朴な生活様式
11世紀の城は、石と岩を積み重ねた素朴な作りで、戦士の休む兵舎は木に布を貼りめぐらした簡素なものであり、王侯貴族のまとう衣装も普段着は、毛布か一枚の布にしか見えない。王と王妃は、王冠を被って光る装飾品をつけて身分が高いことを示すが、この戯曲の舞台が現代でないことを観客に認識させる。

c. 薄暗い空間
電気もガスもなかった11世紀は、夜は漆黒の闇で覆われた。
石で造られた室内は、昼でも薄暗く、ろうそくの光によってぼんやり照らされる薄暗い空間であった。
亡霊や魑魅魍魎が活躍するには絶好の場所であったに違いない。

d. 迷信
科学や合理的理性が未発達であった時代は、キリスト教に反目する闇の生き物である魔女や悪魔の力に対する恐怖と羨望が、人間の心を支配した。
マクベスも、任務や人間関係が順調な時は、闇に潜む幻影に迷うことはなかったが、ひとたび悪事に手を染めて、その心が闇をさまようと、迷信と幻覚に迷って人格が崩れ出す。

心の闇――3種の女イブ
『マクベス』の現代性は、現代人と変わらない「心の闇」を映し出している点にある。
反乱に悩まされていたスコットランド王ダンカンの窮地を救ったマクベスは、本来は正直で勇敢な一本気の男であった。
その男らしい男の「心の闇」をあぶり出し、地獄に落とすものがいた。それは、旧約聖書の時代と変わらぬイブ「女」である。
カーゼル版『マクベス』を注意深く見ると、マクベスの乱心のきっかけを作ったのはすべて女であることが見てとれる。

a. 埋葬される幼いイヴ
映画の冒頭は、白衣を着て横たわる美しい少女を映し出す。天使のような幼女は、マクベス夫妻の一人娘である。
死者があの世で困らないようにと、閉じた両目に石を載せる儀式の後、火葬されるわが娘の前で、抱き合って慰め合うマクベス夫妻の悲しみが伝わる。マクベスが後継ぎを失ったこと、マクベスが王座についても「実らぬ王冠」にしかならないことをこの場面は示している。世継ぎを失くしたマクベスの心に子持ちの者に対する嫉妬心が芽生え、疑心暗鬼を呼び、マクベスが自ら墓穴を掘るきっかけになることを早くも暗示する。この幼い姫の火葬は、『マクベス』 が「死」が綾なすドラマであることも告げる。

b. 3人の魔女のイブ
マクベスの暗い野心に火をつけるのは、有名な3人の魔女である。マクベスを「王になるお方」と呼び、「女の股から生まれたものはマクベスを倒せない」「バーナムの大森林がダンシネインの丘に攻め上って来なければマクベスは安泰」と安心させるが、実は言葉の彩による誤報を予言の形で与え、主君殺害の「禁じられた果実」をそそのかす。3人の魔女の役割りは、旧約聖書の「創世記」の蛇に相当する。

c. マクベス夫人のイブ
蛇役の3人の魔女の預言の次は、アダムであるマクベスを楽園追放の運命に誘うイブ役のマクベス夫人の登場である。
権勢欲が強く、邪悪な欲望を持つマクベス夫人は、魔女の預言を夫から伝え聞き、王妃になろうと策略をめぐらす。
マクベス夫人は、優秀な軍人ではあるが、世事にうとく、依頼心が強い赤子のような側面を持つ夫のマクベスの野心を奮い立たせ、王殺害計画を練り、後始末までする。
男顔負けの激しい気性と出世の野望を持つマクベス夫人は、受験生の尻をひっぱたくママゴンの迫力でマクベスをしごいて、目的を果たす。

3種の女イブ(死んだ娘、3人の魔女、マクベス夫人)に屈したアダム
女の入れ知恵によってマクベスは、主君殺害を経て王冠を手にする。
女たちによって心の底に沈めていた暗い野望、「心の闇」を掘り起こされ、実行をそそのかされて、果たしたマクベスだが、
罪は疑惑を呼び、疑惑は新たな犯罪を呼び、マクベスは心の平安を失ってずるずると地獄へ落ちていく。
狂死したマクベス夫人についで、魔女たちの預言も結果的にマクベスを混乱させる導火線でしかないことを悟ったマクベスは、かっての仲間マグダフの手にかかって、あっけなく死ぬ。
マグダフが「女の股から生まれず、帝王切開によって腹から生まれた」ことを知った瞬間、マクベスは、力が抜けて当然のことのようにマグダフの刃にかかる。
映画で見るかぎり、マクベスは勝てたかもしれないのに、戦いを投げ出して力尽きる。
マクベスは、マグダフとの一騎打ちに敗れたというよりは、魔女の預言に縛られて、抵抗できないまま死んだように見える。
アダムであるマクベスは、最後まで、女イブの甘言に乗せられて、女の言葉の呪縛を解くことができずに、女に操られて身を亡ぼしたように見える。

時代を超えるイブの誘惑
旧約聖書の時代から現代の小説や映画で人気の悪女ものに見られるように、イブは常に無垢なアダムをかどわかして、楽園追放の運命に引きずりこむ魔力を持つとされる。
『マクベス』は、西欧文化に流れるイブの誘惑によって罪を犯し、堕落していくアダムのもう一つの物語なのである。
『マクベス』は、イブの罪深い誘惑とアダムの堕落というテーマが、マクベス王在位の11世紀から原作者シェイクスピアの16世紀および17世紀を経て、映画制作の21世紀に至るまで、有効であり、認知され、人気を保っていることを証明する。


 ©2016 J. Shimizu. All Rights Reserved.  16 April 2016

(C)2015 / STUDIOCANAL S.A. - Channel Four Television Corporation 2015

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