マップ・トゥ・ザ・スターズ

『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(原題Maps to the Stars)  
スタッフ:
監督デビッド・クローネンバーグ 
製作マーティン・カッツサイード・ベン・サイード
脚本ブルース・ワグナー 撮影ピーター・サシツキー
キャスト:
ジュリアン・ムーア(ハヴァナ・セグランド )/
ミア・ワシコウスカ (アガサ・ワイス )/ジョン・キューザック(父スタッフォード・ワイス )/
ロバート・パティンソン( 運転手ジェローム・フォンタナ /オリビア・ウィリアムズ (母クリスティーナ・ワイス )/
製作年:2014年
製作国:カナダ・アメリカ・ドイツ・フランス合作
配給:プレシディオ
Youtube : https://www.youtube.com/watch?v=ly6Equ9eYPU

(c) 2014 Starmaps Productions Inc./Integral Film GmbH


『マップ・トゥ・ザ・スターズ』――ハリウッド・セレブの悪夢      

                清水 純子

『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(Maps to the Stars)は、ハリウッド・セレブの悪夢をこれまでないほどリアルに、風刺的に、怖ろしげに描く。ハリウッドで成功することは、アメリカン・ドリームの実現である。
ハリウッドのセレブは、有名で人気があるだけでなく、大金持ちでもある。セレブは、豪邸に住んで使用人をあごで使い、昔の王侯貴族のような豪華な生活をしている。

大金を寄付したり、慈善活動に駆り出されることもあるが、それは逆にハリウッド・セレブが社会的にも経済的にもアメリカにおいて王族の地位と機能を持っていることを意味する。
本物の王族は血統で決まるが、アメリカの王族待遇のハリウッド・セレブは、努力とチャンスさえあれば誰でもなることができるようにみえる。
ここにアメリカの夢の落とし穴がある。
セレブを夢見た者の大半は、夢破れて敗残の屈辱を味わう。かりにセレブになれたとして、はたして幸福になれるのか?
この映画はそうではないと言っている。 

『マップ・トゥ・ザ・スターズ』は、ハリウッドの惨劇をセレブの家庭崩壊の形で表す。冒頭のシーンで「いけない子守」のTシャツを着た女の子アガサ(ミア・ワスコウスカ)がタクシーを拾い、運転手(ロバート・パティンソン)に「スターの家に行く地図(Maps to the stars)を持っている?」と聞く。

運転手はスターをたくさん乗せたことを語り、自分も俳優を目指して脚本も書いていることを明かす。
この運転手は『マップ・トゥ・ザ・スターズ』の脚本家ブルース・ワグナーの自画像であるから、物語はセレブの家庭内惨劇を見聞きした人物の視点から明かされる。
アガサは落ち目の大女優ハバナ・セグラン(ジュリアン・ムーア)のメイドとして働くことになるが、アガサこそが展開される惨劇の火種になる人物である。
アガサは、ハバナが診察を受けるセラピストのスタッフォード・ワイス博士(ジョン・キューザック)の娘で、『いけない子守』の子役スターのベンジー(エヴァン・ヴァード)の姉であるが、数年前自宅に放火したために療養所生活を送り、出所した。
顔の頬と体に火傷の傷を持つアガサは、一見いたいけな18歳の少女に見えるが、実はサイコ(精神異常者)である。
アガサの出所によってワイス一家はおぞましい形で崩壊する――13歳の弟のベンジーは、共演の4歳の子役を半殺しにして役をおろされ、絶望した母は焼死、弟ベンジーと姉アガサは心中する。
アガサの恋人の運転手を誘惑してアガサの嫉妬を煽り、アガサの火傷の跡を罵倒したハバナは、アガサの振りかざすオスカー像で殴り殺される。

監督のデヴィッド・クローネンバーグは、ワグナー脚本によるセレブの悪夢を複雑に、抽象的イメージを交錯させて描く。
クローネンバーグのグロテスクであると同時に美しい映像を読み解くには、以下のキーワードが助けになる。

近親相
近親相姦は二世代にわたって受け継がれ、因果応報の相似形として描かれる。
11歳で自宅に放火したアガサは、幼い弟ベンジーに睡眠薬を飲ませて焼き殺そうとした。
アガサは数年後、スターになった13歳のベンジーの元に現れ、父母から盗んだ結婚指輪を交換しあい、結婚の誓いをたてる。
その直後、姉アガサと弟ベンジーは「ロミオとジュリエット」きどりで大量の薬を飲みほし、心中する。
姉と弟の心中は、近親相姦的感情の結実であるが、姉弟の関係は両親のあり方にならっている。
父スタッフォードと母クリスティーナは兄と妹であったが、別々に育てられたためにその事実を知ることなく大学で出会い、大恋愛の末、二人の子供をもうけてしまった。
自分の血のただれたルーツを知ったアガサは、傷つき、心を病み、その元である両親と結果である自分と弟を火によって消去させようとして失敗した。
母の焼死と放心状態の父を確かめたうえで、アガサは自分と同じく犯罪者になった弟を死に誘い、今度は罪の元と結果を完全に断つことに成功する。

ァック
『マップ・トゥ・ザ・スターズ』のセックスは、愛の結果ではなく、攻撃の武器として用いられる。
ハリウッドのセックスは、慾得ずくで自分を売り込むためのファックであり、相手を卑しめ、制服する道具としてのファックである。
大女優であるが年齢と共に役にありつけず焦るハバナは、映画界に顔の利く男ともう一人の女を加えてトリプル・プレイに興じる。
電話で中断する男の前で女とレズビアンにふけるハバナは、「私の名前を出して」とねだる。男は自分の性器を鼓舞しながら「しゃぶったらおまえの名前を出してやる」と楽しげに脅迫しながらハバナをいたぶる。
ファックによって貶められたハバナは、自分よりも弱者であるメイドのアガサにあてつけて腹いせをする。
排便しながらアガサの男性関係を聞きだし、運転手と恋仲であることをつかんだハバナは、有名になりたがっている運転手の弱みにつけ込んで強引に誘う――
「私の方がアガサよりきれいだと思う?アガサの穴よりいいと思う?突っ込みたい?」と露骨に迫り、自宅の庭の車内でファックする。
窓ガラス越しに怒りを抑えて覗くアガサの視線に気づかないハバナは、車から降りながら白いマフラーで前をふいて、アガサをいじめに室内に入っていく。

スカトロジー(糞尿趣味
スカトロジー(糞尿行為)は、ハリウッドにおいては異様な形で登場する。
スカトロジーは、どの文化のどの時代においても最もプライベートで隠すことが上品とされるが、王侯貴族並みであるハリウッド・セレブにはその常識は通用しない。
古来、王侯貴族の糞便行為は、私事ではなく公的行為とされてきた。
王侯貴族は、従者の前で排便し、健康状態をチェックされるのが公的平和の維持に必要とされるからである。
しかし、ハリウッドのセレブの排泄物は、有名人の付属品として高く売り買いされることもある。
ベンジーの仲間の若手アイドル俳優が自分の糞便が業者によって高い値をつけられ、バキューム・ホースによって吸い取られたと話す。
超人気スターの鼻紙がファンの間で高値で売買されたという噂も聞いたことがあるので、まったくの冗談でもないのだろう。 
印象的なのは、便秘に悩むハバナがトイレの扉を全開にしてメイドのアガサに「薬を買ってきて」と命じる場面である。
ハバナは、便器にまたがりながら、二度も大きなおならの音を聞かせ、アガサのセックス・ライフを根掘り葉掘り聞きだす。
そのあげくハバナは、自分の便が臭いといって脱臭剤をまく。
アガサは従順に笑顔で見守るが、この行為は、親しさを装ったハバナのアガサに対するパワハラであり、セクハラである。
吉田広明は、ハバナのこのトイレの場面が必要なのは、ベンジーとの対照性のためだ(吉田Review)と指摘する。
ベンジーはライバル意識を感じている4歳の子役とトイレで一緒になり、亡霊の女の子と見誤って殺そうとするからである。
ハバナがまたがるのは様式トイレなので映像におさまっていたが、これが和式だったら、さすがのクローネンバーグもこの場面を採用しただろうかと意地悪に想像してしまうところである。

亡霊 
ハリウッド・セレブであるハバナとベンジーは共に亡霊に悩まされている。
ハバナは焼死した伝説的大女優である母クラリス・ダガードの亡霊に捕りつかれている。
ファックのトリプル・プレイの最中にレズ相手の女が突然、若い頃の母の姿に変わり、ハバナは脅えて部屋から逃げ出す。
クラリスの代表作『盗んだ水』のリメイクの主役を代役で勝ちとったハバナはTVのインタビューで、母の思い出話をするが、後に母の亡霊が記憶違いを責めに現れる。
ハバナは、幼い頃、母クラリスに性的虐待を受けたと記憶するが、それは母ではなく、義父であった可能性が示される。
母の亡霊は、母に対するハバナの屈折した敵意と劣等感の反映である。
13歳のベンジーは、血液の病気で治療中の女の子を病院に見舞いに行くが、女の子は亡くなる。
花嫁姿をした女の子は、4歳の男の子役に姿を変えて現れてベンジーを殺人未遂罪に導く。
夜のプールサイドに、亡霊の女の子は紫色の水着を着て、水死したはずの3歳のマイカと共に待ち伏せしている。
ベンジーが怒って威嚇すると笑い声をたててプールの水に飛び込んで消える。
追いつ追われつ、金銭で値踏みされ続けるハリウッド・セレブはそれぞれなにかの脅迫観念にとりつかれている。
スターのトラウマやオブセッションが亡霊という形をとって個々に現れると解釈できる。

ドラッグと銃
ドラッグと銃はアメリカの抱える大きな問題である。
ドラッグも銃も法の規制をかいくぐって、ローティーンにとどまらず、幼児まで被害者と加害者にしてしまう。
ベンジーは、ネット・オークションのe-bayで買い求めた古い銃を不用意にいじくりまわして仲間の愛犬を誤射する。
13歳なのにドラッグ中毒患者であるベンジーは、完全に薬をやめられないために幻覚から亡霊を見て、殺人未遂に至る。
薬断ちの療養後の復帰第一作である新作の撮影は中止になり、ベンジーはスターの座から転落する。

火と水
火と水のイメージがセレブの悪夢を大きく支配する。
火は、アガサの起こした放火事件にまつわるスキャンダルと心の闇を象徴する。
アガサの心の炎は両親の近親相姦を知ったことによって点火され、アガサは火を持って火を消そうとして失敗した。
アガサの放火による一族抹殺未遂事件は、醜い火傷の傷となってアガサを苦しめるばかりでなく、家庭崩壊の元になる。
弟ベンジ―が殺人未遂によって社会的に葬られるのを嘆いた母は、アガサの希望とおりに焼死する。
火は近親相姦の罪を消し去り、狂気を罰するものとしてはたらく。
水は、セレブのトラウマとしての亡霊を呼び出す装置である。
ハバナの母クラリスの亡霊が現れるのは、バスタブの中からである。
アガサの母が暗い思い出に嗚咽するのもバスタブに浸っている時である。
ベンジーが女の子の亡霊に惑わされて殺人未遂を犯すのも水回りであるトイレ内である。
さらにベンジーが女の子とプールで水死した幼児マイカの亡霊に出会うのはプールサイドである。
ベンジーが姉に誘われて心中するのがプールサイドであることから、子供二人の幽霊は、ベンジーの死の予兆であり、死の国への水先案内として登場したと考えることもできる。
火も水もこの映画では、災難と狂気へと導くものであると同時に最終的には「死」を象徴する。

風刺
13歳の子役ベンジーの大人とも子供ともつかない奇妙な雰囲気をエヴァン・バードはよく出している。
つき人の大人の男に横柄に命令し、「ユダヤのゲイ野郎(Jew faggot)」とののしるベンジーのリトル・ネロのような態度には驚かされる。
人気と契約金がすべての世界で勝つことによってしか存在価値を与えられていないベンジーは、ひねこびた子供である。
大人でも子供でもないベンジーの言動は観客にショックを与える。
べンジーの仲間のティーンエイジャーのアイドルらしき青年は、エドワード・ファーロングに似ている。
ファーロングは、アルコール/ドラッグや遊びで身を亡ぼした」(D姐)そうなので、これも見る人が見れば思い当たる風刺的設定である。 
ワイス家の家長を演じるジョン・キューザックは、ベンジーと同じく、ハリウッド・ファミリーに生まれ、子役として活躍した後に今日の評価を勝ち得た俳優である。
キューザックは、ハリウッドはすごく残酷な場所だから助けを求めたいという気持ちを持っているセレブも多いし、そういう気持ちを利用する詐欺師もたくさんいると語る(キューザック)。
彼の言葉――「[ロサンゼルス]は、非常に中毒性のある場所で、人は嘘をつくし、恐怖感も味わうことになる。
喜劇的な場所でもあり、非常に危険な場所でもある。ここには、開拓者もいれば、詐欺師もいる。
すごく奇妙な狂気が渦巻いている場所だと思う」(キューザック)――がハリウッドという魔都を雄弁に表している。
アガサをハバナに紹介したやり手の脚本家キャリー・フィッシャーは、本人が実名でカメオ出演している。
キャリーは、『スター・ウォーズ・シリーズ』でレイア姫を演じた後、映画の脚本家に転じた。
彼女は歌手エディ・フィッシャーと女優デビー・レイノルズの娘として生まれたハリウッド二世であり、キャリーの娘も女優として活躍中である。

ハリウッド・セレブの伝統は映画の内外で途絶えることなく続く。
ハリウッドの風刺のために本物のハリウッド・スターが実名で登場するのは究極の風刺の手法である。

参考文献:
キューザック、ジョン 『父と息子の関係性は一筋縄ではいかない』『Maps to the  Stars パンフレット』プレシディオ(松竹株式会社事業部)、2014年
D姐(ABC振興会主催)「虚構の楽園ハリウッドの実体」『Maps to the Stars
パンフレット』
吉田広明 「Review 穏やかに狂った世界」『Maps to the Stars パンフレット』

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