マリアンヌ 清水

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『マリアンヌ』(原題Allied)
製作年2016年/ 製作国アメリカ/ 配給 東和ピクチャーズ/
上映時間124分/ 映倫区分 PG12
オフィシャルサイト: http://marianne-movie.jp/
2017年2月 TOHOシネマズ 六本木ヒルズ他、全国ロードショー
スタッフ: 監督:ロバート・ゼメキス/製作グレアム・キング 、ロバート・ゼメキス、スティーブ・スターキー/製作総指揮:パトリック・マコーミック、スティーブン・ナイト、デニス・オサリバン、ジャック・ラプケ、ジャクリーン・レビン/脚本:スティーブン・ナイト/撮影:ドン・バージェス/美術ゲイリー・フリーマン/衣装ジョアンナ・ジョンストン/編集ジェレマイア・オドリスコル、ミック・オーズリー/音楽:アラン・シルベストリ/
キャスト:ブラッド・ピット:マックス・ヴァタン/ マリオン・コティヤール:マリアンヌ・ボーセジュール/リジー・キャプラン:ブリジット・ヴァタン/マシュー・グッド:ガ イ・サ ングスター/ジャレッド・ハリス: フランク・ヘスロップ/




『マリアンヌ』――愛は劇薬!久々のハリウッドの香り    
                 

                         清水 純子


贅沢なハリウッド製ドラマ
 『マリアンヌ』はおいしい映画だった! 久しぶりにハリウッドの良質で、かぐわしい香りに巡り合えた満足感が体いっぱいに広がっていく。
 料理の素材は、依然として二枚目であり続けるブラッド・ピットに、フランスの美人女優マリオン・コティヤールを加えて、味つけは、第二次世界大戦中のカサブランカ、パリ、ロンドンを舞台にしたスパイ活動、それにラブ・ロマンスと裏切りをソースに絡み合わせる。贅沢でロマンチック、はらはらさせるサスペンスにあふれ、甘く切ない気分にひたらせる。でも、見た目が麗しいだけではない、ヒューマニティあふれる栄養価がつまったうえに、ぴりりと刺激的な香辛料が味をひきしめる。これぞハリウッド製極上品、グルメの舌を堪能させる絶品である。

 サハラ砂漠にパラシュートで降り立った兵士マックス、砂ほこりだらけの荒野に一台の車がやってきて、マックスをカサブランカのレストランに予定どおりに連れていく。
マックスは、妻を名乗る初対面の女マリアンヌによって、常連たちに紹介される。
 ケベック生まれのカナダ人マックスは、カサブランカ駐在のドイツ大使暗殺の指令を帯びて、イギリスの特殊作戦執行部(SOE)から派遣された。マックスは、フランスのレジスタンス運動の女闘士マリアンヌと夫婦を偽装して、ドイツ大使館のパーティに乗り込み、暗殺するために周到な計画を立てた。マックスに一目惚れしたマリアンヌは、マックスを誘惑するが、任務遂行に愛は邪魔というマックスの堅い信念のもとに退けられる。しかし、暗殺決行の前日、お互いの感情が抑えられなくなり、砂塵に包まれたサハラ砂漠の車中で二人は結ばれる。
 激しい銃撃戦にもかかわらず、マックスとマリアンヌは、ロンドンへと生き延びる。マックスは、才気煥発で美貌のマリアンヌに結婚を申し込み、戦火のロンドンでマリアンヌは女児を産む。二人は、順調に愛を育むように見えたが、マックスの上官の懸念どおりの事件が起きた。マリアンヌに二重スパイの疑いがかかったのである。マックスの氏素性は明らかだが、マリアンヌの過去については、マックスは実は何も知らなかった。しかし、「自分の娘まで生んだ女が自分を裏切るスパイであるはずがない」と信じたマックスは、マリアンヌの潔白を証明しようと軍の命令に背いて、独自の捜査を開始する。感の鋭いマリアンヌは、夫の異変に気がつき、何かを決意しつつあった。


愛は劇薬
 マックスとマリアンヌの誤算は、愛はすべてを補うと信じたことである。堅い愛情で結ばれても、夫婦はうまくいかないことがある。どちらかに社会的に不透明で危うい要素があれば、二人の関係は亀裂が入り、砕け散る場合もある。マリアンヌを全面的に愛し、信じたマックスは、命をかけてマリアンヌを守ろうとした。
 しかし、マリアンヌは、マックスが信じたような女ではなかった。マリアンヌは、軍の上層部が疑うとおりの女であった。イギリス軍に奉職する夫の敵ドイツに情報を渡していたマリアンヌに弁解の余地はない。マックスへの愛が本物であったとしても、それは男女間の愛にすぎず、マリアンヌは社会的にマックスを大きく裏切り、夫の命まで危うくした。妻がスパイであった場合、自らの手で始末できなければ、マックスは処刑されるからである。
 スパイの掟を知っていたはずのマリアンヌがなぜマックスと結婚したうえに、その娘まで生む向こう見ずを犯したのか? マリアンヌの側にもマックスへの一途な愛情があって、感情を抑えられなかったからである。愛はすべてを覆い隠すと信じたのは、マックスだけではなく、マリアンヌの誤算でもあった。
 真剣に愛し合ったことが二人を破滅に導いた。マックスは、上官の言う通り、得体の知れないスパイかもしれない女と結婚したのがミスだった。マリアンヌにとっても、スパイから抜けられない以上、敵方の男と結婚すべきではなかった。スパイ活動には、敵と同居は便利だが、マリアンヌは本気でマックスを愛したのだから、中途半端な状態はやめるべきだった。冷徹なはずのマリアンヌの判断を狂わせたのは、激しい愛だった。
 愛は適度であれば薬として人生を豊かにスムーズに進ませる良薬かもしれないが、過度に摂取すると、劇薬になることもある。愛は、過度に使用するときわめて危険性の高い医薬品、つまり劇薬である。濃密な愛は、中毒作用によって正常な判断を狂わせ、微量な摂取でも致死量に至ることもある劇薬なのである。劇薬の域に達した愛は、取り扱いと保存方法に細心の注意が必要だったのに、愛の中毒状態に至っていた二人は、慢心していたのである。


の劇薬が招く死のエクスタシー  
 自分の裏切りによって、最愛の夫マックスの命がないことを悟ったマリアンヌは、自らに罰を下す。幼い娘をマックスに託して、夫と夫の上官の目の前で自死してみせる。
死によって、夫への愛と忠誠、夫の名誉回復を償ったマリアンヌは、妻として母としての面目を回復した。逃げ場を失ったマリアンヌに死以外の選択肢はなかったとはいえ、二人の愛が現実での破壊にもかかわらず、究極の完結をえた印象を与えて、カタルシスが存在する。マリアンヌは、愛という劇薬を死をもって良薬に転化させることに成功した。その後のマックスと成長した娘のしあわせな姿が、マリアンヌの自死の決断の正しさを証明する。マリアンヌは、裏切りを償う死によって、愛の劇薬を良薬に転化させたのである。

©2017 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2017. Jan.24

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