ミケランジェロ・プロジェクト

『ミケランジェロ・プロジェクト』(原題 The Monuments Men
スタッフ:
監督:ジョージ・クルーニー
脚本:ジョージ・クルーニー グラント・ヘスロヴ  
原作:ロバート・M・エドゼル(英語版)ブレット・ウィッター 作『ナチ略奪美術品を救え 特殊部隊「モニュメンツ・メン」の戦争』
製作:ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロヴ /製作総指揮:バーバラ・ホール(英語版)
キャスト:
ジョージ・クルーニー:フランク・ストークス (ハーバード大学付属美術館の館長「モニュメンツ・メン」のリーダー、モデルはジョージ・スタウト)
マット・デイモン:ジェームズ・グレンジャー(メトロポリタン美術館のキュレーター モデルはジェームズ・J・ロリマー)
ケイト・ブランシェット:クレール・シモーヌ( 美術品の行方を知る女性、モデルはローズ・ヴァラン)
ビル・マーレイ:リチャード・キャンベル(建築家、モデルはロバート・ケリー・ポウジー)
ジョン・グッドマン:ウォルター・ガーフィールド (彫刻家、モデルはウォーカー・カークランド・ハンコック)
ヒュー・ボネヴィル:ドナルド・ジェフリーズ(イギリス人歴史家、モデルはロナルド・エドマンド・バルフォア)
ボブ・バラバン:プレストン・サヴィッツ (詩や現代美術に詳しい男、モデルはリンカーン・カーステイン)。
ジャン・デュジャルダン:ジャン=クロード・クレルモン(ユダヤ系フランス人美術商、モデルは不明)
2013年製作、アメリカ製作、プレシディオ配給、上映時間118分、映倫区分G
2015年11月6日 TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開
公式HP:http://miche-project.com/


(C)2013 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

『ミケランジェロ・プロジェクト』ーー命に換えて美術品を守った男たち

                          清水 純子

ジョージ・クルーニー製作、監督、出演の『ミケランジェロ・プロジェクト』は、第二次世界大戦におけるユダヤ人狩りで悪名高いヒットラーのさらなる犯罪を明らかにした実話である。
「ネロ指令」という言葉を聞いたことがあるだろうか?
「ネロ指令」(Nerobefehl)とは、ナチス・ドイツ軍の敗北色が深まった第二次世界大戦末期の1945年3月、アドルフ・ヒトラー総裁が発令した「ライヒ領域における破壊作戦に関する指令」、つまりヒットラーが戦いに敗れてこの世から姿を消す時には、敵国には何も残さず、すべて破壊する命令である。
ヒットラーのこの「焦土作戦」(戦時に攻撃してくるものに防衛側の価値ある建物、施設、食糧を焼き払って利用させない戦略)は、治世下の都市ローマを自ら焼き払った暴君ネロにちなんで「ネロ指令」と呼ばれる。
ヒットラーは、故郷オーストリアのリンツに世界最大のミュージアム「総統美術館」を作る野望のために、第二次世界大戦中、イタリア、フランス、ベルギー、オランダ、オーストリアなどの欧州各国から膨大な数の美術品を組織的に略奪して、とりあえず様々な場所に隠匿させていた。
その数は二万点以上と言われ、ヒットラーが所望した美術品には、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」「モナ・リザ」、レンブラントの「自画像」、ラファエロの「若い男の肖像」、ゴッホの「ひまわり」、アングルの「黄金時代」、ファン・エイクの「ヘントの祭壇画」、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」、デューラーの「黙示録」、ボッティチェリの「パラスとケンタウロス」、ロダンの「カレーの市民」、ミケランジェロの「ピエタ」「聖母子像」が含まれる。
美術愛好家ならずとも、ため息が出るこれらの人類の遺産をヒットラーは、自分の死の道連れにしてこの世から消し去ろうと企んでいた。

なぜヒットラーがこれほどまでに美術品に執着したのか? その理由は、若い頃の挫折した画家志望にある。
ヒットラーは、ウィーン分離派の美大の受験に失敗してアーティストとしての夢を断たれたトラウマゆえなのか、政治家として権力と金力を握ってからは、生まれ故郷のリンツを世界一の美術館を持つメトロポリスに仕立てる妄執にとりつかれた。
ヒットラーが本当に芸術を愛したならば、人類共通の遺産である偉大なアートを亡きものにはできなかったはずである。
ヒットラーという男は、どこまでも自己中心的で残虐で卑小なカリギュラであった。

ヒットラーは、人も物も含めて生命の大切さが根本的に理解できないサイコパスであり、ソシオパスである。
美術誘拐愉快犯、変質者ヒットラーの手中におちた囚われの美術品救出作戦に乗り出したのが、「モニュメンツ・メン」の面々である。
7人からなる特殊部隊モニュメンツ・メンを起動したのは、ハーバード大学付属美術館の館長のストークス(ジョージ・クルーニー)である。
ストークスは、すぐれた美術品は人間の歴史と文化を記録した人類共通の遺産であり、人命にも劣らぬ貴重な命であり、破壊は人類の魂の死に相当することをルーズベルト大統領に訴え、ナチスからの美術品奪還プロジェクトを立ち上げる。

「モニュメンツ・メン」とは、第二次大戦中の1943年から戦後の51年まで、連合軍の「記念建造物・美術品・古文書」部に所属していた兵士たちをさす。
彼らの任務は、最初は教会や歴史的建造物への戦闘被害を少なくすることだったが、ドイツ軍敗北が迫るにつれて、ナチスが奪った美術品や文化財の捜索に変わっていった(エドゼル)。
7人は芸術に精通しているという意味においては精鋭部隊であったが、このチームの最大にして致命的欠陥は、全員が戦争経験ゼロの中年男からなることであった。

敗北間近を悟ったヒットラーの「ネロ指令」発布によって、囚われた美術品の命は風前の灯(ともしび)になり、連合国側の守備隊モニュメント・メンは窮地に立たされる。
窮状打開に大きく貢献したのは、ヒットラーの腹心ヘルマン・ゲーリングが美術品を隠していたパリのジュ・ド・ポーム国立美術館に勤める女性学芸員クレール・シモーヌ(ケイト・ブランシェット)である。
クレールは、強奪された美術品の行方を秘かに詳細に記したノートを持っていたのである。
クレールのノートのおかげで、モニュメント・メンは、ヒットラーのアルト・アウスゼー山荘のそばの岩塩坑であきらめかけていた美術品の多くとの対面がかなう。
ソ連軍に運び出されるのを怖れた住民によって閉じられた入口をなんとか爆破して、美術品たちにめぐりあえた歓びもつかの間、ソ連軍の到着まであと一日も残されていない。
総力を結集して美術品を運び出す連合軍、しかしモニュメント・メンの仲間が命と引き換えに守ろうとしたミケランジェロの聖母子像だけがどうしても見つからない。
あわやというところで、聖母にめぐりあったストークス。
自殺行為とも実行不可能だとも思われた奪還計画は、途中で貴重な二名の人命を奪われながらも遂行された。

金銭では買えないほど大切な美術品、時として人の命に換えても守らざるをえなかったこれらの人類の遺産は、無事保護されたとされる。
しかし、映画が明らかにするように、ナチスに奪われた後、すでに燃やされてしまった絵画や彫刻の数々、いまだに行方のわからない美術品があるのは事実である。
ナチスの信じがたい蛮行によって行方不明、あるいは生死不明になった美術品の運命やいかに?
彼らは灰になってしまったのだろうか? あるいは誰かの家で大切に匿われて養われてるのか? 
それとは気づかれずに監禁されたまま眠らされている美術品もいるのかもしれない。
ジョージ・クルーニーの肝いりで誕生した『ミケランジェロ・プロジェクト』は、観客の興味をそそるだけでなく、美術上の大切な史実を知らせている。
それなのに、本国アメリカでも日本でも何度も公開延期の憂き目にあっている。
それ以前に、英雄であるはずのモニュメント・メンの功績自体が長い間伏せられてきた。
2007年のアメリカ上下院議会でモニュメント・メンの功績を表彰することが決まって初めて、戦時中美術品を守るために命を懸けた男たちがいたことが明らかにされた。
美術品の強奪と隠蔽、散逸(時として秘密の売買)、贋作は、複雑な背景がある場合が多い。
背後に大国同士の力学、美術関係者の利害関係、時として大規模な犯罪組織が絡んでいる場合すらあると聞く。
そして美術品にとって最大の敵が戦争であることもこの映画は明らかにする。
第二次世界大戦にも懲りず、戦争は世界でやまない。
戦争勃発地域では、引き続き人類の大切な遺産の破壊と略奪が行われている。

複雑な事情にもかかわらず、美術品が文化であり、人間の魂であることを訴えた映画製作者のクルーニーは勇気がある

参考資料:
エドゼル、ロバート M 『ナチ略奪美術品を救え─特殊部隊「モニュメンツ・メン」
の戦争』 高儀 進 (監修) 白水社2010年    
『ミケランジェロ・プロジェクト』パンフレット プレシディオ宣伝部 2015年

Copyright ©J. Shimizu All Rights Reserved. 2015. Sept 19
 

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