ミモザの島に消えた母


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『ミモザの島に消えた母』 原題 Boomerang
製作年 2015年   製作国 フランス  
配球ファントム・フィルム 上映時間 101分 映倫区分G
後援 在日フランス大使館/アンステイチュ・フランセ日本
7月23日より東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国でロードショー
公式HP:http://mimosa-movie.com/
スタッフ: 監督フランソワ・ファブラ/ 原作タチアナ・ド・ロネ/ 撮影ロラン・ブリュネ/
音楽エリック・ヌブー
キャスト: ローラン・ラフィット:兄アントワーヌ/ メラニー・ロラン:妹アガット/オドレイ・ダナ:エンバーマーのアンジェル/ ウラディミール・ヨルダノフ:父シャルル/ ビュル・オジェ:祖母ブランシュ/ 母クラリス:ガブリエル・アジェ/ 謎のジャン:ケイト・モラン/リーズ・ラメトリー:元家政婦


『ミモザの島に消えた母』――海が沈めた名門一家の過去

                                 清水 純子

『ミモザの島に消えた母』 は、『サラの鍵』で話題を呼んだ小説家タチアナ・ド・ロネの映画化第二作目である。『サラの鍵』は、第二次世界大戦がユダヤ人少女の心に刻んだ癒しがたい心の痛手による悲劇を描いた力作であった。本作『ミモザの島に消えた母』でも、作者ロネは過去の隠された秘密が現在に及ぼす心への影響を精緻に追っている。

ロネにとって過去は過去で終わることは決してなく、現在と深くつながり、現在に直接影響を及ぼして、人の心と生活を支配する断ち切ることのできないものである。過去は投げられたブーメラン(作品の原題はブーメラン)のように、回転しながら飛行し、対象物である人間に受けとめてもらえないと元の位置、つまり沈められた真実を浮かび上がらせようとあがき、周りの人々にぶち当たって傷を負わせることもある。それだから、ロネの主人公たちは、過去が匿う秘密に注目し、真実を明るみに出すことに執着し続ける。原因不明のトラウマ(精神的外傷)によって苦しむ主人公は、現在をより良く、自分らしく生きるために、過去を掘り起こさなければならない。たとえ過去の秘密がタブーであっても、知らなければ、主人公は原因不明の苦しみから解放されることはないからである。

フロイトが精神分析で、患者に過去の出来事が心に与えた傷を思い出させて自覚させることによって苦悩の原因を取り除き、治癒したように、ロネの主人公たちも主として幼児期に経験したタブーを再認識することによって、精神的不安定を克服して新たな道を見出す。『サラの鍵』でジャーナリストのジュリアが隠された過去の真実を発掘して暴くことに執着したように、『ミモザの島に消えた母』の長男アントワーヌも30年前の母の謎の死の真相究明にこだわり続ける。

40歳間近のアントワーヌは、娘とも妻とうまくいかず別居中である。アントワーヌの心の均衡を乱すのは、家庭内のごたごたごたに加えて、30年前、自分が9歳の時に海で溺死したとされる母クラリスの死の謎である。母のことになると、父も祖母も口を閉ざしてしまう。母の遺体が見つかった場所も妙ならば、高級時計をして自殺するのも不思議、特に子煩悩だった母が幼い子供たちを残していくなどありえない。誰もが振り返る美貌の持ち主でパーティの花だった母、その遺品である時計に掘られた名前は「ジャン」、父は中古品を母にプレゼントしたので元の持ち主の名前がほられていたにすぎないと説明するが・・・美貌ゆえに常に注目を集め、名門の父のもとに嫁ぎ、玉の輿だと陰口を囁かれた母クラリス、クラリスに恋する男がいても不思議はない。仕事にかまけて家庭を顧みる余裕のなかった父の代わりをした人がジャンだったのか? アントワーヌはジャンをパリに訪ねてあっと驚く。

アントワーヌは、母の死の謎の究明に捕りつかれ、運転中に妹アガットと口論になって自動車事故を起こす。幸い一命をとりとめたアントワーヌは、母が収容された病院に担ぎ込まれ、自然に母の遺体安置室の前に足が向かう。アントワーヌに目をとめて、手を貸してくれたのがエンバーマー(遺体化粧師)のアンジェル。アンジェルは幼い頃、父の猟銃自殺に会ってこの仕事の素晴らしさに目覚めたという。世間的や体面を極度に気にして、過去のスキャンダルを封印しようとするラフィット家の人々とは対照的に、アンジェルは、封印された過去を明らかにしようともがくアントワーヌを励ます。母のことで頭がいっぱいのアントワーヌは、仕事に集中できず、工事現場監督まで首になるが、アンジェルは八方塞がりのアントワーヌを慰め愛を語り合う。懸命に過去の秘密を探るアントワーヌに父は怒り、祖母は心臓発作を起こして他界するが、アントワーヌが探り出した真実に感銘を覚えた妹アガットは兄に敬意を示し、かたくなだった父も折れる。

『ミモザの島に消えた母』でも、過去の真実隠蔽は、当事者たちの心の健康を損ない、今ある姿と現在を歪める。本当のことは、どんなに受け止めがたく、思い出したくないことでも隠蔽してはいけない、過去の傷を真正面から向き合うことによってしか、健全な現在は生み出されないのである。
風光明媚なミモザの花が咲きこぼれるノアルムーティエ島で、海の街道パサージュ・デュ・ゴワが沈めた最愛の母クラリスの死の真相を知った時はじめてアントワーヌは、過去の亡霊とトラウマから自由になって、地に足のついた自分の人生を歩くことが可能になった。再生したアントワーヌには、良きパートナーのアンジェル、それに偏見と過度のプライドを捨ててありのままの事実を受け入れる勇気を得たラフィットの家族がいる。

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25 May 2016


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