モンタナの目撃者


『モンタナの目撃者』

原題:THOSE WHO WISH ME DEAD/2021年 アメリカ映画 /
2021 年 9 月 3 日公開
上映時間:100 分 / スコープサイズ / 2D
字幕: 松浦 美奈 / 映倫区分:G / 配給:ワーナー・ブラザース映画

[キャスト]
アンジェリーナ・ジョリー(ハンナ) Angelina Jolie (Hannah)
フィン・リトル(コナー) Finn Little (Connor)
ニコラス・ホルト (パトリック) Nicholas Hoult (Patrick)
エイダン・ギレン(ジャック) Aidan Gillen (Jack)
メディナ・センゴア(アリソン) Medina Senghore (Allison)
ジョン・バーンサル(イーサン) Jon Bernthal (Ethan)

[スタッフ]
テイラー・シェリダン (監督/脚本/製作) Taylor Sheridan (Director/Screenplay by/Producer)/
マイケル・コリータ (脚本/原作) Michael Koryta (Screenplay by/Book by)
チャールズ・リービット (脚本) Charles Leavitt (Screenplay by)
スティーブン・ザイリアン (製作) Steven Zaillian (Producer)
ギャレット・バッシュ (製作) Garrett Basch (Producer)
アーロン・L・ギルバート (製作) Aaron L. Gilbert (Producer)
ケビン・チューレン (製作) Kevin Turen (Producer)
ブライアン・タイラー (音楽) Brian Tyler (Composer)

© 2021Warner Bros. Ent. All Rights Reserved


ストーリー:
森林消防隊員のハンナは過去に壮絶な事件を“目撃”したことでトラウマを抱えていた。ある日の勤務中、父の殺害現場を”目撃”してしまったがために暗殺者に追われる少年コナーに出会う。暗殺者たちによる父の死を間近で目撃したコナーは、父親が命をかけて守りぬいた“秘密”を握るたった一人の生存者だった。ともに“目撃者”である2人はタッグを組み、ハンナはコナーを暗殺者から守り抜くと心に決める。秘密を求めコナーの命を狙う暗殺者たちが刻一刻と2人に近づいていた。そして二人の前に広大なモンタナの大自然に燃え広がる未曾有の山林火災が立ちはだかる。彼らの行く手を阻む暗殺者と巨大な炎。コナーが命を懸けて守ろうとする“秘密”とは? ハンナは迫りくる暗殺者たちと自然の猛威という極限状態と戦い、コナーを守り抜くことができるのか?


「モンタナの目撃者」―映画の醍醐味は劇場にあり

                       清水 純子

★映画は劇場で!
 「モンタナの目撃者」を久しぶりに試写室で見た。
やはり映画は劇場で見るに限ると感じた。
コロナ感染症のために自宅にこもって、TVやパソコンの画面で見る映像は、迫力がない、臨場感に欠ける、映画が作りものであることを際立たせてしまう。DVD/Blur-rayでもストーリーはよくわかるし、それなりに楽しめるが、映画との一体感は味わえない。

 劇場にいると、映画の世界に一観客である自分がすっぽり包みこまれるのを感じる。
映画はヴァ―チャルな仮想現実の世界で起きている出来事なのに、自分も映画の中の一員になった気がする。
ヒロインのアンジェリーナ・ジョリーが相手役に話しかけると、観客である自分が話しかけられたような気分になる。
観客に自分も映画と同一平面に同時期に同席して、映画内に参加している錯覚を持たせる。

 一観客にすぎない自分にはセリフも与えられていないし、主役のアンジェリーナ・ジョリーは自分の存在に気づくはずはないのに、なぜか自分を見ていると思ってしまう。クールな男優や女優が恋人に甘い言葉をささやくと、観客もいい気分になるのは、その言葉が自分に向けられたものであり、役者が自分を見つめているかのような錯覚を覚えるからであろう。

 観客は映画の世界に呑み込まれて、登場人物と一緒に喜び、泣き、恐怖し、安堵する。
劇場で映画を見ると、映画はもはや作りものではなくなる。
観客席の背後で動く画像音声一体型の機械、デジタル・プロジェクターは、あたかもその場に役者が存在し、映像の現実には存在しない風景が劇場を映画の暗闇にとってかわらせる装置である。

 仮想空間を提供するはずの映画は、観客を丸ごと飲みこんで映画の世界へと転送してしまう。
それだから映画館の観客は、物語の流れに沿って、新たな冒険や出来事を体験できる。
映画内での経験は疑似体験でしかないのに、そうは思えない。

 その点で映画館での映画鑑賞は物語の中に入り込むという点で、単なる受け身では終らない読書体験に似ている。
DVDやBlu-ray 鑑賞ではなかなかそこまでの一体感は味わえない。
自宅でのDVD/Blu-ray鑑賞は、あくまで客観的にひとごととしての受け身の映像体験にすぎない。
映画のような一体感はなく、電話の音、玄関のベルの音、家人あるいは近くの人の接近によって、仮想現実の魔力はあっという間に崩され、現実に引き戻される。
 映画館の暗闇は、日常の人々の接近を妨げ、ノンストップで2時間前後の幽体離脱(意識や霊魂が肉体から離れている状態)を可能にする空間なのである。


★猛火のスペクタルと迫力
 「モンタナの目撃者」は、劇場上映のメリットを最大限に生かしている。観客をも焼き尽くすかのように画面いっぱいに広がる火の怖ろしさは想像を絶する。
 汚職を裁くはずの判事の邸宅は、ガス点検人を装った二人の殺し屋によって、あっという間に吹き飛ばされ、火に包まれる。殺し屋を疑うことなく笑顔で室内に招き入れた判事の美人妻も、その子供たちも恐らく一瞬のうちに形をなさない灰になったであろう痛ましさである。

 森林消防隊員のハンナの記憶の中にも火の怖ろしさは植えつけられている。判断ミスにより、森林火災で同胞を目の前で焼き殺され、助けを求める3人の子供の叫び声を聞きながら炎に包まれていく彼らをどうしようもなかったハンナの苦悩は、トラウマになってハンナを苦しめる。ハンナは森林火災の惨事を寝入ると悪夢の中で反芻して、うなされる。 森林火災は、落雷による自然現象でも起こる。殺し屋に命を狙われる少年コナンと共に森の中を駆け抜けていくハンナを雷は直撃せんとする。必死で逃げる二人を追いかけるかのように追い詰める雷は、銃を持った殺し屋並みに、あるいはそれ以上に怖ろしい。

 「モンタナの目撃者」の火の最大の怖ろしさは、人為的な山火事である。殺し屋たちは犯行を隠すために森へ放火する。小さな火の束はあっという間に森全体に広がり、木々はめらめらと音を立てて真っ赤に焼け、画面を威嚇するかのように覆いつくす。ハンナの高所に設置された森の監視小屋にも火の手は迫り、煙に包まれた空からは救助のヘリコプターも近づけない。

 殺し屋と山火事の挟み撃ちになって絶対絶命のハンナとコナンに救いの手を差し伸べるのは、水である。自然の猛威によって滅ぼされそうになった二人は、知恵を絞って火の大敵である水をたたえた川にすがって命拾いする。


★人間の悪
 「モンタナの目撃者」は、山火事を頂点とする自然界の火の怖ろしさを大スペクタルで描くが、一番恐ろしいのは自然災害以上に人間の悪意であることを思い知らせる。
 汚職を知った会計士の父を目の前で殺され、証拠の手紙を持って逃げる少年コナンを始末しようとした二人の殺し屋が山に放火したことによって自然は人間に牙をむいた形にされたからである。

 統計上も山火事の原因は落雷などの自然現象による場合は稀であり、その多くが人間の不注意(焚火、火入れ、たばこなど)によるものが半数以上、放火が1割ほどを占めるそうなので人災だと言える。この映画のように犯行を隠す目的で放火するなどもってのほかの蛮行で、殺し屋が火によって始末されるのは残酷とはいえ、当然の報いと言える。


★役者たちの魅力
 「モンタナの目撃者」の魅力は、まず第一にモンタナ荒野の豊かな自然である。やさしく人間を育み慰めると同時に、ひとたび機嫌を損ねると人間を滅ぼす神秘的で怖ろしい豊かにして圧倒的な自然の二面性である。

 しかしこの映画を大きく支えるのは役者陣の魅力である。大きな瞳に豊かな唇、バランスのとれたスタイル抜群の容姿に加えてアクションの切れもある美女アンジェリーナ・ジョリーは、今回は着飾る場面はなく、終始着古した作業着で通したが、それでも華があって見飽きることがない。

 彼女の私生活での国際的慈善活動や養子縁組の取り組みなどを知るファンにとっては、森林消防隊員ハンナは、はまり役である。父を殺され追われる少年コナンのフィン・リトルは、自然な演技で嫌味がない。
可愛いだけでなく、しっかりした意志を持つ少年をけなげに演じる。殺し屋の二人の男たちも、一見ふつうの人に見えるなにげなさが、逆に恐ろしさを引き立てている。

©2021 J. Shimizu. All Rights Reserved. 12 July 2021


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