ナチュラルウーマン(清水)

Ⓒ2017 ASESORIAS Y PRODUCCIONES FABULA LIMITADA; PARTICIPANT PANAMERICA, LCC; KOMPLIZEN FILM GMBH; SETEMBRO CINE, SLU; AND LELIO Y MAZA LIMITADA

監督・脚本:セバスティアン・レリオ『グロリアの青春』『Disobedience』 出演:ダニエラ・ヴェガ、フランシスコ・レジェス、ルイス・ニェッコ 2017年/チリ・ドイツ・スペイン・アメリカ作品/スペイン語/104分/原題:Una Mujer Fantástica/英題:A Fantastic Woman/ 提供:ニューセレト/配給:アルバトロス・フィルム/ 2018年 2月シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

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『ナチュラル・ウーマン』――トランスジェンダー女優が演じるサンティアゴの女

                               清水 純子


*ナイトクラブの歌姫と初老の紳士
 チリ、サンティアゴのナイトクラブ。きらきらと黒豆のように輝く瞳の黒髪の美女が、「あなたには飽きたわ、ごみ箱にポイよ」と現代娘風に、あだっぽく歌っている。舞台間近の客席に、初老の紳士が現れ、相槌をうって微笑みながら彼女を見つめる。突然美女の顔がぱっと輝いて、紳士の方をちらちら見る。明らかに彼の存在を意識した美女はなまめかしさを増して、ますます誘うように歌い続ける。親子ほど年の違う二人だが、男性は売り出し中の美人歌手の父親ではなさそう、だとするとファンか?それともパトロンか?
 舞台が引けると、二人はアパートでベットイン。夫婦ではなさそうだが愛人関係にあるらしい。美女の名はマリーナ、男性は会社社長のオルランドである。くつろぎのひと時を迎えた時、突然オルランドが苦しみだす。慌てたマリーナは病院に向かう支度をするが、その最中にオルランドが階段から転落する。マリーナの運転する車で病院に運びこまれたオルランドは、大動脈瘤破裂で死亡する。マリーナは、オルランドの弟に病院から連絡するが、「黙って病院から去るように、オルランドの家族には連絡しておくから」と言われる。マリーナは妻と成人した息子、幼い娘を持つ富裕層に属するオルランドの愛人だったのである。マリーナの出現によって、家庭崩壊させられたオルランドの遺族たちのマリーナに対する憎しみは激しかった。住んでいたアパートは追い出され、車もペットの犬も奪われ、マリーナは葬儀出席も拒否される屈辱と嫌がらせに苦しむ。

*マリーナは元男性?
 マリーナは、オルランドの元妻ソニアから「キマイラ(化け物)」とののしられる。妻にしてみれば愛人は憎き敵だから仕方がないが、長男からも「このおかま野郎」と蔑まれる。「おかまってどういうこと?」と観客はここで初めて驚く。実はマリーナは元男性だったのである。マリーナがオルランドの遺族たちに尋常でない痛めつけられ方をした理由は、愛人という以上に、トランスジェンダーの美女だからである。ノーマルな家族たちを捨てて、性転換した元男性に入れ揚げたオルランドを家族は気がふれたと恥じていた。オルランドをそんなふうにしたマリーナは、家族の憎しみと怒りの矛先になっていたのである。

*トランスジェンダーに対する差別
 マリーナがいつ、どうして性転換をしたのか、その背景や事情は語られない。しかし現実には、生まれた時から女であった妻のソニア以上にやさしくて慎み深く、魅力的な女マリーナである。それなのに、周りはマリーナを女だと認めない。オルランドの遺体の傷から殺人を疑われたマリーナは、警察で素っ裸にされて身体検査を受ける。そのあげく、オルランドとは親子ほど年が違うから、お金目当ての関係だったのではないか?と当てつけの尋問を受ける。
 オルランドの長男は、マリーナを女だと考えず、嫌がらせに昔の男だった頃の名前で呼び捨てる。長男にとって父とマリーナの関係は、男同志のホモ関係でしかない。

*逆境に吹き飛ばされないマリーナ
 恋人オルランドは、マリーナが妻ソニア以上に女らしいことを認めて愛してくれた。女になることを切望したマリーナには、女の体に生まれついたソニアのような慢心、おごり、油断はなかった。男にどうしたら女の魅力をアピールできるか、男は女にどうしてもらいたいのか、男を喜ばせるのにはどうしたらいいのか、について始終考え、創意工夫を怠らないマリーナに、女に生まれついたソニアは敗北した。かっては小粋であった面影をとどめるソニアだが、今は女の干物(ひもの)、化石の女としての姿をさらすにすぎない。ソニアの女としての存在証明は、干からびた子宮にしかないわけで、その器官を利用して得た産物である子供たちを武器に、ソニアはマリーナを無視し、オルランドとの関係を社会的になかったことにしようとする。幼い娘にショックを与えるからという理由でマリーナの葬儀出席を禁じるのは、残骸となった子宮を誇示することしか女としての優越性を誇示できなくなった、ソニアの屈折したプライドのなせる業である。
 世間一般がマリーナの性転換を否定するように見えるが、よくよく考えてみるとそうでもない。宿を奪われたソニアの窮地を理解してくれる姉夫妻がいる。警察の当てつけ捜査もオルランド遺族の差し金だったことがわかる。また美声の歌姫ソニアのオペラ歌手デビューを助けてくれる高齢の歌の男性教師がいる。そしてオルランドを歌手としての成功に導いたのは、亡霊になったオルランドであった。

*この映画のすごいところ
『ナチュラル・ウーマン』のすごいところは、トランスジェンダーの女性マリーナを、本物のトランスジェンダー女優ダニエラ・ヴェガが演じていることである。ヴェガは、とてもきれいで魅惑的な女の子であり、プレスシートを読むまでは元男性であったことは信じられなかった。警察の性犯罪科による身体検査と男性サウナに入るシーンで、ヴェガはヌードになるが、それでも元男性には見えない。やや胸が小さいかな、腰が体の割に細い、とは思ったが、モデル体型なのだろうとしか思わなかった。クリステン・スチュワート似のメリハリの利いた顔立ち、すらりとした体躯は、現代の女優に不可欠なものだからである。
 さらに驚いたのは、最後のシーンでマリーナが歌うヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』をダニエラ・ヴェガ自身が歌っていることである。吹き替えだとばかり思っていたが、ダニエラ・ヴェガは、8歳でオペラ歌手としての才能を認められたそうなので、ヴェガ自身の声だったのである。
 この映画では、正真正銘のトランスジェンダーと見事な歌声が「ウーマン」(女)の肉体に、あり得ないほど「ナチュラル」(自然に)溶け込んでいる。トランスジェンダーを気負わず、肩ひじ張らずに、自然に、まじめに描いている点で、好感度が高い。以前のトランスジェンダー映画は、冗談のオブラートに包んで観客に消化させようとしたためか、おどけて見せるものが多かった。しかし、『ナチュラル・ウーマン』に至って、自然体でトランスジェンダーを扱えるだけ世の中の受け入れ態勢は、少しずつ整ってきたということなのである。アメリカ映画ではなく、チリのサンティアゴが舞台の映画でトランスジェンダーをナチュラルな形で鑑賞できるようになったことは、歓迎すべき現象である。

©2017 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2017. Nov.8 

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