ネオン・デーモン(清水)

(C)2016, Space Rocket, Gaumont, Wild Bunch


『ネオン・デーモン』(原題The Neon Demon
製作年2016年/ 製作国フランス・アメリカ・デンマーク合作/
配給ギャガ /上映時間118分/ 映倫区分R15+
オフィシャルサイトhttp://gaga.ne.jp/neondemon/index.html
スタッフ:監督ニコラス・ウィンディング・レフン/製作レネ・ボーグルム、シドニー・デュマ、バンサン・マラバル/ 作総指揮クリストフ・ランデ/
キャスト: エル・ファニング: ジェシー/キアヌ・リーブス: ハンク/ カール・グルスマン: ディーン/ クリスティーナ・ヘンドリックス:ロバータ・ホフマン/ ジェナ・マローン: ルビー/


『ネオン・デーモン』――恐怖美が彩(いろど)るモデル業界 

                           清水 純子


人間であると同時に物である美の所有者 
 美は毒を含むことが多い。美しいものを見ると、皆が手を出したり、所有したりしようとする。そのためか、美を所有するものは、防御目的のため、あるいは多すぎる鑑賞眼と対処のための自己保存のために、結果として意地悪だったり、剣呑(けんのん)あるいは邪悪だったりする。際立って美しい生き物は、多くの視線を集める。その視線は、驚異、賞賛、あこがれ、嫉妬を含む。パンダがまだ珍しい生き物だった頃、動物園にはパンダを一目見ようとする人々の長蛇の列ができた。貴重品パンダは、大切に保護されていたにもかかわらず、人々の視線を浴びて、神経過敏になり、ストレスの病にかかったという。美術館あるいは博物館の展示物は、厳重な警備体制の下でしか鑑賞できない。もしも自由に触れることができたら、美術品は破壊され、持ち去られる怖れがあるからである。美術品自体が意地悪なわけでも出し惜しみしているわけでもなく、周囲の環境がそう仕組むのである。人間でも、際立って美しい人は、高慢だったり、わがままだったりすることがある。人間は物とは違って意志を持つので、半分は本人の問題であるが、残りの半分は周囲の環境がそうさせるのかもしれない。つまり極上の美の所有者は、人間であると同時に物であることを強いられる。


モデル業の暗黒 
 『ネオン・デーモン』は、際立つ美しさの貴重性を売り物にして、人の視線を集めるモデル業の内幕をグロテスクに、耽美的に描いたアート映画である。
血をしたたらせて寝椅子に横たわる金髪のうら若い女の姿が、画面いっぱいに広がる、椅子の下は血だまりになっている。眼をぽっかり見開いたまま、身じろぎしないこの美女は、殺害されたのか?それとも自害したのか? 観客は恐怖を感じるが、この死美人への好奇心から画面から眼をそらすことができない。突然、死体が起き上がり、このショットは映画内の虚構であったことがわかる。死美人は16歳のジェシー、ジョージアの田舎町から上京してきた。モデル志願のジェシーは、ネットで知り合ったカメラマン志望の青年ディーンが撮影したこの写真によって、モデル・エージェンシーと契約する。下着になったモデルたちを並べて呼び出して審査するオーディションでもジェシーは、気に入られて特別待遇を受け、先輩モデルのサラとジジの激しい嫉妬を買う。
 契約終了後、待っていたのは、トイレの鏡を割ってジェシーに襲いかかるサラだった。命からがら逃げたジェシーの安モーテルには、鍵を掛けない扉から、山猫が飛び込み、室内を荒らしまわっていた。孤児で駆け出しモデルのジェシーには選択の余地はなく、この部屋に住み続ける。夜中にドアのノブがぐるぐる回り、乱入の気配がやんだ後、ジェシーの隣室の未成年の女の子の部屋から悲鳴が上がり、惨事が起こる。犯人は、『サイコ』のノーマン・ベイツ風の覗き魔で、女性に屈折した欲望を持つロリコン中年管理人(キアヌ・リーブス)であった。おびえるジェシーは、親切なメイキャップ師ルビーの豪邸に逃げこむ。ところがルビーはレズビアンで、ジェシーに関係を拒否された後、鏡に不吉なマークを描いて、美しい庭の墓穴を確かめるように身を沈める。借り物だというこの屋敷に、突然サラとジジが現れる。3人の女たちに襲われたジェシーは、ルビーに空っぽのプールに突き落とされ、コンクリートに叩きつけられたジェシーは血まみれで横たわる。3人の魔女ルビー、サラ、ジェシーは、血しぶきを浴びた体をシャワーで満足げに洗い落とす。
 ジジは、ジェシーが消えたおかげで仕事を取り戻すが、撮影中にプールから視線を離せなくなり、気分が悪くなって皆の前で嘔吐する。ジジの嘔吐物の中からは、蒼い眼球が出てくる。眼球は、整形美女ジジが、天然の美しさをうらやんで盗みとろうとして食したジェシーの残骸であった。半狂乱になったジジは、ジェシーを体から追い出そうと刃物で胃を突いて死ぬ。サラはジジの吐き出したジェシーの青い眼玉を口に放り込む。3人の女たちは、ジェシーの美しさゆえに群がり、移ろいゆく美の退行を阻み、自分の体内に永遠の美をとどめようともがいたのである。


眼玉の持つ象徴性 
 美の化身ジェシーの眼玉をその美にあやかりたいと思っている先輩たちが争って呑み込む行為は、象徴的である。ギリシア神話の「グライアイ」と呼ばれる3人の魔女姉妹パムプレードー、エニューオー、デイノーが、一つの目玉を共有する話を思いおこさせる。モデルのサラ、ジジ、化粧師のルビーは、人間ではなく魔女に変えられている。他人の視線を極度に意識してとらえなければならないモデルや化粧師が、視線をとらえる器官である目玉を呑み込むのは、人々の視線のパワーを吸収して視線を自分のものにしたいという欲求を象徴する。
 さらに眼球は、フロイトによれば生殖力を意味し、眼球を奪われることは、去勢を暗示するという。ジェシーは女性だが、レズビアンのルビーにとって性的対象なので、その眼球を求める行為は、セックスと関連する。また他のサラ、ジジにとって、眼球は男のセックスのシンボルなので、男性カメラマンとの肉体関係によって仕事を得てきた彼女らにとって、眼球を飲み下すことは、男根吸引を意味し、結果的に自身の仕事と身の安定につながる。


視線によって魔女化するモデルたち 
a.鏡
 モデルたちの美を確認する機材として映画内では、まず第一に鏡が使われる。先輩モデルの嫉妬の視線、有名男性カメラマンの賞賛の素振りと視線によって、自信を得て尊大になったジェシーは、多面鏡に自分の美しい姿を幾層にも映して陶酔する。ジェシーに他者の視線を奪われ、人口美人の賞味期限切れを力ある男性カメラマンから宣告されたサラが当たり散らすのも、トイレの鏡である。サラは、鏡に向かって罵声を吐き、鏡を割る。サラは、鏡の破片でジェシーの手を傷つけ、吹き出た血を吸血鬼のようにすする。
b. 男の視線
 モデルをランク付け、選抜する力を持つのは、男性である。モデル業界、ファッション業界というと女性が多数活躍するように見えるが、力を持ち、決定権を持つのは、ここでも男性である。男性カメラマン、男性責任者、男性オーナーは、モデルを生かすも殺すも自由自在、生き延びて仕事をとりたいモデルは、有力男性のご機嫌を取り、求められればベッドを共にすることもいとわない。男の視線の動向が、モデルたちにとっては死活問題だからである。ちやほやされているように見えるモデル嬢は、将軍に見染められて褥(しとね)(布団)を共にすることを待ちわびる大奥女中に等しく弱い、受動的立場である。男の眼にとまらなくなったモデルは用済みであり、廃業である。「美しいことだけが君たちの存在価値であり、存在の理由だ、賞味期限は20歳ぐらいまでだ」と言い切る男の容赦ない視線に、若い女たちの自尊心は歪み、邪な心を呼び覚まされる。


視線のパワーが値踏みする女性美 
n 薔薇にはとげがある、美しい蝶と見たら毒蛾であったり、綺麗なキノコは毒キノコであったりするように、美しい女には必然的に毒があることを『ネオン・デーモン』 は教えている。しかし、美しいだけでは、女は尊大にならないし、魔女にもならない。美女の虚栄心を膨れ上がらせて破裂させるのは、周囲の視線のなせる業である。特に美を商品にした女は、視線のパワー、主として男の視線を過剰に摂取して、視線のオブセッションに病んでいく。  
  『ネオン・デーモン』は、モデルを職業にする女たちが、視線のオブセッションという職業病に犯されて、デーモン(悪魔あるいは魔女)化していく過程を、デカダンに妖しく描き上げた傑作怪奇幻想アートである。


©2017 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2017. Jan.26


 

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