ナイトクローラー


『ナイトクローラー 』 原題Nightcrawler 
製作年2014年 /製作国アメリカ /配給ギャガ/ 上映時間118分 /映倫区分G /言語:英語 /
オフィシャルサイト http://nightcrawler.gaga.ne.jp/
スタッフ :
監督ダン・ギルロイ/ 製作ジェニファー・フォックス、トニー・ギルロイ、ミシェル・リトバク、 ジェイク・ギレンホール
キャスト:
ジェイク・ギレンホール:ルイス(ルー)・ブルーム /レネ・ルッソ:ニーナ・ロミナ /リズ・アーメッド:リック /ビル・パクストン:ジョー・ロダー/
2015年8月22日よりヒューマントラストシネマ渋谷 他で順次公開

第87回アカデミー賞脚本賞ノミネート
ンディペンデント・スピリット・アワード脚本賞&新人監督賞受賞


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『ナイトクローラー』ーー夜の闇を這い回るゴギブリ男の出世

 清水 純子
   
ルイス・ブルーム(ジェイク・ギレンホール)は、「ナイトクローラー」である。
「ナイトクローラー」は、「夜に這うもの、夜を腹ばって行くもの」という英語の意味のとおり、事件取材のために夜の街を猛スピードの車に乗って徘徊するパパラッチである。
ナイトクローラーは、夜間の交通事故、火事、殺人事件の情報を嗅ぎつけ、瞬時に現場に姿を現し、リアルな映像と取材を地元テレビ局に売りつけてもうけることを生業にする。
視聴率に生存をかけるテレビ局は、ナイトクローラーの提供する映像と報道記事がセンセーショナルであればあるほど歓迎する。
マスコミは、真実の報道という使命を本来は持つが、その一方で視聴者の他人の不幸を覗き見したいという、誰もが心の隅に隠し持つ残忍で原始的な欲望を餌にして肥え太る。
ルイスは、最も則物的でリアルな媒体としての映像を追うロサンジェルスの映像パパラッチである。
映像パパラッチにとって、残酷さ、衝撃度、鮮度、迅速なスピードは不可欠であり、取材付映像は生々しく刺激的であるほど高値で売れる。

ルイスは、初めからナイトクローラーだったわけではない。
学校も行かず、家族も友人もなく、仕事もなく、薄暗いゴキブリ・アパートでその日暮らしをするルイスは、ネットですべてを学び、糧を得るオタク男であった。
必要なものはネットで調達できると信じ、その通りに生きてきたルイスの収入源は盗みである。
ルイスは、夜になると人目を忍んでゴキブリのようにすみかから夜のロスの街へ這いだし、鉄道のフェンスを切って盗み、見とがめた警備員を殴って高級時計を奪い、業者に闇で売りさばく。
盗品売買で糧を得る犯罪者のルイスだが、ルイス自身はこのゴキブリ状態から抜け出したいという願望を持っていた。
ルイスは、アメリカン・ドリームの要(かなめ)である自己開発と成功のイメージを脳裏に焼きつけて、出世の機会を狙っている鋭敏な触覚をもつゴキブリ男である。
しかし、ゴキブリの盗品を引き取る闇業者はいても、ゴキブリ男を飼ってくれる業者はいない。
盗人は正規雇用されない、ゴキブリは堂々と陽のあたる場所を歩くことを許されない。

夜を這い回るゴキブリ男ルイスに、躍進のチャンスを与えたのは、住宅街の発砲事件である。
たまたま通りかかったルイスは、不法侵入によって冷蔵庫の銃弾跡と貼り付けられた家族の写真を撮影し、地方テレビ局のディレクターのニーナ(レネ・ロッソ)に買い取ってもらう。
他人の不幸が金になることに気付いたルイスは、盗んだ自転車をビデオ・カメラと無線傍受機に交換させる。
けちなゴキブリ男だったルイスは、情報と機器を得て、派手な真っ赤な車に乗るナイトクローラーとして夜の世界を這い回り、テレビ局に他人の不幸を記録した映像を売りこむ。
アシスタントが必要になったルイスは、面接試験によって食いぶちに困っているアラブ系青年リック(リズ・アーメッド)を雇って、助手席で地図を見させ、酷使する。

油が乗ってきたゴキブリ男は、子分の油虫(アブラムシ)を率いて、カメラを抱えて夜の街中を転げ回る。
ゴキブリの大元締めであるTV局のニーナは、ゴキブリ・ルイスの運んだ獲物によって視聴者を少しでも多く釣ろうとルイスにさらにはっぱをかける。
もともとモラルや良識を持たないルイスは、躊躇なくニーナの要求に応える。
ルイスは良心の呵責を感じることなく、破廉恥に相棒を見捨て、利益だけを追求する。
ルイスは、弱小ゴキブリをばりばりと砕いて咀嚼し、自分の栄養分に変えていく共食いゴキブリである。

ルイスは、警察に対して証拠隠蔽を図った後に、事件を誘発させ、スクープをとり、ニーナのコネを利用してテレビ局で地位と知己を着々と得ていく。
ルイスの行動に疑念を抱いた警察は、証拠がないためにルイスを抑えることはできない。
夜陰を這いずり回る映像パパラッチ、マスコミの恥ずべき陰虫、ロサンジェルスのゴキブリ男ルイスの躍進は続く。

ジェイク・ギレンホールが演じるルイスのすさんだ顔に張りつく飛び出たギョロ目に、飢えてごつごつした体が真っ赤な車に乗って、真っ暗な闇夜に妖しく光るネオンライトの中を滑走するさまは、地獄の悪魔の到来を思わせる。
この映画がサブカルチャーの枠組みで、マスメディアの闇の部分を風刺していることは明らかである。

夜のゴキブリことスクープ(報道)・パパラッチであるルイスは、「社会病質者、ソシオパス」(sociopath人格的な障害があり、反社会的な行動をとる人)、あるいはサイコパス(psycopath 人格そのものが反社会的である人、精神的な病気が原因で反社会的行動を起こすのではない)と呼ばれるタイプであろう。
専門的にはソシオパスとサイコパスと合わせて「反社会的パーソナリティ障害」と呼ぶが、アメリカ精神医学会は、その特徴を以下のように定義する。

1. 日常的に法を犯す、または法を軽視している  2. つねに嘘をつき、他者を騙そうとする 3. 衝動的で計画性がない  4. けんか腰で攻撃的   5. 他者の安全性についてほとんど考慮しない 6. 無責任で、金銭的にルーズ  7. 良心の呵責や罪悪感がない  (『ガラパイア』)                   

ルイスは、上の1から7までの特徴がすべてあてはまるので、「反社会的パーソナリティ障害者」である。
ルイスの成育歴や背景は示されていないので、ルイスのこれらの反社会的特徴がサイコパスとしての先天的なものなのか、あるいはソシオパスとしてのトラウマや環境による後天的なものなのかは判別しがたい。
ともかくルイスは、「誘われて犯罪行動に参加する」、つまり「善悪の判断を自分の周りのサブカルチャーやグループの規範や期待に基づいてなす」ソシオパスの特徴を備えている。

ルイスは、学校ではうまくいかず、相手にされず、組織化された社会でも受け入れられない。
しかし、技能にすぐれた野心家であり、浅薄な魅力をもつルースの居場所はあった。
モラルも人の心も必要とせず、同情したり感じたりすること、羞恥心、自責の念といった人間としての良識や品性が障害になる仕事、それが夜の映像パパラッチであり、ルイスの人間としての欠陥が逆に勝利を呼ぶ業界である。
人間的感情や躊躇がないためにルイスは「ためらいのない男」である(春日)。
ルイスは「人間的な要素が欠落している」ゆえに、「間違いを犯さない。判断や行動に迷いはなく的確」であり、それゆえに
ルイスは、「不安」と「嫌悪感」を与える「不気味」で「薄気味の悪い」(春日)男である。

ルイスの見栄も外聞もない、さもしい弱肉強食のゴキブリ状況は、生きる戦いのためだけではない。
ルイスと同じく困窮していた助手のリックは、人間としての良心も品性も残っているので、尻込みし、ためらい、それゆえに欺かれるからである。

しかし、ルイスの人間性欠落を利用した利潤追求をよしとするのが、ニーナが代表するマスコミ業界であり、資本主義である。
資本主義の悪徳と悪夢は、ルイスの人格的欠損を必要とする。
監督と脚本をつとめたダン・ギルロイが述べるように「ルイスというキャラクターは、絶望して孤独で、資本主義を自らの宗教としている。(中略)彼はその資本主義のいわば原理主義者」(ギルロイ)なのである。

『ナイトクローラー』は、マスメディアの闇に巣食うゴキブリ・ルイスの協力を得て栄えるマスメディア、拝金主義のアメリカ、資本主義社会をサブカルチャーの形で風刺する。
そしてなによりも、社会のこれらのおぞましい部分を肯定し、繁栄させているのは、視聴者という姿の見えない無責任な大衆であり、人の心に巣食う他人の災難を楽しむ無意識の加虐性の欲望である。

参考資料:
春日武彦 「カリカチュアとしての成功」『ナイトクローラー』映画パンフレット カル
 チャア・パブリッシャーズ、ギャガ 2015年
ギルロイ、ダン「これは究極のサクセス・ストーリーだ」映画パンフレット
「サイコパスとソシオパス
(社会病質者)の違いと共通点、危険性を検証(米研究)」『ガラパイア』(28Aug 2015 <http://karapaia.livedoor.biz/archives/52189898.html. >)                   

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