ニューヨーク最高の訳あり物件 | 『シネマの千夜一夜』

『ニューヨーク最高の訳あり物件』（原題Forget about Nick）

制作年2017年／製作国　ドイツ／上映時間110分/言語：英語、ドイツ語/ 配給：ギャガ/
スタッフ: 監督マルガレーテ・フォン・トロッタ/ 脚本パム・カッツ/衣装シンディ・スピーカーマン/ 制作ベッティーナ・ブロケンパー/
キャスト：ジェイド：イングリッド・ボルゾ・ベルダル/マリア：カーチャ・リーマン/ニック：ハルク・ビルギナー/アントーニア：ティンカ・フュルスト/ 公式HP/　
6月29日（土）シネスイッチ銀座ほか全国にて順次公開

トロッタ監督の最新作はコメディー
　『ハンナ・アーレント』の大ヒットで話題を呼んだマルガレーテ・フォン・トロッタ監督の最新作が公開される。今回も女性が主人公だが、『ハンナ』とは全く違う傾向で肩の力を抜いて楽しめる上質のコメディー『ニューヨーク最高の訳あり物件』である。原題は「ニックのことは忘れろ」（Forget about Nick）なので、男性をめぐる恋の物語、多分、失恋物語であることがわかる。

同居する二人の妻
　40歳になったモデルのジェイドは、夫ニックから突然の別離を告げられて涙ぐむ。ニックに若いモデルの恋人ができたためにジェイドは捨てられた。愛と資金源を同時に失ったジェイドは、現在居住中のNYの高級アパートを売却しようとするが、そうはいかなかった。ニックは、前妻マリアとジェイドにこのアパートを半々ずつ与えたため、ドイツからマリアが出てきたからである。怒るジェイドにマリアは「私も40歳の時にあなたにニックを奪われた。思い出の部屋を売るつもりはない」と言って腰を据える。文学博士だが専業主婦のマリアはNYでの就活がうまくいかない、ジェイドは理想のデザイナーが見つからない、ニックのために新しい出発を余儀なくされた女たちはそれぞれ悩む。マリアとニックの娘アントーニアが幼い息子を連れて遊びに来た頃から、二人の関係に微妙な変化が訪れる。アントーニアの香水調合の才能に目をつけたジェイドは、アントーニアを新事業に参加させる。娘を取られたように感じるマリアだが、アントーニアはドイツが好きとあっさり帰国する。その直後に若い恋人と破局したニックが舞い戻ってくる。未練がましいニックの和解に、ジェイドがつけた条件は奇想天外なものだった。

したたかでしなやかな女たち
　3人の女性ジェイド、マリア、アントーニアは、身勝手な男ニックに翻弄されながら最終的には、各人が自分の資質を見極めて、したたかでしなやかな生き方をする。
　ニックの前妻のマリアは、インテリだが職歴がないためお金を稼げないが、料理の腕は抜群、水道官の処理もできる器用さを誇り、優秀な子供たちを生んでいる。専業主婦としての実力を、ジェイドのみならずニックまで頼ることになる。
　娘のアントーニアは、ダメ父親ニックを見て育ったのでシングルマザーになって息子を育てるが、教師という堅実な職業を選んだ。ジェイドの高給の申し出に目がくらむことなく、アメリカとドイツを比較して、自分にとってはドイツだと選ぶ冷めた目を持つ。
　ジェイドは、ニックの突然の裏切りに公私共に危機にさらされるが、デザイナーになってブランドを立ち上げ、香水の新事業まで手を伸ばして成功する。ジェイドの成功を聞きつけたニックは、よりを戻すことを懇願しに戻るので予想外の勝利である。抜け目がないビジネスウーマンに成長したジェイドは、ニックの家庭復帰を許す条件として、マリアの同居を承諾させる。一見破廉恥な提案に見えるが、マリアはビジネスも家庭も円滑に運営する鍵だからである。マリアと馬が合うことを確かめたジェイドは、マリアがいればおいしい料理が食べられ、効率よい家庭運営が可能であることを知っている。二人の女ジェィドとマリアで羽交い絞めにしておけば、ニックは逃げ出せない。それにマリアを手元に置いておけば、香水作りの名人アントーニアもやってきて事業参加を拒否できなくなる。万が一アントーニアが同居するようになれば、頼れる社員が増えて、しかも望んで得られなかった娘と孫まで手に入る。NYのアパートは、老いて家族の大切さを自覚したニックを堅固につなぎとめる要塞として機能するだろう。ニックが自分と同世代のマリアと性的関係を復活させると思えないので、セクシャルにもマリアは障害にならず、ジェイドの一人勝ちである。さらにジェィドはマリアより10歳は若いので、アントーニアを将来的に養女にするチャンスがあるかもしれない。

ニックという男
　女たちをきりきり舞いさせるニックは、とても魅力的な男なのかもしれない。男性の魅力は年をとっても減らないのかもしれないが、それはニックが大富豪でビジネスの才があるからである。男がライオンでいるためには、まず金力がなければならない。ボスのライオンは、何頭ものメスライオンを率いているので、人間の世界でも経済力があって口のうまい伊達男はもて続ける。しかし性的エネルギーには限りがあるので、ニックはプレイボーイ引退の時期かもしれない。ジェィドの見かけ上の一夫多妻の提案は、ニックにとって両手に花であろう。あるいは両手に棘のある薔薇を抱えることになるかもしれないが・・・これも男冥利につきる。

　トロッタ監督はこの続編を作るべきだと思う。ジェィド、マリア、アントーニア、そしてニックが参加する大家族のドラマが期待できる。『ニューヨーク最高の訳あり物件』は、しゃれた会話、都会的でハイセンスな映像を提供する最近稀に見る美しい映画である。さらに外見が整っているだけではなく、内容においても、外で活動する女性、家で働く女性、夫と妻、母と娘、女と男について、役割と力関係、愛情を軸に考えさせる家族間および社会派コメディーでもある。

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