男と女、モントーク岬で(清水)


男と女、モントーク岬で

©2017 Ziegler Film GmbH & Co. KG, Volksfilm GmbH, PyramideProductions,Savage Productions Ltd, Gaumont S.A., ARTE France Cinema, WDR, BR,ARTE,Barefoot Films GmbH, Senator Film Produktio


原題Return to Montauk/ 製作年 2017年/ 製作国ドイツ・・フランス・アイルランド合作/
配給 アルバトロス・フィルム/ 上映時間 106分/ 映倫区分G/
オフィシャルサイト
スタッフ: 監督 フォルカー・シュレンドルフ / 脚本 コルム・トビーン/ 撮影 ジェローム・アルメーラ/ 編集 エルベ・シュネイ/ 音楽 マ ックス・リヒター/
キャスト: ステラン・スカルスガルド: マックス・ゾーン/ ニーナ・ホス: レベッカ /スザンネ・ウォルフ: クララ / ブロナー・ギャラガ ー/ ニエル・アレストリュプ: ウォルター /

 

5月26日土)ヒューマントラストシネマ有楽町他ロドショー




『男と女、モントーク岬で』――過去の亡霊と寝た男

                         清水 純子


作家先生の忘れられない女性  
 ドイツの小説家マックスは、新作のプロモーションのためにニューヨークに招かれた。新作の朗読会でマックスが読み上げた父の言葉――「やって後悔すること。やらずに後悔すること。この2つの後悔が人生の物語を形作る」――がマックスの今回のNY滞在を形作る。
 初老のマックスは、これまで様々な女性と浮名を流してきた。マックスは、その時々において自分の気持ちに忠実なだけだが、その結果多くの女性が傷つき泣いた。マックスは、現在もNYに住むクララと事実婚にあるが、年はとっても一人の女性で収まるマックスではない。
 マックスにはどうしても忘れられない女性がNYにいた。17年前に別れたレベッカにマックスは未練がある。レベッカこそが人生最後の理想の女性だと思い込んで彼女の行方を追う。レベッカは、マックスからの突然の連絡に戸惑い、面会を拒むが、恩師ウォルターと秘書リンジーに助けられて、昔の恋人同志は再会する。イェール大学時代に恋仲だったレベッカは、現在は有能な弁護士として活躍している。ユダヤ系の名前に変わっていることからマックスとの別離後結婚したらしい。レベッカは何も教えてくれず、そっけない。粘り強いマックスもあきらめてベルリンに帰ろうとした矢先に、レベッカから「モントーク岬に行こう」と誘いがかかる。モントーク岬は、若かった頃の二人の思い出の場所である。レベッカとよりを戻したいマックスは、クララとの約束を反故(ほご)にして、勇んでドライブ旅行に参加する。レベッカは不動産の下見に来たのだが、鍵がかかっていて室内に入れず、やむなくホテルに泊まる。マックスは、この追い風をとらえてレベッカの隣に宿泊し、期待通りベッドインに成功する。

モントークで亡と同衾した作家マック  
 有頂天になってやり直しを持ち掛けるマックスに、レベッカは意外な反応を示す。レベッカは、若くして交通事故死した夫を今でも愛していて、彼が自分を見守っているのを感じている。マックスを本気で愛したことは事実だが、移り気で自己中心のマックスはレベッカに本気で向き合ってくれなかった。いったん別れた後もマックスからは何の連絡もなく失望したという。追いつめられたマックスは、別の女性を妊娠させてしまったので、あわす顔がなかったと言い訳する。レベッカの静かな怒りは冷たい炎を放ち、「私もあなたの子を産みたかったのよ」と告げる。レベッカは、マックスに体を委ねたが心まで許してはいなかったことになる。
 人生の終盤に至ってもマックスは、美化した過去の再現を夢見て、歳月が人を変えることを理解していなかった。マックス以上にレベッカは、過去に囚われていたのであった。レベッカが囚われた美しい過去は、マックスとの思い出ではなく、亡き夫の亡霊が投影する思い出だった。レベッカは、夫亡き後、自分は屍同然であり、過去に生きる亡霊であると告白する。
 ロングアイランドの先端にあるモントークは、アメリカ原住民の言葉で「地の果て」を意味する。シュレンドルフ監督はモントークについて「モントークにいると、過去を振り返ってしまう。あらゆる物事から切り離される。高い空に、広い海岸。そして突然、過去の亡霊が現れる」と語る(プレスシート『男と女、モントーク岬で』)。
 マックスがどんなに女たらしであっても、死んだ男に勝てるはずはない。マックスは、過去の亡霊に魅入られた女と同衾(どうきん)したことになる。『雨月物語』の中の「浅茅が宿」のように、マックスは亡霊になった女レベッカを抱いたのだった。比喩的に言うならば、モントーク岬でのマックスの情事は屍姦(シカン)に等しいのである。

作家のエゴイズ  
 作家が女性遍歴のあげく身勝手な別離を繰り返して、女に恨まれる話は古今東西を問わず多々存在する。原作は、スイスのマックス・フリッシュによる『モントーク』(Montauk, 1975年刊行)だそうだが、この映画は、日本の大文豪の川端康成の『美しさと哀しみと』と筋立てやテーマにおいて近いものがある。『美しさと哀しみと』(1961年)でも妻子ある31歳の作家の大木が16歳の少女を妊娠させて死産させ、二十数年後に日本画家として活躍する恋人の元を訪れる。元恋人の音子は大木を許しているが、音子の女弟子でレズビアン相手のけい子の嫉妬によって大木は復讐される怖い話である。川端の作家先生も、マックスと同じく、女との情事を題材にして小説家としてのし上がってきた。マックスの朗読会で妻クララも「今度書かれるのはあなただろう」と言われて複雑な顔をする。マックスは、小説の題材と称して、時空間を自由自在に動きまわる男である。そんな男が一夫一婦制の定住生活に向くはずがないのだが、マックスも相手の女もそのことに気づかず、性懲りもなく愛欲に溺れる。
 マックスにとって幸運なのは、レベッカには亡霊の夫がいるため、レベッカは川端作品の女たちのように執念深く恨まない。モントークから戻ったレベッカは、同居する3匹の猫たちとモダンなマンションでの生活を満喫する。
 しかし、レベッカために一時的に捨てられて困窮生活を強いられたクララはどうだろうか?クララは「亡霊とは寝れない」と言ってマックスを許したが、これからもずっと許し続けるかどうかはわからない。マックスもいつか怖い女に出会って川端の作家先生のように怖ろしい目に合わないとは言えない。だが少なくとも現時点でのマックスにとって、レベッカとの恋愛と再会は、「やって後悔すること。やらずに後悔すること」の範疇ではなく、「やってよかったこと、やって後悔しなかったこと」にとどまっている。


©2018 J. Shimizu. All Rights Reserved. April6 2018

 

©2017 Ziegler Film GmbH & Co. KG, Volksfilm GmbH, Pyramide Productions,Savage Productions Ltd,
Gaumont S.A., ARTE France Cinema, WDR, BR, ARTE,Barefoot Films GmbH, Senator Film Produktion

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