黄金のアデーレ 名画の帰還

(C)THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015


『黄金のアデーレ:名画の帰還(原題Woman in Gold)
製作年 2015年/ 製作国 アメリカ・イギリス合作/ 言語 英語/上映時間 109分/ 映倫区分G
スタッフ:
監督 サイモン・カーティス /製作 デビッド・M・トンプソンク、リス・サイキエル/ 製作総指揮 クリスティーン・ランガン、ハーベイ・ワインスタイン他/脚本アレクシ・ケイ・キャンベル/撮影ロス・エメリー/ 美術ジム・クレイ/編集ピーター・ランバート/音楽マーティン・フィップス、ハンス・ジマー

キャスト :
ヘレン・ミレン:マリア・アルトマン/ライアン・レイノルズ: 弁護士ランドル・シェーンベルク/
ダニエル・ブリュール: ジャーナリストのフベルトゥス・チェルニン/ケイティ・ホームズ:パム・シューンベルク/ タチアナ・マズラニー:若い頃のマリア・アルトマン/マックス・アイアンズ: フリッツ/女性判事チャールズ・ダンス:エリザベス・マクガバン
配給 ギャガ
2015年11月27日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国の劇場で公開
オフィシャルサイト: http://golden.gaga.ne.jp/

『黄金のアデーレ:名画の帰還』―グローバルなユダヤ復活物語

              清水 純子

1998年ロサンジェルスで小さなブティックを経営するマリア・アルトマンは、グスタフ・クリムト (Gustav Klimt 1862~1918) の名画『黄金のアデーレ』の返還をオーストリア政府に求めて訴訟を起こした。

マリアの一族がユダヤ系であることは、地中深く降ろされていく姉ルイーゼの棺の上にしるされた、ユダヤ教あるいはユダヤ民族を表す「ダビデの星」を見せる冒頭のシーンが明らかにする。

マリアは、オーストリアの裕福なユダヤ系家庭に生まれたが、第二次世界大戦中、ナチス・ヒットラーの迫害を逃れて夫とともにアメリカに亡命した。

 イラエルの国旗に描かれた「ダビデの星」


オーストリアでマリアは、子供のいない伯母アデーレ・ブロッホ夫妻に姉ルイーゼと共に実子同様に愛された。
1925年伯母アデーレは、クリムトに描かせた自分の肖像画を夫の死後、オーストリアの博物館に寄贈することを遺言して病死した。
アデーレは、1938年のヒトラーのオーストリア占領、それに続くユダヤ人迫害の悲劇を見ずに世を去ったことになる。

マリアは、クリムトの絵の中の伯母アデーレのネックレスおよび絵を贈られていたが、オーストリアの宮殿風アパートに残した財産と共にすべてナチスに没収された。
ヒットラーの自殺とドイツ敗戦の後、「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像I」 (映画では『黄金のアデーレ』)は、オーストリアのベルベデーレ美術館の所有物として飾られていた。

1998年 アメリカをはじめとする44か国が、ナチスが主としてユダヤ系の人々から略奪した美術品の出所確認と返却、公平な解決をめざす協定 「ワシントン原則」(the Washington Conference Principles on Nazi-Confiscated Art)に署名した。

マリアは、強奪された美術品の正当な所有者の返還要求を促す「ワシントン原則」を新聞で読み、ユダヤ系の名門シェーンベルク家出身の若手弁護士ランディに オーストリアる返還交渉を依頼する。

しかし、残念なことに「ワシントン原則」は、強制力をもつ協定ではない。
署名したはずのドイツ、オーストリア、オランダ、フランス、イギリス、スペイン、イタリア、ハンガリー、ポーランド、ロシアは、いまだに略奪美術品の返還を拒んでいると言われる。

叔父の遺言状発見によってマリアに絵画の所有権があることが判明するが、 案の定オーストリアの審問会は返還を拒否する。
オーストリアのジャーナリストのフベルトゥス・チェルニンは、ユダヤ系の人々への罪意識から協力的であったが、マリアがこの国で裁判を起こすのには、180万ドルの預託金が必要であった。 

一度はあきらめた訴訟であったが、ベルベデーレ美術館所蔵のクリムトの画集が アメリカで販売されていることを知ったランディは、アメリカでも裁判が開けることに気づく――「米国民は、国内において他国政府の商品が売られている場合、
その国の政府に対して訴訟を起こす権利を有する」という項目の条件を満たしていたのである。 
数年にわたる裁判の後、最高裁でマリアに有利な決定が下されると、オーストリアは3名の仲裁委員会を送るが、2006年マリアの勝利が決定する。

正当な持ち主マリアの元に戻った「黄金のアデーレ」は、化粧品会社の大富豪ロナルド・ローダーに1億3,500万ドルで落札され、現在ニューヨークの ノイエ・ギャラリーに展示されている。
マリアの全面的勝利によって、「黄金のアデーレ」つまり伯母アデーレの肖像画は、 姪マリアと共にアメリカ合衆国に渡った。

マリアの祖国であったオーストリアは、オーストリア出身のアドルフ・ヒットラーを讃えて、ユダヤ系の自国民を生贄(いけにえ)として差し出した。
一足先にチューリッヒに逃れた伯父と姉ルイーゼを除いて、一族も友人も収容所で殺されたマリアは、顔をこわばらせて「二度とあの国には行きたくない」と言う。
説得されてウィーンに戻ったマリアは、なつかしい風景や建物を前にしても ドイツ語ではなく、英語で話すことを宣言する。

オーストリアでの裁判に敗訴したマリアは、同じくユダヤ系の弁護士ランドル・シェーンベルクと共に、「ホロコースト記念碑」に祈りを捧げ、 虐殺された曾祖父母ら同胞に祈りを捧げる。
自分の存在を否定し、信頼を裏切ったかっての祖国で、またもや正当な主張を却下されたマリアの無念がにじみ出る。
しかし、ヘレン・ミレン演じるマリアは、からりとして明るく、過去は忘れ、 現在を大切にして前向きに生きようとたくましい姿勢を示す。

幸運にも周囲の悲観的予想に反してマリアはランディの気転によって勝利するが、マリアのような勝訴の例はまれだとされる。

「ワシントン原則」は、拘束力がないため、同調して署名した国々も抱えている お宝を手離したくないのが本音である。
それゆえ、いまだにナチスによって不法に没収された美術品10万点以上が正当な所有者の手に戻らない、あるいは紛失されたのか、焼却されたのか所在不明のものが多数存在するという。

先に公開される 『ミケランジェロ・プロジェクト』 の上映が本国アメリカで意味不明に何回も妨害されたことを考えれば、その裏で各国、団体および個人の利害が闇で横行したことは想像に難くない。

映画の裁判の中の 「あなたの主張を認めたら、そこいら中で訴訟が起こり、 国際紛争になりかねない」という言葉が、この問題の根の深さを語っている。
マリアへの絵画返還が例外的勝利だったとしても、「ワシントン原則」成立の おかげなのでその成果は上がったことになる。

映画『ミケランジェロ・プロジェクト』に続いて、『黄金のアデーレ』の制作と上映の決定は、ユダヤ系の人々の権利の復活を認めざるをえないグローバルな情勢を示している。
「ワシントン原則」は、「カエサルの物はカエサルに返せ」と当然のことを奨励している。
『黄金のアデーレ:名画の帰還』は、ユダヤ系の人々をはじめとする正当な権利と人権を奪われた人々へ向けられる眼差しのグローバルな増加に爽快なまでの弾みをつける。

参考資料
『黄金のアデーレ 名画の帰還』 プレスシートギャガGAGA  2015年
US Department of State: Diplomacy in Action “the Washington Conference Principles on Nazi-Confiscated Art” 31 Oct. 2015. < http://www.state.gov/p/eur/rt/hlcst/122038.htm. >
SWI swissinfo.ch. 「ナチス略奪美術品 スイスに求められるのは公正な態度」31 Oct. 2015. <http://www.swissinfo.ch/jpn/.>
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