パラサイト 半地下の家族

第72回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞
『パラサイト 半地下の家族』 原題:기생충/Parasite
製作国:韓国 / 上映時間:132分
提供:バップ、ビターズ・エンド、テレビ東京、巖本金属、クオラス、
朝日新聞社、Filmarks/配給:ビターズ・エンド
スタッフ:監督&脚本 ポン・ジュノ/
キャスト:父キム・ギテク:ソン・ガンホ/母キム・チュンスク:チャン・ヘジン/長男キム・ギウ:チェ・ウシク/長女キム・ギジョン:パク・ソダム/IT企業社長パク・ドンイク:イ・ソンギュン/社長の妻パク・ヨンギョ:チョ・ヨジョン/社長の長女パク・ダへ:チョン・ジソ/ 社長の長男パク・ダソン:チョン・ヒョンジュン/社長宅家政婦ムングァン:イ・ジョンウン/ 公式HP
2020年1月 TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー


『パラサイト 半地下の家族』―餓えた階級が放つ黒い笑い
                          清水 純子

社会の底辺であえぐキム一家
 キム家の四人は、汚水が取り巻くスラムの半地下に住んでいる。狭く椅子もテーブルもない玄関に面した廊下が茶の間で、扉もないトイレは台所と敷居がないので、便所虫がいたるところに侵入する。ガラス一枚で家から仕切られた通りには、連日酔っ払いがゲロと尿をまき散らして立ち去る不潔極まりない環境である。外界との命綱である携帯のWiFiは上に住む大家の回線を無断借用するが、大家のパスワード設定で使用できなくなると、トイレの蓋の上によじ登って大家の部屋めがけて回線に侵入する情なく不法な所業によって生をつなぐ。
キム一家がこんな最低の場所にひしめきながら閉じ込められている理由は、金がないからである。なぜ金がないかと言えば働けないから、具体的に言えば働く場所がないからである。キム家の父ギテクは、失業中である、母チュンスクも無職、長男ギウは大学入試に失敗したまま予備校に行く金もなく、仕事もない、長女ダへも美術の才能があるのに美術学校受験に失敗して職が得られない。ないないづくしのキム一家だが、やる気がないわけではない。彼らだって働く場があれば苦境から抜け出せるのに仕事がみつからないのである。そもそも良い条件の仕事を得るには軍資金がいる。準備金を用意できない者は、這い上がれない社会構造がすでに出来上がってしまっている。キム家は、負の連鎖を断ち切ることができず、宅配ピザの箱の組み立ての内職で食いつなぐ。自分たちの力ではこの苦境から抜け出せずに半地下で身を寄せ合ってうごめくキム家である。
だが長男ギウにチャンスがやってきた。ギウのあざとい漫画のような計略の成功がアップテンポの皮肉で黒い笑いに包まれて展開する。何食わぬ顔のしたたかさと、疑うこともなく騙されるお人よしの対比に、観客はお腹を抱えて笑いこける。しかし・・・
 
餓えた階級の呪い:アメリカ、韓国、そしてフランス
 最近亡くなったアメリカの劇作家サム・シェパード(Sam Shepard)の戯曲「餓えた階級の呪い」(Curse of the Starving Class, 1978)も、生存をかけて格闘するアメリカの底辺の家庭の悲劇をダーク・コメディの形で描いている。酔っ払いの父、疲れ果てた母、反抗的娘、理想主義の息子とそれぞれ勝手なことをしているが、皆一様にアメリカの夢を求めて、自由と安定を得ようともがく。テイト一家においても、キム一家のように不動産売買と冷蔵庫の中身への言及と関心が大きな比重を占める。この点は、持たざる者の持てる者への羨望を象徴するという点で共通する。しかしテイト一家は、キム一家のように仲がよくない。それというのも父ウェストンのアルコール依存症と暴力癖が一家に破壊的影響をもたらしているからである。それに比べるとキム家の父ギテクは、貧乏でも明るく子供思いである。しかし、父ギテクの予想外の暴走が、キム一家のみならず、エリートのパク一家の崩壊を招くことから、父の暴力が家族の破滅原因であることも類似する。
 シェパードの「餓えた階級の呪い」は40年以上も前に書かれた。1970年代のアメリカではすでに貧富の差が広がり過ぎて、一般庶民は夢が持てない状態だった。アメリカは一握りの大金持ちが牛耳る大国になり、自由と平等を掲げた「アメリカの夢」は消滅したと言ってよかった。下積みになった階級に属する者は、半地下状態での生息を余儀なくされて、自力では這い出せない、陽のあたる場所を歩けない状況に置かれていた。
 21世紀に入った韓国で、シェパードの戯曲と同様の状況にある一家の物語が映画化されるということは、韓国の厳しい状況を比喩的に語っているのではないか? 韓国でも一部の人々は、欧米流の贅沢と安逸を謳歌するが、その下の恵まれない階級の不満が爆発寸前ということなのか。持たざる階級は、やる気を出しても力を発揮する場を与えられず、パラサイト(寄生虫、居候)として半地下に身を隠し、生命の危機に怯える姿の見えない民でいなければならないのか? その普段は姿を現さない、異臭の漂う人々の怒りに火が付いた時、破壊力ははかり知れない。被害は、餓えた階級のみならず、贅沢に君臨する階級も巻き添えに破壊しかねない。餓えた階級の不満を解消しなければ、富める階級もいずれは巻き添えになって没落しかねないのである。
アメリカ、韓国が「餓えた階級の呪い」を重視したことは以上から明らかであるが、カンヌ国際映画祭パルムドール賞は、なぜ 『パラサイト 半地下の家族』 に与えられたのだろうか? 前年2018年は、日本の『万引き家族』が受賞したが、東洋の同じような貧困による家族ぐるみの犯罪映画が今回も注目を浴びた。作品自体が優れていることは言うまでもないが、フランスを始めとする欧米諸国の審査委員がこの作品に共感した裏には、経済的安定への世界規模の不安があるのではないかと懸念する。一部の行き過ぎた富の独占は、餓えた階級の怒りに火をつけ、全体の崩壊につながることもある。
『パラサイト 半地下の家族』は、コールタールのような粘り気のあるどす黒い笑いを振りまいて富の分配の不平等の危険を警告している。

©2019 J. Shimizu. All Rights Reserved. 26 Oct. 2019 

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