パリ3区の遺産相続人

『パリ3区の遺産相続人』 原題 MY OLD LADY
スタッフ:
監督&脚本&製作総指揮 イスラエル・ホロビッツ / 製作 レイチェル・ホロビッツ、ゲイリー・フォスター/製作総指揮クリスティーン・ランガンジョー・オッペンハイ/
キャスト: 
ケヴィン・クライン:マティアス / クリスティン・スコット・トーマス:クロエ/ マギー・スミス: マティルド /
製作: 2014年度 イギリス・フランス・アメリカ  107分  
言語:英語&フランス語/ 配給: 熱帯美術館
公式サイト: http://souzokunin-movie.com/
2015年11月14日より Bunkamuraル・シネマほかで公開
第33回 トロント映画祭 特別上映

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『パリ3区の遺産相続人』ーー父の遺産が明かす過去の絆                                      清水 純子

パリ3区の豪華なアパルトマンを相続したら、たいていの人は小躍りして喜ぶことだろう。 
マティアス・ゴールド(ケヴィン・クライン)は、疎遠だった父の遺産としてパリの3区と4区にまたがるマレ地区の古いが立派な物件を譲り受け、勇んでニューヨークからやってきた。
50代後半のマティアスは、離婚3回、子供なし、妻なし、持ち家なし、所持金なしの心細い状況にあり、遺産相続は、天の助けのはずだった。
ところがマティアスが相続したのは、アパルトマンだけではなかった。
部屋を調べて回るマティアスの目に飛び込んできたのは、90歳を超えた老婦人マティルド・ジラール(マギー・スミス)が部屋の中央に陣取る姿。
マティアスは、アパルトマンと共にこの老婦人もセットで相続するはめになる。
老女マティルドがこのアパルトマンに生きて住んでいるかぎり売ることはできず、しかもマティルドに毎月2,400ユーロを年金の代わりに支払わなければならない。
あてがはずれたマティアスは、亡き父を呪う―最後の最後まで親父は僕を憎んで、嫌がらせをしたのだと。
パリ行きの旅費をまかなうためにすべてを売り払ってニューヨークから出てきたマティアスには、帰り道の切符は買えない。
退路を断たれたマティアスは、負の遺産を相続したことを嘆く。

フランス語もろくに話せないマティアスが、フランスの伝統的不動産売買制度「ヴィアジェ」を知るはずもなかった。
「ヴィアジェ」とは、持ち主が家やアパルトマンを格安で売る代わりに死ぬまでそこに住む権利を取得し、毎月定額を買主から支払われる制度である。
売主は、住まいを確保できるだけでなく、毎月決まった収入を得ることができる。
買い手のメリットは、格安で不動産が取得できるが、どれほど格安になるかは、売り手の余命にかかっているので、一種の賭けである。
売主が生きて住んでいるかぎり、他の人が住んだり売ったりできない。
さらに買い手は、毎月出費するので、売主にはできるだけ早く亡くなってもらいたいことになる。
オーナーになるはずであったマティアスは、老婦人の同情から自分のアパルトマンに「泊めてもらう」始末、そのうえこのアパルトマンには、娘のクロエ(クリスティン・スコット・トーマス)まで住みついていた。

思い余ったマティアスは、老婦人つきでこのアパルトマンを売ろうと不動産屋にもちかける。
風変わりな年のいったクロエともバトルを繰り広げるが、マティアスはクロエと妙にウマが合うことに気づく。
クロエはとんがっているが、マティアスのことを憎からず思っている様子。
そういえば、マティアスの名前はクロエの母マティルドと似ている。偶然にしては偶然すぎる。 
テーブルの上には、若き日の父とマティルドの仲睦まじい写真、引きだしを開ければ、幼いマティアスとクロエが遊ぶ写真がみつかる。
父とこの老婦人の関係は? マティアスとクロエの関係は? 父が母とマティアスを顧みなかったのは、この老女のためか?
マティアスの母のピストル自殺との関係は? もしかしたらマティアスは、クロエと近親相姦の罪を犯してしまったのか?
老女マティルドも解答をもっていない。 父は何を意図してマティアスをここに誘き寄せたのか? 3人の男女の運命はいかに?

パリのマレ地区は、17世紀以来の豪華で優美な屋敷が立ち並ぶ由緒ある地区であり、パリ屈指の観光エリアである。
カルナヴァレ博物館、ピカソ美術館、ヨーロッパ写真美術館、元貴族の館、フランス革命時代からの館があり、パリの歴史を一望できるみどころを豊富に抱えた魅力あふれる地区である。
ニューヨーカーのマティアスが、しだいにパリの魅力にとりつかれていくのにしたがって、父の隠された顔、父の語らなかった心のひだ、父が心に抱え込んだまま封印していった過去があきらかになる。マティアスは、父が息子に心のうちを語りかけるために遺産に託して、パリ3区に呼び寄せたことに気づく。
亡き父の心を理解したマティアスは、この屋敷内に埋葬された父の遺灰の前で手を合わせる。
     
見事なのは、パリの美しい、しゃれた風景ばかりでない。
3人の名優ケヴィン・クライン、マギー・スミス、クリスティン・スコット・トーマスの舞台で鍛え上げた演技力はみものである。
映画と違って、取り直しのきかない舞台は、役者の実力がそのまま表れる、手直しのきかない場である。
舞台経験豊富な3人は、発声法といい、身振りといい、半端な実力ではない。
役者は舞台での基礎があると、こうも違うものかとあらためて認識させる達者な演技の披露である。
この映画の元は、この映画のホロヴィッツによる戯曲 My Old Ladyである。
2002年10月ニューヨークのプロムナードシアターの初演を皮切りに、ドイツ、ロシア、フランスなど世界各国で上演されてきた人気舞台劇が今回スクリーンにも登場することになった。

Copyright © J. Shimizu All Rights Reserved.   2015. Aug. 29

 

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