プライベート・ウォー(横田)

プライベート・ウォー』
監督・製作:マシュー・ハイネマン『カルテル・ランド』 脚本/共同制作:アラッシュ・アメル 原作/製作総指揮:マリエ・ブレンナー 製作:シャーリーズ・セロン 撮影監督:ロバート・リチャードソン 編集:ニック・フェントン 作曲:H・スコット・サリーナス 衣装デザイン:マイケル・オコナー
出演:ロザムンド・パイク、ジェイミー・ドーナン、スタンリー・トゥッチ  主題歌:アニー・レノックス「Requiem for a Private War」 2018/イギリス・アメリカ/英語/110分/スコープサイズ/5.1ch/原題:A PRIVATE WAR/日本語字幕:松岡葉子 / 配給 ポニーキャニオン 9月13日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

©2018 APW Film, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 

『プライベート・ウォー』―戦争の無残を描いた渾身の力作   

                   横田安正

 2012年、シリア・ホムス市で不慮の死をとげた伝説的女性従軍記者メリー・コルヴィンを描いた映画である。監督は「Our Time」、「カルテル・ランド」、「ラッカは静かに虐殺されている」など骨太のドキュメンタリー作家として知られるマシュー・ハイネマン、主演は「プライドと偏見」、「アウトロー」、「しゃわせはどこにある」などの話題作に出演したイギリスきっての性格女優ロザムンド・バイク、戦争の無残、人間の心に及ぼす深刻な厄害を赤裸々に描いている。

ストーリー
 ニューヨーク州ロングアイランドに生まれたメリー・コルヴィンはエール大学を卒業後ジャーナリストをめざしUPI通信社に入社、その後ロンドンに渡りサンデータイムズ社に移籍した。レバノン内戦、第1次湾岸戦争、チェチェン紛争、東ティモール紛争など世界の紛争地帯で危険な取材活動を続け、2000年には「ジャーナリスト・オブ・ジ・イヤー賞」と「ジャーナリズムの勇気賞」を授与された。

 2001年、上司の反対を振り切ってスリランカに入国した。政府軍とタミール武装勢力が激しい内戦を繰り広げており、スリランカ政府は外国人ジャーナリストの入国を禁じていた。タミール反乱軍にひそか従軍して取材を続けていたが政府軍の猛攻を受け左目を失ってしまう。ロンドンに戻った彼女は黒い眼帯をかけ「隻眼のジャーナリスト」として名声を博し、「海外プレス賞」、「海外記者賞」を受賞した。しかし彼女は負傷によってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患うようになっていた。上司、友人たちも静養するよう進言したが、彼女は自分の心の病を認めようとはしなかった。風変わりなビジネスマン、トニー・ショウ(スタンリー・トゥッチ)と恋に落ちるが平穏な生活に自分の居場所がないことを思い知らされた。友人が言うように彼女は深刻な「戦争中毒」にかかっていたのである。2011年、「アラブの春」取材の1環として再びカダフィ大佐に会いインタヴューに成功した。2012年、シリア・ホムス市で反政府勢力を取材、血生臭いアサド政権の市民に対する攻撃を衛星中継で世界のニュース網に生放送を果たしたが、その数時間後、政府軍の砲撃を受けて死亡した。56歳であった。

 主演のロザムンド・バイクはアメリカ英語をマスターし、なりふり構わぬ汚れ役に体当たりで挑戦している。彼女の取材パートナーでカメラマンのポール・コンロイ(ジェイミー・ドーナン)も好演。この映画は、凄まじく残虐な戦闘シーンをはじめ赤裸々な映像描写によって、監督以下、出演者、スタッフの熱気がずっしりと感じられる“渾身の力作”となった。

演出について
 マシュー・ハイネマンの心意気、努力は称賛に価するが筆者には疑問も残る。以下はあくまでも筆者の個人的な見解として聞いていただきたい。

 ドキュメンタリーの監督が劇映画に挑戦する際、往々に見られる傾向として “過剰に劇映画方式に没入” することがある。この映画でもその傾向は顕著で 監督はひたすら “細かいカット割りでアップの映像を連続させる” のである。しかし、純粋に劇映画作法を遵守した場合、その道の専門家、巨匠と言われる監督は数多く存在するわけで、彼等と4つに組んでは敵う筈がない。(キックボクサーがキックを封印してパンチだけで戦うようなものである)。自分の最も得意とする手法で戦うべきでは無かったかと筆者は思う。映画の中盤でタリバンの襲撃を受けたシーンのロングショットで初めてニュース的なリアル感が出てほっとするのである。主人公の苦悩を描くのに顔のアップで攻めるのも理解できるし、それを素直に受け入れる観客も多いことも想像できる。しかし、そうした演出を押しつけがましく感ずる観客もいる筈である。もっと間接的な映像で、主人公の心情をそこはかとなく描写する方法もあるのではないか。 それこそドキュメンタリー映像の強みであり、そうした表現を混ぜた方が説得力を増したのではないかと筆者には思えてならない。(イラク戦争の米軍爆弾処理班を描いた女性監督キャスリン・ビグローによる「ハート・ロッカー」のリアル感は出色の出来であった)。深刻な内面を描く場合 “作り物感“ を観客に与えるのは致命傷になるからである。

 以上、監督の演出手法に苦言を呈したが、監督の強い意気に共感し感動する観客も多いことは想像できる。俳優、スタッフの文字通り “血の滲むような” 努力と献身が画面を通して伝わるからである。この映画の成功を願いつつ評論を終えたい。

©2019 Ansei Yokota. All Rights Reserved. 30 July. 2019

©2018 APW Film, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

 

横田レビュー に戻る
最近見た映画 に戻る