レッド・スパロー(清水)

(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation



『レッド・スパロー』原題Red Sparrow/ 製作年 2017年/ 製作国 アメリカ/ 配給 20世紀フォックス映画/ 上映時間 140分/ 映倫区分 R15+/ オフィシャルサイト

スタッフ: 監督 フランシス・ローレンス/ 製作 ピーター・チャーニン、スティーブン・ザイリアン、ジェンノ・トッピング、デビッド・レディ/
キャスト: ジェニファー・ローレンス:ドミニカ・エゴロワ/ジョエル・エドガートン: ネイト・ナッシュ/ マティアス・スーナールツ:ワーニャ・エゴロフ/シャーロット・ランプリング: 監督官/メアリー=ルイーズ・パーカー: ステファニー・ブーシェ/


『レッド・スパロー』――リアルだが楽しめる女スパイ映画  


       
              清水 純子

CIAとはなにか?  
 映画『レッド・スパロ-』の原作は、33年間CIA捜査官として勤務したジェイソン・マシューズが2013年に出版した小説である。CIAは、Central Intelligence Agencyの略称である。CIAはアメリカ合衆国の情報機関「中央情報局」であり、アメリカ合衆国大統領直属の監督下にある。CIAで働く諜報部員は、敵対する組織の情報を収集して味方に伝え、他国の者が米国へ持ち込む犯罪防止や対策、捜査するために外国で諜報活動を行う。CIAで働く人々にはそれぞれ専門があり、エージェント、スパイ要員、アナリスト、セキュリティー、管理担当等で組織される。
したがって、全員が体を張って敵の陣地に乗り込む映画やTVでおなじみのスパイというわけではない。

バレリーナから女スパイへ
 マシューズのドミニカ・エゴロワは、敵からの情報を得るために自分をおとりにする
ロシアの美人スパイである。しかしドミニカは、最初からスパイだったわけではない。生きていくためにやむなくスパイになったのである。ドミニカは、元はボリショイ・バレエ団の花形プリマであった。ところが、相手役の男性ダンサーがドミニカの脚を蹴るミスを犯したために、観客の前で転倒して重傷を負い、ダンサーとしての生命を絶たれる。
ドミニカは病身の母を抱えるため、生活に困ってロシアの諜報局に勤める叔父ワ―ニャを頼る。
 叔父は、自分に似て、人の本質を見抜く才のある美人の姪ドミニカをスパイ養成所「レッド・スパロー」に入所させる。「レッド・スパロー」は、美男美女の若者を心理作戦とハニートラップ(色仕掛け)による諜報活動の訓練をする所で、高級娼婦(娼夫)養成所と陰口をたたかれていた。美貌と優れた頭脳に加えて度胸のあるドミニカは、めきめき頭角を表してロシア情報部に重用される。ドミニカの任務は、CIA捜査官ネイト・ナッシュからロシア情報部に潜むモグラ(内通者、スパイ)の名を聞き出すことだが、ドミニカはネイトと恋に落ちてしまう。

ロシアに利用され続けるドミニカ  
 ドミニカは舞台での怪我を事故だと思っていたが、実は相手の男性ダンサーの罠だった。プリマの座を狙うバレリーナと恋仲の男性ダンサーが故意にドミニカに怪我をさせたのである。計略にはまったことを知ったドミニカは、舞台裏で裸になって愛し合う二人を杖でめった打ちして復讐を果たす。しかし、二人の悪だくみの録音をドミニカに聞かせたのは叔父である。ドミニカが二人を襲った結果、スパイになることを承諾せざるを得なくなることを期待していたかのようである。ドミニカの所属したバレエ団は、ロシア国立ボリショイ劇場バレエ団だから、ドミニカは、バレリーナとしてスパイとして、ずっとロシアの国に仕えるよう運命づけられてきたことになる。

ドミニカの祖国ロシアへの復讐  
 ドミニカもアメリカ人のCIA捜査官ネイトと恋に落ちるまでは、祖国ロシアに奉職することに疑問を持たなかった。しかし、ネイトを通じて個人の人権と個性を尊重するアメリカの気風に触れたドミニカは、祖国ロシアのやり方に疑問を抱く。策略家の叔父ですらドミニカの心情の変化に気付かなかった。ミイラ取りがミイラになるとはこのこと! 可哀そうな叔父さんワーニャ! スパイは人間であって人間ではないと思ってしまう。もっともドミニカの心変わりを描いたのは、アメリカ人の元CIA捜査官マシューズだから、アメリカの方がいいという前提がもともとあったに決まっているので当然の結末かもしれない。

見どころはハニートラップの訓練
 映画の見どころは、やはり映画の題名になっている『レッド・スパロー』のハニートラップの訓練法である。監督官(シャーロット・ランプリング)は、「『冷戦』(第二次世界大戦後のアメリカ陣営とソ連陣営の対立構造)はまだ終わっていないのよ」とけしかける。教室で性犯罪者の顔写真を次々と見せて履歴を紹介し、「この男の欲望はどうやったら満足させられるか?」と問いかける。「少年愛」と正解を示す女子学生の前に、張本人の男を連れてきて「彼をここで満足させてみなさい」と促す。また皆の前で裸になることを命じると、男子学生は素直に応じるが、ドミニカはプライドを捨てられず実行できない。しかしレイプ未遂の男子学生と共に再び教室に立たされた時、ドミニカは皆の前で全裸になって両脚を開いて挑発するが、男子学生
は応えられない。ドミニカは、彼のレイプ願望は、性欲ゆえではなくパワーの誇示だと平然と言い放つ。監督官は、興奮させるためには、太ももをさすって胸を触る、それから甘い言葉を囁くと効果があると教える。人間の欲望の喚起を生理学的に分析的に解説し、心は嫌悪を示しても肉体は反応すると教えこむ。まるで娼館のやり手女将のような言葉だが、ここまでスパイ学校で教えこむとはスゴイと思わせる。ジェニファー・ローレンスの淡々として嫌味のない演技力が、きわめて自然にこのきわどい場面を通過させる。いやらしさを感じさせず、度胸があるという尊敬すら抱かせるローレンスの女優魂はあっぱれである。

失望させないスパイ映画   
 『レッド・スパロー』は、原作を元CIA捜査官の小説によっているので、リアルである。ハニートラップの訓練法や拷問など驚く場面も多いが、見終わった後には安心感と楽しかったという印象が残る。アメリカよりの安定した視点によって書かれているということと、出演俳優が皆すばらしいからであろう。監督官のシャーロット・ランプリング、ロシア情報庁幹部のジェレミー・アイアンズ、ネイト・ナッシュのジョエル・エドガーは存在感がある。悪い叔父さんだが実はドミニカを愛しているワーニャのマティアス・スーナールツが憎んでいいのか、可哀そうだと思っていいのか決めかねる印象でなぜか心に残る。それに、ジェニファー・ローレンスが魅力的である。この人は、普段着でいるとどこにでもいる女の子なのに、ドレスアップするとあっと驚くような美女に変身する。黒皮ジャンを着た姿もスポーティで決まっている。バレリーナ姿もよいうえにアクションも華麗である。観客の目を楽しませる人とは彼女のような存在を言うのであろう。
 『レッド・スパロー』は、未知の世界への好奇心を満たし、知識だけでなく楽しみも与えてくれる近頃稀に見るよくできたスパイ映画である。鑑賞眼のある観客を失望させることは決してない。

©2018 J. Shimizu. All Rights Reserved. 2018 April 2. 


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