リグレッション(横田)

 

© 2015 Mod Entertainment Mod Producciones Himenoptero Regresion Canada Inc Telefonia Studios Regression A.I.E

 

『リグレッション』――実話に基づくサスペンドラマ 

                           横田 安正

 1980年以降、アメリカでは悪魔崇拝者による儀式が次々と告発され社会問題となったが、それに触発されたスペインの鬼才監督アレハンドロ・メナーバルが自ら脚本を手掛け、仕上げた米・加・西の合作映画である。題名のリグレッション(退行)は心理学者が行う」「退行心理療法」)から取られた。

場所はミネソタ州の小さな町、刑事のブルース・ケナー(イーサン・ホーク)は、父親のレイプを告発した17歳の少女アンジェラ・グレイ(エマ・ワトソン)の聴取を始める。父親ジョン・グレイ(デヴィッド・デンシック)は罪を認めながらも全くの記憶が無いと主張した。テナー刑事は著名な心理学者ケネス・レインズ(デヴィッド・シューリス)の協力を仰ぎ、少女の記憶をたどりながら真実に迫ろうとするが、グレイ一家の奇妙な人間関係が明らかになってくる。少女アンジェラの母親は数年前奇妙な自動車事故で亡くなっており、兄のロイ(デヴォン・ボスティック)は家族を嫌い家出していた。少女の証言からこの町が秘める重大な秘密「黒魔を崇拝するカルト集団」の恐ろしい姿が浮かび上がる。刑事ケナーは寝る間も惜しんで関係者に迫って行く。その中には部下の警官ジョージ・ネスピット(アーロン・アシュモア)も居た。

この映画の特徴は各人物がそれぞれ体験する悪魔カルトのおぞましい映像を耳をつんざく大音響の音楽と効果音で示すことである。アーナバル監督はこうした映像と音響処理には非凡な才能をみせる。大音響のもとに現れるのは白いマスクに黒マントをまとったカルトの面々、集団レイプや赤ん坊殺しといった残忍きわまるシーンがスクリーンに踊る。こうした手法は日本の観客には新しく見えるかも知れないが、アメリカン・ホラーの定石に忠実に沿ったものである。これを「ヨーロッパ風ゴシック」などと呼ぶ人もいるらしいが、ハリウッドのやり方をやや過剰に踏襲したものであり、アメリカン・ホラーそのものの流儀に乗った、むしろ古風ともいえる手法である。

イーサン・ホーク演ずるケナー刑事は暗く思いつめた表情のなかに犯人をあげることにしか興味を示さないサイコパス一歩手前の人間である。心理療法を必要とするのは容疑者たちではなく刑事の方だと思わせるシーンが度々現れる。彼は部下の警官ジョージを強く疑い収監するも証拠不十分で釈放されてしまう。思い込みの激しいケナーは怒り狂うがどうにもならない。完全に迷路にはまった刑事は次第に異常な精神状態に陥って行く。犯人は誰なのか?背後に悪魔を崇拝するカルト集団は存在するのか?

カルト集団に逆十字架(十字架の上下が逆になった形)の刻印を下腹部に押されたと主張する少女にケナーは証拠を見せろと強要、それを目にする。少女は「これを見せた私も、これを見た貴方も、命を落とすことになる。今後、貴方は尾行者に付きまとわれる」と宣言する。刑事は町を歩いても、運転していても、周りの目線が気になるようになった。アンジェラの心の中に入れば入るほど、悪魔崇拝カルトの世界に引き込まれ、それを否定すればするほど心の片隅にがん細胞のように住みついてしまうのである。ついに彼は黒ミサのおぞましい幻影に悩まされるようになる。ミイラ取りがミイラになってしまうのだ。17歳の少女の策謀に見事に乗せられ、精神が破壊寸前まで摩耗して行くのである。アレハンドロ・メナーバル監督のこの辺の映像処理はさすがに上手い。

彼を救ったのは家の近くにある巨大な食材広告でほほ笑む中年女性のアップの写真であった。彼女こそ黒いマントと白マスクに身を包んだカルトの映像の中に必ず現れる人物であった。刑事は「悪魔崇拝のカルト」などという想念は記憶の中にあるのではなく、心が生んだ想像の産物であることに気づくのである。


この映画に対するアメリカでの評価は可否が2つに分かれているというが、ガガーンという大音響が好きな人と嫌いな人が同数くらい居るということであろう。大音響にしか恐怖を覚えないアメリカ人の感性に疑問を持つ筆者は当然このような映画を好きにはなれないが、少なくともアメリカ人の半数はガガーンが好きなのである。筆者の耳はガガーンに回復不能と思えるほど痛めつけられたが、その結果が「全ては少女アンジェラの策謀であった」というストーリーでは「大山鳴動して鼠一匹」ではないかと文句の1つもつけたくなる。しかし、この映画を支持する観客が多いことも事実である。なにはともあれ、悪魔崇拝カルトといった社会現象が、人間の閉ざされた記憶にあるのではなく、人間の脳が勝手に作り上げた幻想であるというアメナーバル監督のアイデアは新鮮であり、その慧眼には脱帽せざるを得ない。

©2018 Ansei Yokota. All Rights Reserved. 19 July 2018 .

 

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